目覚め

althaea0rosea

※成人グラジオくん


ベッドの上ですやすやと寝息を立てているこの生き物は、本当にオレと同じ人間なのかと疑うほどに並外れた容姿をしているが、それは彼女を特別扱いする理由にはならなかった。そうは言っても、この神々しいオーラさえ感じ取れる外見の美しさが現実であることに代わりはなく、視界に入れる度に思わず見蕩れてしまう癖は何年一緒にいても直せそうにない。

ただでさえ小柄なのに、体を小さく丸めて眠っているおかげでキングサイズのベッドがさらに大きく見えてしまう。帰宅してから何の気なしに寝室に入ってきてしまったが、彼女はぐっすりと眠りについているようで、多少の物音ではぴくりともしなさそうだ。それでも万が一にも起こしてしまっては可哀想だからと、なるべく音を立てないように荷物を置き、脱いだ白衣とジャケットをその辺に放り投げて、一直線に彼女の元へ向かった。

ベッドの端にゆっくりと腰を下ろし、程よく伸びた髪に指を通す。彼女の美しい髪は月の光に当たるとまるで発光しているかのようだ。そして、今は閉じられている両瞼の向こう側には、誰も見たことのないような美しい宝石が大切に仕舞われている。
本人曰く、出身はアローラよりはるか遠方の地らしいが、その詳細は明らかではない。数年前、身元不明のままアローラに行き着いた彼女を財団が保護したはいいものの、彼女は幼少期のことをほとんど覚えておらず、いくら調べても彼女の話に合うような場所はどこにも見つからなかった。結局この美しさの正体はますます計り知れないものとなり、今に至る。
“美しいもの”に見慣れている母でさえ、初対面の時には口元を抑えながら感極まったような反応を見せたことだから、本物なのだろう。彼女は美しい。決してオレが過大評価しているわけではない。

近頃は息が詰まるような多忙な生活を送っていたせいですっかり心が乾いていたが、この幸せそうに眠る寝顔を見ただけであっという間に潤った。明日は久々の休日だ、そう思ったら心底気が抜けてしまって、着替えるのも面倒になり、ワイシャツのボタンをいくつか外しがてらそのままベッドに横になった。

「……なまえ。ただいま」

身を寄せて、ぴったりと寄り添い、またしばらく彼女を見つめた。初めて会った時からは想像もできないほど安らかに眠っている様子に、思わず笑みが溢れてしまう。そんな自分を誤魔化すように、彼女の目にかかった前髪にそうっと唇で触れてから、数年前よりいくらか健康的になった身体を、慈しむように優しく撫でた。
今彼女の手を飾り付けているのは、たった一つの指輪だけ。



「……ん、おはよ……レントラー」

鳥のさえずりで目が覚める清々しい朝。私の相棒のレントラーは、私が起きたことにいつも一番に気づいてくれる。ベッドの横に近づいてきた彼を、ベッドの上から撫でながら、こうしていつまでもごろごろしてゆったり過ごす時間が好きだ。
しかも今日は特別幸せな日。なぜなら隣に大好きなひとがいるから。普段から眠りの深い私は全然気づく隙もなかったけれど、夜の間にこっそり帰って来ていたみたい。
体質のせいであまり活発に運動できず、一日中を部屋で過ごすことの多い私とは違って、財団のお仕事で忙しい彼はそれこそ私よりも深い眠りについている。この時間までぐっすりということは……今日は久々に一緒に過ごせる日なのかな。そのことに喜びを感じるのと同時に、やっぱり今日も変わらず彼の寝顔は綺麗でかっこよくて、じいっと見つめてしまうくらいで。ああ、寝顔に限らず。
私はレントラーが満足するまでひとしきり撫で終わったあと、今度は彼の方に体を向けてぎりぎりまで身を寄せた。

彼の薄い胸板に額を押し当てて深呼吸するだけで、この上ない幸福感に包まれる。彼の匂いが好きなのだ。そうしたらもっともっと近寄りたくなって、ベッドに横たわる彼の体とシーツの間に無理やり手を差し込んで、真正面から思いっきり抱きしめた。気持ちいい。幸せ。グラジオ好き。好き。早く起きて。グラジオ好き。なんて、寝言を言うようなノリでひとりごとを呟いていると、それがアラームのような役割を果たしてしまったのか、すぐに頭上から寝起き特有の息をつく音が聞こえてきた。

「グラジオ……起きた?」

上を向くと、ゆっくりと瞼を開けたり閉じたりしながら、まだ半分夢の中にいる彼と目が合った。リーリエちゃんやお義母さまと同じ綺麗な深緑の瞳。少しの間まつ毛がゆらゆらと揺れ動いたかと思えば、すぐに私の視線に気づいて寝起きとは思えないほどの力で抱きしめられた。

「わあ」
「…………おはよう、なまえ」
「えへ、おはよ」

勢いのあまりベッドのうえでひっくり返された。上から覆いかぶさってくるグラジオ。細いのにずっしりと重い体が襲いかかる。寝起きだからって脱力していて遠慮のかけらもない。寝起きなのに私の体を抱きしめる腕は力強くて、逃れられなくて、少しの間もがいた。もがいたところで腕の力は強まるばかりで……まあ意味はなかった。
彼はおはようとだけ言ったあと、また目を閉じて私のうえに乗っかったまま二度寝した。数秒経っても微動だにしないから「重いよ〜」と文句を言えば、うっすらと笑い声が聞こえてきたから二度寝のフリだとわかる。もーしょうがないんだから。

「なまえ」
「……なーに」
「愛してる」

でも、この重みはダイレクトにグラジオを感じられるから居心地がいい。日頃の寂しい気持ちがあっという間に和らいでいく。彼の、背中まで伸びたうつくしい白金色の髪に指を通しながら、にへらと笑う。

「そういうのはね、顔を見ながら言うんだよ」
「フランクに言えるようになった今が、オレにとっては幸せなんだ。……ほら、愛してる。これで満足か?」

今度は目と目を合わせて伝えてくれた。わざわざ要望に応えてくれる、サービス精神旺盛なグラジオくん。柔らかい表情で口角をあげ、シニカルに笑う彼は、返事も待たずにキスをし始めた。存分にフレンチなキスをした。私の前髪をたくしあげ、自分の横髪を耳にかけ、何度も唇で触れてくるさなか、シンプルな愛の言葉を同じように何度も紡いで、私の頭をいっぱいいっぱいにしてくれる。朝からあついのしてくれちゃって、火照っちゃうのなんのって。

「なんか、昔はもっと回りくどくてわけわかんない言葉いっぱい使って想いを伝えてくれたのに、グラジオ変わったね」
「うるさいな」

横にごろんと転がったグラジオの手を握り、茶化すように笑いかけた。彼は本当にうるさそうに向こう側を向いてしまう。まあすぐこっちに向き直ったけど、なにやらじっと視線を浴びせられているようだ。特に何も言ってこないが、私のからの言葉を待っているのかもしれない。そんな顔をしてた。
グラジオと違って、私はそういうロマンチックなことを言うのは得意じゃないんだけど、まあ今日はものすごく気分がいいし、言ってあげなくもないというか、うーん、まったくもー、しょうがないなあ。

「グラジオ、ずっと一緒にいてね」
「ああ」

ほんの少しの変化球。だけど彼は即答で返事をしてくれた。こういうところ、あいしてる。でもやっぱりこんなにも直球な愛の言葉はなかなか口に出せないから、言葉にできるグラジオくんを尊敬してる。

「他にはないのか?」
「他にって……」

あいしてるのこと?でも、恥ずかしいもん。だから、あいしてるを言う代わりに、今彼の手を飾り付けているたった一つの指輪を撫でた。だってこれがなによりも“愛してるの証”なのだ。これで勘弁してください。
頭のキレる彼のことだ、恥ずかしがり屋な私の考えていることなど、手に取るように分かってくれるはず……。

「想いは言葉にして初めて伝わるものだ。たまにははっきり言ってくれないか」
「……」
「お前の口から聞きたいんだ。さあ」
「……」

さあって言われましても。

「………………だいすき。……これでい?」
「ああ……、かわいいな」

さっき自分自身で言った手前、それに反するのもどうかと思ったので、がんばって彼の目を見つめて言葉にしたら、またまたキスされた。飽きないひと。でも満足そうに笑ってるから、これでよかったのだろう。顔が熱くなるのを感じながら、グラジオのキスに応えた。幸せな朝。あーあ、もうずっと休日でいいのに。毎朝、これがいい。


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