「あ、高校生」
いいなぁ、とぼそりと呟いた彼女に「戻りたい?」と尋ねればそりゃあねぇ、とはにかむ。
俺としては自分の高校時代を思い出すと黒歴史のようなものばかりが出てきてウッとするけど彼女はそうではないらしい。いいことだ、と素直に思う。
「たまにね、もし真夏と同じ高校だったらって思うことあるよ。そしたらいろんなことぜーんぶ真夏と初めてできたのになぁって」
俺と彼女が出会ったのは大学に入ってからで、ふたりともそれなりの恋愛経験は積んできた。手を繋ぐのも、キスも、セックスも、お互いが初めての相手じゃないというのはなんとなくわかっていて。今更そんなことに不満はないけど、やっぱりどこかでは顔も知らないそいつを恨めしく思う心がないとは言いきれない。
「いいじゃん、初めてじゃなくたって。それに、」
勿体ぶるように一息つく。
「なに?気になるから最後まで言ってよー」
「これからの君の初めてはさ、全部俺がもらえるじゃん」
彼女の顔を見て、言う。面食らったように大きな目をぱちぱちとさせて、こちらを見つめ返す顔はあどけなくて可愛いと思った。数秒の沈黙の後、口が小さく開く。いつもよりもずっと微かな声だった。
「そんなの、最後だってあげるよ。この先の全部、真夏にあげる。」
「なにそれ、殺し文句?」
「ううん、プロポーズ。」
「俺より先にプロポーズしないでくれるー?」
軽口を叩いたが、内心はこの可愛い女を一体どうしてやろうかと、動揺でいっぱいだった。続けて、じゃあさ、と言った声は少し震えていたと思う。かっこわりぃな。
「うん?」
「俺の全部も、君がもらって。いいとこも悪いとこも、全部君にしかあげないから、もらって。」
むず痒そうな顔をして、悪いとこはいらないなぁ、って言う。自分が先に言い出したくせに、そんなに照れる?こっちまで伝染するんだけど。
「だめ、もう返却できないから大人しく受け取ってくださーい」
ぎゅう、と柔いからだを抱きすくめればいつものシャンプーの匂いがした。同じものを使っているのに、彼女から香るだけでどうしてこんなにいい匂いなんだろうかと尋ねたときに笑われたのを思い出す。今日もやっぱりいい匂いがした。
「わ、重い、体重かけてくるのやめてー!つぶれるー!」
「これはね、体重じゃなくて愛の重さです、残念」
なにそれ、って笑う君はいつもの得意げな顔をして俺の回した腕を握りしめる。ちいさいな、と思った。
「私、愛されてるんだね」
「知ってるでしょ」
「うん、知ってる」
言葉を使わないと多分伝わらないから。折角俺たちには気持ちを伝える手段があるんだから。これまで伝えられることは自分の全部を使って伝えてきたと思う。我ながら悪い彼氏ではないんじゃないかと自負している部分は大いにある。
だけど、流石にこんなクサい台詞は彼女に向かって言える気はしなかった。少なくとも、まだ。
俺たち、多分出会うべくして出会ったんだよ。中学生でも高校生でもない大学生のふたりとして。神様なんて実はそんなに信じてないけど、それでも君に出会わせてくれたことだけは感謝しないといけないかなって、最近は思ってる。
なんて、やっぱ恥ずかしいな。これはまだまだ先の未来に取っておこう。この先ずっと一緒にいる君にいつか届けられるようになれれば良い。