「お前さぁ、」と言いかけたところでまずい、と気がついた。目の前には涙が溢れる寸前の丸い瞳。こんなときにでも拭ってやらないとと思う俺は、おそらく相当に絆されているのだと思う。

「あー、ごめん。そうじゃなくてさ、ちょっと、今日は駄目だ。先寝る」

早口で捲し立てて寝室へと向かう俺に縋り付くような視線が絡む。そんな顔で見ないでくれ、だって今日のはきみが悪い。

今でこそなんでもかんでも素直に受け入れてくれるようになったけれど、出会った頃の彼女は相当にめんどくさい女の子だった。めんどくさいと言ってもわがままだとか、寂しがり屋だとか、そういうのとは違って自分に自信がないというのか、こちらが与えた好意をわざと撥ね付けることで自分を守っているような。

そんないじらしい子を、時間をかけて愛を吹き込んでやって、変えてやったというのはちょっと独善的に聞こえるけれど、それでも俺の言葉に向き合ってくれるくらいには自信を持たせてやったのは間違いなく自分の功績で、彼女と俺の積み上げてきた信頼の証明だと思っていた。

だからこそ、今日の彼女の言葉はちょっと聞き捨てならなかったのだ。

「真夏は私のこと、ほんとに好きなの?」

もちろん、本当に思っている訳では無いんだろう。ちょっとした不安が多分運悪く重なってしまっただけ。
ただ、何よりも彼女へ向ける愛情を大切にしているつもりだった俺には例え勢いで出た言葉だとしてもグサリと刺さった。自分が与えてきたものが否定されるのはやはり悲しかったし、そんなことを言わせた自分が不甲斐なかった。

もやもやとした感情を昇華できないまま、布団に潜って「何やってんだ俺は」と独り言ちる。本当なら今頃、一区切りついた論文の息抜きに彼女といちゃつく予定だったのに。柔いからだを抱きすくめて、唇を食んで、風呂上がりの火照った肌を滑るようになぞる。妄想の中の彼女と先ほどリビングで見た彼女の顔が重なった。

やはり戻って彼女に許しを乞おうと体を起こしかけたところで、ガチャ、と扉の開く音がした。控えめな足音と、小さな「真夏」と呼ぶ声。後ろ向きに「何?」と返してやれば軋んだ音がしてベッドに乗り込んできたのがわかる。

「ね、怒ってる?」
「怒ってないよ」
振り返ればいつもよりも一回り小さく見える彼女が不安そうにこちらを見つめる。

「さっきはごめん。どう考えても俺が悪かった。不安にさせてたの、気づけなくてごめん」
「、そんなことない!真夏のこと嫌な気持ちにさせたのは私だし…真夏が私のこと大事にしてくれるの、一番わかってるのに」
本当はあんなこと思ってないの、ごめんなさい。
ぽろぽろと溢れる涙を拭おうともせず俺の服の裾を弱く握る彼女がいじらしい。

「あーもう、泣くなよ。きみの泣き顔が一番堪える」

でも、とかだって、とかうだうだとごねる唇を無理やりに塞ぐ。涙が流れて塩っぽくなったそこを舐めて、こじ開けて、舌を絡ませてやれば甘い声が漏れて、こんな状況でも興奮してしまう自分に少し引いた。

「仲直り、しよ。キスしてい?」
「……もうしてるじゃん」
「次は仲直りのちゅー」

ふは、と笑って「好きにしていいよ」と言うのでお言葉に甘えてキスをする。二度、三度と重ねるとだんだん息が上がる。泣いたせいかいつも以上に真っ赤に染まる頬にいい気になって、そろそろとキャミソールの裾を弄べば弱々しい抵抗が返ってくる。満更でもないらしい。

「っ、まなつ、そこやだ、っ」
「やだって言う割に気持ちよさそうだけどなぁ?」

もともと今日はきみに甘やかしてもらうつもりだったから、少し予定がずれたけど好きにさせてもらうことにしようか。
「ねぇ、好きだよ。大好き。すき、大好きだ」
耳元で何度も何度も、刷り込むように繰り返す。きみの自信が無くならないように。こんな言葉何度だってくれてやるから、覚悟しとけ。



あまい