▼ 父上様
「あんなところで生き倒れていたんだし、行くとこねぇんなら俺がおまえを育ててやるよ。」
慣れないながらも箸を使ってようやく食事を終えると、そう言えば、と言わんばかりに狒々は口を開いた。
育ててやる、とは言われたが、我は見た目が幼子であっても微かにではあるが過去…いわゆる前世の記憶があるため教養はある。
しかし行き先のない、途方に暮れていた我からしてみたら、それは予想にしもしない有り難い提案ではあった。
狒々の提案にコクリと頷けば、またもや楽しそうに「キャハハ」と笑う。
この人の笑いのツボは理解出来ないが、悪い奴ではないのは確かだ。
「で、マイカは人間か?それとも、妖か?」
「…我は、血に飢えたバケモノです。妖ともまた、言い難い存在…。」
「血に飢えたバケモノ?」
我ら一族は、吸血鬼と呼ばれていた。
それがこの地で言う妖かは解らないが、一言言えるのは、バケモノと言う事実。
適当な船で運ばれたこの地のことは、地名すら解らないけれど。
きっと、同じようなバケモノはいない。
「我は血に飢え、血に狂ったバケモノ…種族の名は、吸血鬼(ヴァンパイア)と言われておりました。人間ではありません。」
「吸血鬼…聞いたことねぇなぁ。」
ここで世話になるのなら、それを提案してくれたこの人には言わなければならないと思った。
くれぐれも他言無用と念を押し、我がこの地の生き物ではないことも告げる。
狒々は、我のことをそれ以上に深くは追求しようとはしなかった。
一族から逃げるようにここへ逃れて来たから何処なのかも解らないし異国かも解らない、と言えば狒々は優しく頭を撫でて来る。
撫でられたことなど、いつぶりだろうか。
父も母も殺され、両親からの愛を受けることも少なかった我の身体は一瞬にして強張った。
「嫌だったか?」
「…いえ。人から与えられる優しさは、久しぶりだったので…。」
「そうか。おまえも苦労したんだ…、!?」
大きくて、人とは思えぬ(実際に人ではないのだが)手がこれほどまで暖かいものだとはまったく思わなかった。
だから、なのだろうか。
気付けば、自然と涙が頬を伝った。
我が泣いたことに動揺したのか、狒々は手を退けて慌てふためいている。
痛いことなど何もないのに、彼は「どこか痛めたか?」と訊いてきて、胸が温まった。
違う、違うのだ。
いくら精神年齢が高くとも、今まで"純血の吸血鬼"と言うことで争いに加担させられ、血に塗れていた冷たいこの心は。
間違いなく、彼の手で溶かされていた。
「父様のようで…暖かいから…。」
だからもっと、と言わんばかりに狒々の手を握って自ら頭に手を乗せる。
これはこれで狒々も戸惑ったらしいが、自然とそれはゆっくりと動き出し、また心地良い温かさが胸を支配した。
「なあマイカ。親が居ないっつうなら、今日から俺が、おまえの父親になってやるさ。」
「…とう、さま…?」
「ああ。育ててやるって言ったし、おまえの父親にくらいなってやる。」
面を外し、にっこりと微笑む狒々…いや、狒々様は我には勿体無いと思った。
けれど闇を抱え過ぎた我には、十二分と溶けるモノを与えてくれて…。
それを断る…嫌がる術など見つからなかった。
こうして、我は狒々様の娘子となったのだ。
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