ライトパープルに想いを乗せて
( これの続きです。)




仕事中でもそうでない時も、どれだけ会えなくて寂しくても、薬指で輝くライトパープルのストーンがきらりと光る度、ああ夢じゃないんだなって実感する。


私はいま、一番の幸せものだ。


────ことが動いたのは、数週間前。




「慶ちゃん!」
「お疲れ」
「慶ちゃんもお疲れ様」


お昼休み。
ひとりでランチを食べていたところにぴろんと通知音が鳴る。
スマホを確認したら慶ちゃんからで、夜いつものバーで会えないかとのお誘いだった。
明日の朝が早いから少しだけならと返答をして、仕事終わりにいつものバーへやって来た。
周りを見渡しても、そこにいたのは慶ちゃんだけで、貴臣くんも羽鳥くんも、亜貴もいなかった。


「今日は俺だけだよ」
「ばれたか」
「バレバレだな。なにか飲むか?」
「いつもので」


あれから、亜貴とは会うどころかまともに会話すら出来ていない。
別にお互いが避けてるとかそういうんじゃなくて、ただただ仕事が忙しい。こうやってバーに来てもすれ違ってるようで、さっきまでいたとか、昨日は来ていたとか、そういうの。
元々連絡も頻繁にし合うような性格でもない。用事がなければスマホの通知など鳴らない。でも、通知音が鳴ることを期待してる私もいた。


「そういえば、」
「んー?」
「お前、お見合いするって聞いたけど」
「…………は?」


持ち上げようとしていたグラスがごとりと手から滑り落ちる。
いま慶ちゃんはなんて言った?お見合い?おみあいってあのお見合い?


「もしかして、聞いてなかったのか?」
「初耳。誰からの情報?おじいちゃん?」
「いや、違う。この前、名前のお兄さんがうちにおもちゃを買いに来たんだけど、」
「ああ、甥っ子の?」
「そう。その時に言ってきたんだ。名前がお見合いするらしいって。元の出処はおじいさんっぽかったけどな」


そんなこと、本当に初めて聞いた。
でも、うちのおじいちゃんならやりかねない。いつまでたっても彼氏もつくらず仕事ばかりしてる私に見兼ねて、セッティングからなにから全部予定を立ててるに違いない。
いままでもこういうことは何回かあった。それでも私には仕事があったし、私には好きな人もいる。
……でも、付き合ってるわけじゃないのも事実で。


「でも、お兄さん嬉しそうだったぞ」
「嬉しそうだった?」
「今までは可哀想だなんだ言って、あんまり乗り気じゃなさそうだったのにな」


慶ちゃんと少しだけ飲んで解散した後、私はすぐにおじいちゃんへと連絡を取った。歳の割にはスマホを使いこなし頻繁に連絡をくれる癖に、なんでこういう時に連絡をくれないのか。
でも、どれだけお見合いの件を問いただしても、2週間後の日曜日を空けろとしか返ってこない。
絶対お兄ちゃんに私の休み聞いたな。
観念した私は、仕方なく承諾の返事をおじいちゃんへと返した。

全くもって行きたくない。
亜貴がああ言ってくれたから、私は待っていたいのに。
こういう時だけは、自分の生まれた家を恨むしかなかった。


あれから亜貴に会うことも、相談することも出来ないまま2週間が過ぎ、とうとうお見合いの日が来てしまった。
同席しているお母さんは何故かるんるんしてるし、お父さんは浮かない顔してるけど、そんなに相手がいいのだろうか。そういえば、慶ちゃんもお兄ちゃんが嬉しそうだった、なんてことも言っていたな。
私は結局相手のことを何も知らないまま。けれど、どうせ断る相手だ。どんな人か聞く必要も無いと思い、両親とそれらの話をすることすらしなかった。
思わず溜め息が溢れる。ああ面倒。

いかにもお見合いといった雰囲気の中、おじいちゃんだけやって来たかと思えば、先方はどうやら仕事で遅れてくるらしい。
着飾ったパーティードレスが重く感じる。溜め息が止まらない。
早く帰りたい。そう、思った時、ぴろりんとおじいちゃんのスマホが鳴る。


「おっ、到着したらしい」
「!」


おじいちゃんのひとことで、どっと心臓が動き、冷や汗が流れる感覚に支配される。
落ち着いて、大丈夫。前やったみたいにお付き合いできませんって言うだけ。大丈夫。
そう自分に言い聞かせて、俯き自分の拳を見つめて強く握りしめた。その時だった。


「申し訳ございません、お待たせしました」


…………聞こえた声は、亜貴の、声。
いやいやいやいや、ここに亜貴の声がするなんておかしい。どう考えても。とうとう幻聴まで聞こえだしたのかと、自分自身に呆れていれば、聞き慣れた声がわたしを呼ぶ声がする。
そろりと目線をあげれば、スーツをかっこよく着こなす、亜貴がいて。
さっき聞こえた声は、私の聞き間違いではなかった。


「何をそんなに俯いてるわけ?」
「な、なんであきがここに……!」
「なんでって……名前、聞いてなかったの?」
「お見合いとしか、」
「もう、お相手が亜貴くんだっていうのに、この子ったら名前すら聞こうとしなかったのよ!」
「お、おかあさん!お母さん一言も亜貴の名前言わなかったじゃない!」
「母さんが名前を言う前に、興味ないって跳ね除けたのはあなたでしょう?まあ顔合わせみたいな感じを、ひっくるめてお見合いだって伝えたのは悪かったと思ってるけど」


ごめんね、なんて軽く謝るお母さんに少しいらっとしながらも、最後まで話を聞かなかった私にも非はあるため何も言い返せない。
それにしても、今日のこれはお見合いじゃないのかと両親を見つめていれば、お母さんがふっと優しい顔つきで亜貴へと視線を移した。


「……わたしたちは亜貴くんのお顔を少しだけ見たかっただけだから。お母さんたちはお母さんたちでお話してるわ。ほら亜貴くん、うちの名前と行ってらっしゃい」
「え、でも、」
「いいのいいの!元々そうするつもりだったし、それに、改めて亜貴くんのお顔を見たらなんだかほっとしちゃった。亜貴くんなら安心ね、お父さん」
「……そうだな」
「ちょっとお父さん!すぐ結婚するわけでもないのに、あからさまにへこまないの!もうごめんなさいね、ほらほら名前も立って!」
「ちょっ、」
「亜貴くん、名前をよろしくね」
「はい。……行こう、名前」


なんだか話の流れがわからないまま、私は差し出された亜貴の手を握り返して、お母さんたちのいるこの部屋を後にする。
強く繋がれた手が熱い。その熱さはわたしか、それとも。

連れてこられたのは、同じ建物の中にある景色の綺麗な個室のラウンジ。
促されソファに座れば、隣に座った亜貴と自然に視線が交わった。


「……知らなかったんだね」
「えっ、と、それは今日のこと?」
「そう」
「だって……断るつもりだったし……」
「へえ。断るつもりだったんだ」
「そんなっ、亜貴だって知ってたら、」
「知ってたら?」
「……意地悪」


くすくすと亜貴が笑ったかと思えば、不貞腐れた私を見兼ねてか今日までの経緯を全部話してくれた。
亜貴は私が知らない間にひとりでおじいちゃんに直談判をしに行き、その後はお父さんとお母さんにも会いに行っていたらしい。

そして、それらは全て、私との結婚を前提にした交際を認めて欲しいという内容だということ。


「迎えに行くって、言ったでしょ」


ソファの影になって見えなかったところから小さな紙袋が出てきたと思えば、亜貴はその中から小箱を取り出す。
その中に入っていたのは、小さくきらりと光るライトパープルのストーンがついたエンゲージリング。


「名前と一緒になる為には、外堀から埋める方が早いと思ったんだ。名前の方も、僕の方も。最後に障害になるのは、お互いの家だと思ったから」
「……あき、」
「あーもう泣かないの。……ほら涙拭いて、手出して」


おじいちゃんの説得もお父さんの説得も、お互いの家のこともあるから亜貴の家の人の説得も、きっとそれは容易ではなかったんだと思う。

それでも、亜貴は迎えに来てくれた。

溢れる涙が抑えきれないわたしは、渡されたハンカチで顔を押さえ、言われた通りおずおずと左手を亜貴へと差し出した。
するりと、躊躇いもなく薬指に指輪が通される。


「名前、」
「……は、い」
「結婚を前提に、僕と付き合ってください」
「はい……!」
「ぅわっ、ちょっと急に抱きついたら危ないって、」


嬉しくて、嬉しすぎて、涙が止まらない。
何度も何度も想像しては、それと同じ回数だけかき消してきた感情。もうずっと、叶うことなんてないんだって思ってた。
でもいまこうして、亜貴と一緒に歩ける未来がここにある。


「ずっとずっとすきだった」
「……うん」
「亜貴。ありがとう、だいすき」
「名前……」
「亜貴は……?」
「もちろん」




────あいしてる。





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