きみは遠くて

(※片思い)
(※続きでハッピーエンド)




忍足くんはとても綺麗な顔をした、物静かな男の子。送迎車で学園に通う生徒たちが多い一方で、徒歩や電車で通う者も少なからずいて、彼は私と同じように電車組のひとりだった。

いつものように人のまばらな電車に乗り込むと、ほどなくして彼がやってくる。隣に座ることはないけれど、必ず通路を挟んで私の真向かいに座り、読書をするのが彼の日課だ。

「自分、昨日は休んでたん?」

彼は私の存在を知らない。だから声なんて聞こえてくるはずなんてなくて、こんなに近くにいるはずもない。

まばたきをひとつこぼして、時間が止まったみたいに動けなくなる。いつもなら向かいの席にいるはずの忍足くんが、今日は私の目の前に立っていた。

「いつも同じ電車やのに、おらんかったから心配したわ」

彼は確かに私のことを知っていたのだ、そう理解すると泣きたくなった。

明日からもう、この車両には乗れない。



――私が忍足くんと出会ったのは、中学一年生の夏のことだった。

春から氷帝学園へ編入し、やっとこの生活に慣れてきた頃だ。部活動を終えて駅へと向かったものの、夏の日差しに参って歩く速度が遅くなった日があった。いつもより一本あとの電車になんとか乗り込むと、少し遅れて彼も乗車した。

(噂の忍足くん、だ)

青みがかった髪に、特徴的な眼鏡。大きなテニスバッグを抱えているのに、それを苦にもしていないような涼しい顔。女の子たちの話のなかでよく名前があがる、同い年の男の子だった。

彼は静かに向かいの座席へ座って、丁寧にカバーがかけられた文庫本を鞄から取り出す。その本には細く長い指が添えられ、長めの髪が顔にほんの少し影をつくり、すっと伸びた背筋がとても美しかった。

(……綺麗な男の子)

忍足くんはどんな本を読むのだろう。

今まで自主的に本を読むことなどなかったのに、その日を境に私も読書を始めた。最初は父の書斎にあった本を、次第に図書室や書店で気になった本を。何を読んでいるの、と声をかけられたら良かったけれど、私には彼の習慣を真似ることしかできなかった。時間を合わせて、同じように過ごすことが私の小さな幸せだったのだ。


「もしかして、まだ体調悪いん?大丈夫?」
「……だ、いじょうぶ」

彼のことは何も知らない。それなのに、これまでの日々がフラッシュバックする。

忍足くんが好きだった。

出会った頃の幼さが残る忍足くんも、今の大人びた忍足くんも、ずっとずっと好きだった。

「忍足くん、私のこと知ってたんだ」

中等部を卒業して高等部に進学しても、こうして静かに同じ時を過ごしたかった。挨拶をかわしたいわけでもなく、視線を交えたいわけでもない。ただ同じ空間にいるだけで良かったのに。

「みょうじさんやろ、三年間同じ電車乗っとったもんなぁ」
「そう、だね」
「……どうしたん?」

泣きそうな顔してるで、と顔を覗きこまれてより一層胸が苦しくなる。その表情やしぐさのひとつひとつが美しくて、これほど近くにいても彼は遠いひとなのだと思い知った。

「本を読む忍足くんに憧れてたの」

伝えれば私の幸せは終わってしまうから、何も言いたくない。それなのに言葉はぽろぽろとこぼれ落ちていって、それを止めたくて手を痛いくらいにぎゅっと握ったけれど、声になってしまえば取り消せない。

「全部が綺麗で、今、とても苦しい」

はっきり好きだと言えなかったけれど、聡い彼のことだから、私の気持ちなんて手に取るようにわかってしまっただろう。早く終わりを告げて、とどめをさして。同じ時を過ごしたいなんて、もう願ったりしないから。

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