※原作にない、キャラ同士の邂逅





四月より、授業がない時は補助監督の仕事の手伝いをしていたナマエは「一人前の呪術師になる」という目標を明確に持ったことにより、最近は呪術師として新と一緒に任務へ赴くようになっていた。

任務といっても、派遣先で術師と一緒に行動するだけであり、呪霊と出会えば戦うのはその術師一人であった。新もナマエもサポートを前提としている為に端から呪霊を祓うことは求められていなく、結果二人の出番が殆どなかったことなどざらである。

少しでも術師の役に立ちたい、と思うナマエは任務が終わると同行した術師に"呪力を与える"ことを習慣にしていた。
今日も任務先で呪霊を祓って疲れ気味の術師に、ナマエはささやかな労いとして呪力の付与をすることにした。相手の手を握り、自分の呪力を注ぐ──やはり、負のエネルギーを注いでいるのである。

少し前に憲紀から自分の術式は反転術式ではないか、と言われたが、どうやら反転術式ではなさそうであった。確かに負のエネルギーを相手に注いでいる。ただ気になるのは、注がれた相手はストレスを負うどころか、皆元気が出た様子であったことだ。
今呪力を付与している相手である目の前のニット帽を被った茶髪の男──猪野琢真も例にもれず、段々と血色がよくなっていく気がする。

「これスゲーな。めっちゃ元気でる。てか、可愛い子に触ってもらっているからってのもあるのか?俺手汗かいていないか?大丈夫?そっちの新田ってのも反転術式使えるんだっけ?京都校二人も天才いんのか?家入さんが二人もいるとか京都は安泰だな!」

猪野ははしゃいだ様子でベラベラと話す。

ナマエは担任教師一人と、新の三人でここ名古屋まで二泊三日の合宿にでていて、二日目の今日現地で合流した猪野とは初対面であった。初対面でこれ程気さくに話す猪野の様子にナマエは感心し、同級生まで褒めてくれることに好感を抱いていた。

「あの、わたしは呪力を与えることしかできなくて、これは反転術式ではありません。反転術式のようなことができるのは新くんで、傷の悪化を防いだり、痛みを緩和したりすることができます」

「俺のもあくまでただの固定術式で、反転術式ではないですよ。噂によく聞く家入さんの足元にも及ばないので期待せんといてください……」

ナマエも新も猪野の過度な賛美に困ったように返す。

「いやいや、痛み緩和とか傷の状態固定術式みたいなレアなやつ使えるだけでも十分天才っしょ!しかしこれ反転術式じゃねぇのか……なんで元気でるんだ?」

猪野はナマエに握られている手を見つめ、首を傾げる。それから間をおいて、「ナマエちゃん、呪力今どれくらい減ってる?」と聞く。

「殆ど減っていないです。少量の呪力で皆さん元気になりますので」

「あっ、俺わかっちゃったかも……俺の呪力にナマエちゃんの呪力掛けてない?すげぇ疲れ取れてる感じするからそのお陰で呪力を練れてる感じすんだけど」

「……あっ」

猪野の言葉に妙に納得のいく感覚がナマエの中にあり、そこからは早かった。たった今自分が行っている術式が相手の中で完結させる呪力増幅の反転術式であることに気がついた。

ナマエは雷に打たれたような衝撃を受けて黙ってしまい、今度は猪野の方が困ったように頬をかく。

「なんか俺変なこと言っちゃった?俺が七海サンに会った時の感じとなんか似てるからもしかして、と思ったんだが。ほら、俺って七海サン尊敬してるだろ?テンション爆上がりですげぇ呪力練れる。てか、連絡先聞いてもいい?東京の先輩としてなんでも教えちゃうぜ?」

「申し訳ありませんが、許婿がいるので校外の男性の方に個人情報を教えることはできません」

ナマエは本当に申し訳なさそうな表情を浮かべ、猪野から手を離した。交友目的であるとはわかってはいるが、憲紀のことを思うとあまり疑われるようなことはしたくなかった。

「えっ?何、許婿?あ、京都人の断り文句か……」

猪野はナマエの断りを、京都人特有のいけずな断り文句だと解釈したようで肩を落とした。
横で二人のやり取りを見ていた新は「いや、ナマエさんの言っていることはホンマですけど……」と小さく言うが、猪野に聞こえないような声量のあたり、確信犯である。

一方ナマエは、今まで相手の負のエネルギーに対し、自分の負のエネルギーを掛けることで反転術式を行い、相手に"呪力を練らせていた"ことを確信していた。

反転術式は本来高度な操作が必要であるが、ナマエの反転術式は傷の修復が出来るわけではなく、呪力増幅、もしくは疲労回復程度のものである為、幼い頃からの習慣で簡単に操作でできていたというわけだ。

「新くん、やはり憲紀さまの言う通りでした!わたしは簡単な反転術式が使えていたようです!流石憲紀さまです!天才です!あ、猪野さんも天才です。猪野さんと憲紀さまのお陰で、わたしは自分の術式の仕組みに気がつくことができました。憲紀さまに早く連絡しないと……!」

ナマエは興奮した様子でスマホを制服のポケットから取り出し、早速憲紀へ電話を掛けた。しかし、電話は繋がらず、表情を曇らせて新の方を向く。

「早く補助監督さんのところへ戻りましょう……」

「もう一度電話してみたらどうです?」

「いいんです。憲紀さまはお忙しいですから……」

「なんかよくわからないけど、京都の後輩ちゃんたち、飯いかない?実は事前に席だけ予約しててさ。手羽先、味噌カツ、味噌煮込みうどん、ひつまぶしに小倉トーストにあんかけスパ──全部ある店で奢るぜ?」

「それはめっちゃ惹かれますね。ナマエさんどうします?補助監督さんはホテルまで俺たち送ってくらはるらしいですけど、担任はどうせ夜の街に行くやろし、夕飯は俺とナマエさんだけになると思いますよ」

「では、お言葉に甘えさせていただきましょう。猪野さん、お誘いありがとうございます」

新と同様に担任の教師の、教師らしかぬ行動パターンに信頼を置いているナマエは、新と一緒に猪野についていくことにした。



 ◇



猪野に連れられたのは居酒屋で名物料理を一通り楽しんだ後、ナマエと新は連日の任務を担当してくれた補助監督にホテルまで送ってもらった。
府外で連泊していたこともあり、慣れない環境に疲労を感じていて、すぐにでも部屋に戻って落ち着きたいところであったが、フロントが混んでいた為に暫くロビーで新と談笑して時間を潰した。それからフロントに預けた鍵を貰って部屋に戻ったナマエはスマホで憲紀へ電話をしようと思ったところ、制服のポケットからスマホが失くなっていたことに気がついた。

何度探しても制服のポケットにも手荷物にもスマホは見当たらず、とりあえずスマホを失くしたことを伝えに新の部屋へ行くと、新は新で担任のスマホから店の人が迎えに来てくれとの電話を受けているところであった。スマホ片手に部屋の中へ招き入れてくれる新の横で、ナマエは新の電話の応対を聞いていた。

「いや未成年ですけど、俺がタクシーで迎えにいくんでそれまで会計は待ってください。え?店の備品壊した?じゃあ、弁償させるんでそれは別途正式な手続きで請求してください。とにかく、俺が迎えに行きますんでそれまでそこらへんに転がしといてください!」

怒り気味に新は電話を切ると、ナマエを見て申し訳なさそうに眉をさげる。

「すんません。あの先生夜の店で酔いすぎてやらかしたみたいで今から迎えに行って来ます」

「なんだか大変そうですが、一人で大丈夫ですか?」

「補助監督呼ぼうにも、猪野さんを駅へ送って行ってそのまま京都の方帰っていると思うんで、俺が行くしかないです。それに夜の店にナマエさん連れて行くのは気が引けるので……」

「そうですか……あの、このタイミングで申し上げにくいのですが……わたし、スマホをなくしてしまったみたいです」

「ええ?最後に使ったのはどこだったか覚えてないですか?」

「確か車の中で憲紀さまから連絡をいただいていないかチェックしていた記憶はあります。その後は一度もスマホに触れた覚えがないです……」

「じゃあ、補助監督さんに車の中にスマホが落ちてないか聞きますよ。ちょっと待っててください……」

新が補助監督に電話をすると、すぐに車の中を確認してもらえたが、結局何も見つからなかったらしい。

「どうしましょう……」

ナマエはこのまま見つからなかったら、と不安になった。あのスマホには憲紀との大事な思い出の写真が入っており、憲紀とのメッセージのやり取りもある。それにパスワードロックをしているとはいえ、高専関係者の連絡先が入っている為にスマホの紛失はセキュリティの観点から見ても大問題だ。

「さっきロビーで落としたかもしれへんし、一旦フロントに聞きにいきましょか?」

「はい。そうします……大変な時にすみません」

「全然かまへんですよ。世話を焼かれるのは苦手なんやけど、焼くのは好きなんで。あ、担任の世話だけはストレスやわ」

申し訳ないと思いつつ、ナマエは新の物言いにクスクスと笑って新とフロントへ向かった。
結局、フロントには届いていなかったようで、そこで一旦新が担任教師を迎えに行っている間、ナマエはロビーでスマホを探すことにした。

玄関ホールにあるロビーをウロウロしていたが、スマホは見つからず、仕方なく一旦部屋に戻ろうとエレベーターホールへ向かうと、改装中と書かれた別館へ繋がるエレベーターから、七、八歳くらいの男の子が泣きながら出て来た。もう夜の十時過ぎだというのに、男の子が一人、それも改装中で使えないはずのエレベーターからでてきたことにナマエは驚いたが、即座にその男の子の持つ違和感に反応して男の子を呼び止めた。──薄っすらではあるが、呪いの気配がする。

「お姉ちゃん、た、たすけて!ユウノがっ!おとうとが急に浮いていなくなっちゃった……!ち、血が出てて、怪我してた!救急車よばなくちゃ!」

ボロボロと大粒の涙を流しながら絞り出される言葉から、男の子の弟が呪いに捕まったのだと推測できた。

今ナマエの取るべき選択は二つある。一つ目はフロントまで行き、唯一覚えている憲紀の携帯の番号に連絡し、すぐに近くの術師に駆け付けてもらうよう手配をしてもらう。これが一番確実な方法だ。二つ目は、その連絡は男の子に任せ、今すぐ自分が一人で助けに行くこと。──あまりにも無謀な選択だ。
男の子から感じ取れる呪いの気配からいって最低でも三級以上の呪いが改装中の別館にいるのだろう。未だ四級扱いで等級の呪いさえ十分に祓った経験のないナマエにとってはかなり危険だ。
しかし、迷っている時間さえ今は惜しい。彼の弟を生きているうちに助けたいのなら今すぐ決断するしかない。

「ぼく、名前は?」

「ルノ!お、おとうとはユウノ!い、一番上の階でいなくなっちゃった!」

「ルノくんの弟はわたしが助けます。ホテルの従業員さんがいらっしゃる受付けまで走って、今から伝える番号に電話してください。救急車への連絡は電話の相手にお願いします」

ルノの見た目は幼くみえるが、体格と言語能力から推察するに恐らく就学中のはずであるから連絡くらいはできるだろう。ナマエはルノを信じて、憲紀の電話番号を語呂合わせで教えた。

「電話番号がわからなくなったらこの語呂合わせの歌だけでも受付けの人に教えてください。憲紀さまというお兄さんが電話にでてくださるまで掛け続けてください」

「でも、お姉ちゃんだけじゃ……」

「大丈夫です。ユウノくんは絶対わたしが助けるのでルノくんは受付けの人と一緒にいてください」

ルノは手の甲で目から涙を拭うと、唇を固く結んで頷き、フロントへ繋がる廊下を走って行った。途中、心配そうに後ろを振り返ったが、その頃にはもうナマエはエレベーターに乗り込んでいた。





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