※前後編で口淫についての話
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週末、ナマエは高専の女子グループで京都駅へ遊びに行った。化粧品や洋服のショッピングやカフェ巡りをしていた彼女たちは駅前の映画館で昔の映画のリバイバル上映をしていると聞き、出演俳優に釣られて観てみることにした。

年齢制限の区分はいつも通り"General Audience"(全年齢対象)のものだが、その割には性を示唆する描写が随所に見られ、そのうちのワンシーンにナマエはショックを受けた。

そのシーンとは、男性の下半身に女性が顔を埋めるというもので、画面が切れていてよくは見えていなかったのだが、男性の煩悶する表情はハッキリとみてとれた。

性教育を一通り家庭で受けたナマエは口淫が存在することだけは聞いたことがあったが、それはアブノーマルなプレイの一環で、実際にするのは特殊な人たちであると思っていた為に、年齢制限のない映画でそれを見せられて酷く驚いた。

そのシーンが終わって暫くナマエは具合が悪くなったが、映画は名作と言われるだけあって引き込まれるものはあり、なんとか最後まで観ることができた。

「ヒュー・ジャックマンに釣られて観たけど、昔のジョン・トラボルタってセクシーだよね。あのがっしり体形と垂れ目とのコントラストがたまんない……」

館内を出ながら、西宮が視線を宙に彷徨わせて夢見心地な表情を浮かべる。少ししまりのない顔は、彼女が好みの男性の画像をスマホで見ている時によく見せるもので、隣を歩く真依は「またか」と言った具合で呆れ顔をしていた。

「でも、桃の好きなタイプはヒュー・ジャックマンみたいな体の男でしょ?」

「確かにヒュー・ジャックマンも捨てがたい……」

「私は結局映画のタイトルの意味がなんだったのか気になるかなぁ。意味ありげなのに最後までよくわからなかったです。ミョウジさんはどうでした?結構過激なシーン多かったけど大丈夫?」

三輪に話しかけられたナマエは最も印象深かったシーンを頭の隅に追いやり、後半の感動できたシーンを思い浮かべた。

「はい。とても面白い映画で感慨深いものがありました……お子さんの為に頑張るヒュー・ジャックマンさん、かっこよかったですね。ファンになりました」

「吉澤亮の次はシュワちゃんの息子、それからトム・ホランドを経て今度はヒュー・ジャックマンかぁ。ナマエちゃんは観たものに影響されやすいね。霞ちゃん並にミーハーじゃない?」

「否定できません……ですが、憲紀さまを慕っている気持ちは一生変わりません」

「まぁ、そこに関しては皆知ってるから弁明いらないよ。霞ちゃん、ヒュー・ジャックマンはどう?」

「うーん。勿論かっこいいですけど、最近洋画の俳優はあんまりです。それよりこの前の交流会の打ち合わせの時に五条悟に写真撮ってもらってからもう五条悟との写真見る度にテンションが上がります」

「ああ、あれね……」

西宮は引いたように相槌を打つ。ナマエも三輪が校舎の廊下でスキップをしながら、スマホで五条悟とのツーショット写真を見ているのを一度見かけたことがあるので西宮の反応の理由は推察できた。

「真依ちゃんは最近推してる芸能人とかいる?」

「私は別に……でも、強いて言うなら最近テレビに良く出る高身長アイドルが気になってるけど」

「えー!真依ちゃんがアイドルを?誰々?」

「気になる程度だから言わないわよ」

何やら気になる話題が飛び出たが、ナマエの頭の中ではヒュー・ジャックマンの下腹部に女性の顔が埋まるシーンばかりがチラついていて、中々会話に集中できないでいた。



 ◇



寮の自室に戻ってからもナマエは悶々と口淫について考えていた。──憲紀もそういうことをされるのを望んでいるのか、と。

ナマエは憲紀と幾度か肌を重ねてから、彼には普段の温厚そうな性格に反して、一般的な男性と等しくそれなりの獣性というものを持っていることは感じていた。
だからといってああいう下品な行為を憲紀が好むとは考えにくいが、スマホで検索してみると、殆どの男性が口淫を好むという。加えてそのような淫らな行為は現代においては一般的だという。

まともに憲紀の男性器を見たことのないナマエにとっては手淫さえ勇気のいるものだ。ただ憲紀が一般的な男性と同じく、そういう行為を望むなら、いや、どんな行為を望まれても、ナマエは全てに応えたいと考えている。

そもそもナマエはいつも自分ばかりが気持ちよくなってしまうことに申し訳なさを感じていた。憲紀に与えられるだけでなく、自分からも何か与えたい。

淫らな行為をすることでふしだらな女だと思われるのは嫌だが、自分が憲紀を想う気持ちを伝える為の手段としてなら、受け入れられるはず。

まずはスマホで検索してやり方を調べると、なんと棒アイスキャンディーを使ってレクチャーしている動画があった。

生来真面目なナマエは早速試して技量を身につけることにし、まずは食堂へ向かった。

確か数日前に同級生の新が棒アイスキャンディーの徳用パックを買ったらしく、「皆さん、好きに食べてください」と言っていたのを思い出したのだ。

食堂の冷凍庫を開けると、大きな袋の中にまだ何本か棒アイスキャンディーが残っていた。パッケージを見る限り、味は何種類かあるようだが、残っているのはミルク味ばかりであった。

ナマエは特に拘りはない為にミルク味のものを一つ手に取り、一旦食堂から顔を出して廊下に人がいないことを確認してからコソコソと席に座り、食べることにした。

外装を取り外し、スマートフォンを横にして、口淫のレクチャー動画を流す。

動画の中の女性の真似をして両手で棒アイスを持ち、舌先でちろちろと先端を舐めてみたり、咥えた状態で舌を動かしてみた。女性が上目になったり、髪を耳にかける仕草をしたりすれば、それも真似した。

なんだかイケナイ事をしている気分になり、その背徳感がナマエの気持ちを昂らせる。

実際に憲紀のものを咥えたらどんな反応をするのだろうか。引かれるのか、それともあの映画のヒュー・ジャックマンのように悩ましげな顔をするのか。憲紀なら、自分の想いを汲み取ってくれそうな気もする。目の前で跪いて奉仕する自分を憲紀はきっと優しい目で見つめ──想像するだけで、いつも憲紀と肌を重ねる時のように体温や脈拍が上昇し、顔が熱くなる。

「わたしったら……」

一旦口を離し、下腹の疼きに自分の浅ましさを呪った。こんなことで高揚してしまうなどふしだらにも程がある。

そんな葛藤を脳内で繰り広げつつ、レクチャー動画を見ながらアイスを頬張っていると、食堂の戸が突然開かれ、憲紀が顔を出した。

「ナマエ、アイスを食べているのか?」

「憲紀さま……!」

夕食の前であるからこの時間に食堂を利用する生徒はいないと油断していただけに驚きは大きく、頭が真っ白になってしまう。

「アイスを食べる動画を見ながらアイスを食べていたのか……」

「あ、これは……!」

ナマエは慌ててテーブルの上に置いたスマホを裏返して隠す。ちょうど女性が下品に棒アイスを奥まで咥えているところであったが、憲紀はその淫猥さには気がつかなかったようだ。

「何を焦っている?」

「あ、焦ってなど……憲紀さまは何故食堂へ?」

「西宮たちと帰ってきたというからナマエを探していた。まさかここにいるとは思わなかったが」

「わたしを……?何か御用が?」

「顔を見たかっただけだが……ナマエ、アイスが溶けて手に付いてしまっているよ」

憲紀に言われてみれば、ミルクアイスが溶け始めていて、ナマエの手の方へ落ちてきていた。焦りのあまりに気がつかなかった。

「こ、これは大丈夫です……手を洗います。あっ」

アイスは手を伝ってナマエの制服の胸元や太腿にポトポトと落ち、どろりとした白い汚れを作っていく。

「大丈夫か?器と手拭きを持ってくる」

「申し訳ありません……」

ハンカチはスカートのポケットにあったが、手が汚れていることもあり、ポケットに触れることができず、憲紀に甘えることにした。

憲紀は一分もしないうちに厨房から底の深い小皿と布巾を持ってきてくれた。

ナマエが小皿に溶けかけのアイスを入れる頃にはスカートに落ちた白い溜まりが二つに増えていた。

食べ物をこぼして制服を汚すなど、あまりにもだらしのなく、恥ずかしいことだ。ナマエは決まりが悪く、憲紀の顔も見られず、「制服も手もベトベトです……」と自虐気味に呟いた。

「溶けかけのアイスでも食べていたのか?」

憲紀はナマエの隣の席に座ると、布巾でナマエのスカートの汚れを拭いつつ、顔を上げてナマエを見つめる。

まさか自分で拭くものだと思っていたナマエは驚きつつも状況を受け入れ、「……食べ方がよろしくなかったのでしょう」と言い訳をして事の原因を濁した。

ただでさえ距離が近いというのに、憲紀に拭われている部分が太腿である為にその部位に意識がいってしまい、緊張に胸が高鳴る。愛撫されているわけではないのに、スカートと布巾越しに擦られているだけであるのに、そこが熱を持ち、期待に体の芯がきゅんと収縮してしまう。

憲紀が拭いているところから数センチでも上へズレれば、いつも憲紀が優しく解してくれている処だ。そんなことを意識してしまう自分が嫌であるが生理的に憲紀を欲しているのは紛れもない事実で、頰が上気する。

「それにしてもナマエが夕食前にアイスを食べるなんて珍しいな」

「小腹が空いてしまっていて……この後運動しにいきます……あ、スカートはもう大丈夫です。すぐに着替えて洗濯に出すので……」

「胸元は自分で拭けるか?」

何故か胸元は遠慮してくれるらしい。憲紀の基準はよくわからないが、ナマエは安堵して小さく頷いた。ベトベトに汚れた手を差し出して憲紀から布巾を受け取り、胸元の汚れを拭う。

厨房で布巾と手を洗って食堂へ戻ると、棒アイスは深皿の中でドロドロに溶けていて、棒と完全に分離していた。

「これはもう飲むしかありませんね……」

食べ物を粗末にするわけにもいかず、真依がよくファーストフード店で飲んでいるシェイクのようなものだと思い、口を付けた。

「とても甘いです」

「美味いのか?」

「……胸やけしそうです」

アイスという固形状態のときはそれ程甘くは感じなくとも、温度の変わった液体になると、舌が甘みを受容しやすいようだ。こってりとした洋食で胸やけを起こすナマエの体には合わないが、全て飲み干した。

「ごちそうさまです」

「ナマエ」

隣に座る憲紀に呼ばれて顔を向けると、うなじに手を添えられ、唇を重ねられた。ナマエは突然のことでありながらも、咄嗟に瞳を閉じて受け入れたが、下唇を食むような口づけを一つされただけで、すぐに離された。

ナマエは何がなんだかわからずに、それでも突然の憲紀からの好意にどきまぎしながら、憲紀を見つめた。

「付いていた」

「あ……まさか、それでですか……?」

ナマエは動揺して指で唇に触れる。
唇に溶けたアイスが付いていたというだけで、キスで取ろうとする憲紀の大胆さに驚くが、すぐにそれを上回る羞恥心に襲われた。制服にアイスを溢しただけでなく、口にまでくっ付けて気づかない自分の間抜けさがあまりにも恥ずかしい。

「……だらしのないところばかり見られてしまい恥ずかしいです」

「そうだな。隙を見せるのは私の前だけにして欲しい」

「憲紀さまには見せていいのですか?」

「構わない。私はどんなナマエも受け入れるよ」

どんな自分も受け入れる──つまりは憲紀の為に口で奉仕する自分も受け入れてくれると同義である、とナマエは考えた。

「そのお言葉を忘れないでいて欲しいです」

「どういう意味だ?」

「真意は夜にお話しします……就寝前に部屋に行っても大丈夫でしょうか?」

「ああ。待っているよ」

それまでに練習しておきます、とナマエは心の中で呟き、今夜こそ憲紀へ奉仕することを決心した。



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