はぁーと長く息を吐いて呼吸を整え、前髪を直してから部屋の戸を控えめに叩く。少し間を置いて出てきた加茂くんを見上げると、やっぱりかっこよすぎて直視できなくて、制服のボタンの辺りを見つめる。

「ら、来週の日曜日の午前って空いてる?空いていたらちょっとだけ付き合って欲しいところがあるの」

事前に紙に書いて練習した通りの言葉を言うだけなのに、噛んじゃった上に早口になってしまう。
でも優しい加茂くんは表情一つ変えないで聞いてくれていて、「ああ、空いているがどこに付き合えばいいんだ?」なんて、即答してくれた。

「京都駅のポルタに新しく出来たカフェに行きたくて……その日にオープンだから朝一で行きたくて……」

「朝一なら何時にここを出る?」

「えーと……ごめんなさい……それは調べてなかった……ポルタ開くの何時だったっけ?あ、後で調べたら連絡するね!」

「ああ。わかった」

なんとか約束を取り付けて、逃げるように自分の部屋に戻った。中で待ってくれていた桃ちゃんに親指を立てて頷く。

「よかったね」

「凄く緊張したぁ」

「別に二人で出かけるの二回目なんだから誘うくらいわけないでしょ」

「そんなことないよ!加茂くんからあまり好意感じられないから断られたらどうしようって緊張しちゃうよ!」

「大丈夫だよ。加茂君ナマエちゃんのこと好きだと思うよ?」

桃ちゃんはいつもわたしを励ましてくれるけど、具体例を言わないあたり、加茂くんから好意を寄せられている確かな証拠はやはりないようだ。

それから桃ちゃんに当日着ていく服やどんなメイクにするか相談していると、加茂くんが真剣な面持ちで部屋を訪ねてきた。

「すまない……日曜日の午前はどうしても動かせない予定が入っていた。午後では駄目か?」

「勿論大丈夫だよ!混んでると思うけど朝一だってどうせ混んでるし変わらないと思う!」

一瞬断られるのかと思って焦ったけれど、わざわざ時間を変えて欲しいと言ってくれるのは脈があるのかな、なんてこじつけにも等しい想像をする。

「本当に申し訳ない。では、十三時半に京都駅でいいか?」

「大丈夫だよ。出先でそのまま京都駅に来てくれるの?」

「ああ。十二時半過ぎには吉田本町で用事が終わる予定だからな」

「吉田本町って京大……?」

「そうだ。TOEICの試験会場がそこになった」

「TOEICだったの?そんな大事な日に誘っちゃってごめんね。違う日にする?」

「いや、日曜で問題ない。むしろ、こちらが予定を忘れていて申し訳ない」

「ううん。気にしないで。じゃあ、日曜日の十三時半に京都駅で。烏丸東改札口がいいかな」

「そうだな。待ち合わせるならそこがいいだろう」

「試験頑張ってね」

頷いて背を向ける加茂くんに小さく手を振って部屋の戸をゆっくりと閉めた。
加茂くんがいなくなると、取り繕っていた余裕はなくなり、罪悪感に苛まれる。

「どうしよう……加茂くんが試験の日に誘っちゃってた!しかも今回TOEIC受けるってのも知らなかった!」

「というか、そんな大事な日をあの加茂君が忘れるわけないから好意あると思うよ?」

「なんで?」

「待って。ナマエちゃんが加茂君からの無自覚サイン見逃しまくってる説濃厚なんだけど」

桃ちゃんの言っていることはよくわからなかったけど、一週間後、加茂くんからデートに誘われて予定も確認せずに即答でOKしちゃった時、なんとなくその意味が理解できそうな気がした。




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