十月四日──日差しが和らぎ寒暖差の激しい気候となりつつある秋はメカ丸の本体にとっては毒であるのだろうか。彼にはどれ程過ごしづらいものなのか──彼へ贈る花を携えて、ナマエは一足早く紅葉した高専の並木道を歩きながら肌にひんやりと纏う空気を感じて考える。

隣を歩く憲紀の手には誕生日ケーキの入った紙袋。果たしてメカ丸の本体である彼は気に入ってくれるのだろうか──メカ丸は時折話しかけてくれる面倒見の良い先輩であるのだが、ナマエだけでなく、同級生にすらどこか壁を作っているのだ。今まで探った情報だけでは簡単には推し測れない。

「メカ丸さんは生モノが苦手と聞いたので念には念をいれてベイクドチーズケーキにしましたが、気に入っていただけるでしょうか。お花も花粉が飛ぶことを考えて造花にしたのですがお花自体が嫌いでしたらどうしましょう。メカ丸さんには喜んでいただきたいです」

宿舎へ近づくにつれ、事前に考えていたメカ丸への誕生日祝いの計画に自信がなくなり、ナマエは憲紀を見上げて不安な気持ちを吐露する。

「祝う気持ちが伝われば十分だろう」

「憲紀さまの仰る通りです。お祝いの気持ちを伝えることが重要ですものね」

ナマエはなんとか前向きに考えようとするが、メカ丸のことを考えれば考える程メカ丸が喜ぶ姿が想像できずにいた。思えば、メカ丸が嬉しいという感情を示したことがあるのだろうか?傀儡であるメカ丸の体や顔からでは決してわかるものではないが、その体を通して発せられる声には、確かに感情が込められているのはナマエにもわかる。過去を振り返ればメカ丸の声からはあらゆる感情を感じられていた。呆れていたり、驚いていたり、戸惑っていたり、引いていたり──どれもマイナスな感情である気もしなくはない。

「憲紀さま、メカ丸さんが喜ぶところをご覧になったことがございますか……?」

ナマエは思い出せる限りの記憶にはメカ丸のプラスの感情が見当たらないことに動揺し、憲紀に確認の意味を込めて聞く。

「……ない気がする」

「一年半も一緒に過ごして見たことがないのですね……」

「学年が異なれば付き合いはより希薄になるものだろう。真依や三輪たちなら見たことがあってもおかしくはないと思うが」

「もう少し真依さんたちからお話を聞いてみます。数日前に聞いた時は『その辺で拾った金属片をあげれば喜ぶでしょ』としか仰らなかったので……流石のメカ丸さんも落ちている金属片には興味がないと思うのです」

あくまでナマエの推測であり、自信はない。ナマエは真依や西宮には冗談の類で騙されたことが何度かある為、『その辺で拾った金属片』でメカ丸が喜ぶかについては懐疑的である。

「傀儡を作っているのはメカ丸だろう。金属片自体には興味を示している可能性もある。傀儡に使うものや、希少なものであれば喜びそうだが……その辺に落ちている金属片にどれ程の価値があるのか判断がつかないな」

「そうですね……日頃から落ちている金属片を拾ってはメカ丸さんが興味を持つか確認していればよかったです」

「金属片拾いはナマエの手が傷つくだろうから流石に認め難い。いっそのことメカ丸にどのような物が好きなのか直接聞いた方が良いのではないか?」

「確かにそれが一番良いですね」

誕生日当日に好きなものを聞くのは露骨に感じられて抵抗があるが、より確実性がある方が良いだろう。壁の感じられるメカ丸から本心が聞き出せるかは別であるが。



 ◇◇◇



贈り物を携えて宿舎へ入っていく憲紀とナマエの後ろ姿を、メカ丸──もとい、与幸吉の作った傀儡が見つめていた。傀儡と言っても普段仲間と過ごしているメカ丸ではなく、高専には登録していない、諜報を目的とした小型のものである。その傀儡を通して、二人の姿と会話が幸吉に伝わっていたのだ。

「傀儡に使える金属片なら欲しいといえば欲しいが……」

薄暗い地下で生命維持装置に繋がれていた幸吉は傀儡越しに聞いていた二人の会話に思わず独り言ちた。
真面目な二人が、真面目に自分の誕生日を祝う為に真面目な会話をしているのは嬉しいものだが、如何せんその内容が「落ちた金属片をメカ丸が喜んでくれるかどうか」という冗談のような話だ。そんなことを後輩のナマエに吹き込んだ真依には呆れたものだ。

真依といえば、今年の二月十四日にエボルタ単三電池を三輪から貰ったことを幸吉は思い出す。察するに三輪は真依と西宮から自分はエボルタが好きと聞かされ、バレンタインデーの義理の贈り物としてくれたようだった。

それが今度は、ナマエからは金属片が贈られてきそうである。一応憲紀が自分に好きなものを聞くように助言してくれたものの、憲紀からも本気で自分が金属片に興味があると思われているのもなんだか癪である。興味が全くないわけではないが。

幾らかすると、憲紀の助言通り、普段メカ丸を置いておく寮の部屋にナマエが訪ねてきて少しホッとした。どうやら、自分の好みを聞いてくれるようである。何が好きかというはっきりとした回答は持ち合わせてはいないが、真面目に金属片を贈られるよりはマシである。勿論、気持ちの乗せられたものであれば、誰からそれを贈られても嬉しいことには違いないのだが。

部屋のすぐ外で取り合うメカ丸を見上げるナマエを、幸吉はモニター越しに見つめる。
整った容姿に艶っぽさの足された化粧。動くたびに流れるような光沢を放つ綺麗な髪。華奢な体躯である一方で制服の胸元の生地を押し上げるような膨らみ──ナマエが幾ら魅力的であろうと幸吉が好意を寄せる相手ではない為に異性としての興味は持てないが、やはりこうして見つめられると落ち着かない気持ちにはなる。

「メカ丸さん、先程校内で拾ったのですが……」

なんとナマエの手には、端の赤茶けた銀色のバネがあり、幸吉は思わず声を上げかけた。「加茂の助言はどうしたんだ!」と。
幸吉のイメージでは、ナマエは三つ指をついて憲紀についていきそうな古風な女性であるのだが、度々それが少し間違っているのではないか、と考え直すことがある。今がその良い例だ。ナマエは憲紀の言葉全てに諾々と従うわけではないらしい。

「それハ……バネだナ」

「バネはわたしにもわかります。これは何かに使えそうですか?」

「……使えると思ウ」

「では、どうか受け取ってください」

「……礼を言ウ」

「……あまりご興味がないようですね。メカ丸さんはどのような物が好きなのですか?」

「部屋を見て判断してくれとしか言えないナ」

「男性の部屋に入るのは憚られるので、こちらから覗いても良いですか?」

「構わなイ」

今日で漸く十七歳になり、それも仮初の体で活動する自分を男性と表現されることをくすぐったく思いつつ幸吉はメカ丸を頷かせる。

思えばナマエと話していると、時折憲紀から厳しい態度をとられることを思い出した。夏頃はそんなことはなかったが、ナマエの入学当初と交流会が終わった後はそれが顕著であった。
恐らく嫉妬の類いであろう。それを自分へ向けられるのは複雑な気持ちになる一方で仮初の姿しか見せない自分を男として認識してくれるのは嬉しくもある。「ナマエと何を話していた?」などと怖い顔で詰め寄られるのだけは勘弁願いたいが。

幸吉はメカ丸に部屋の戸口を大きく開けさせ、ナマエに部屋の中を見せた。メカ丸の体を収納したり、メカ丸を通してテレビを観たりする為の部屋であり、インテリアは趣味であるロボットや幾何学を思わせる内装に弄ってある。傀儡越しではあるのだが、本体である幸吉はそれで落ち着くのである。

「初めてじっくり見ましたが、とても良い趣味をなされていますね。ロボットが好きなのですか?」

「アア。好きといえば好きであるガ……」

自分の為に探りを入れてくれるのは有難いのだが、やはり偶然とはいえ、諜報活動の最中に聞いてしまった誕生日の贈り物についてこのまま触れないのは居心地が悪くなってきた。ただでさえ、半月程前に自分の裏切りの所為でナマエの大切な人を傷つけたことを気まずく思っているのだ。"京都校の仲間には手を出さない"。それがツギハギたちへの協力の条件ではあったのだが、彼らの暴走を予想できなかった自分の読みの甘さが悔やまれる。

交流会での裏切りの一件から、正直なところ、幸吉は仲間たちから祝われたくはなかった。仲間たちが自分の為に考え、行動する度に罪の意識が濃くなるのだ。

ついに耐えきれなくなった幸吉は、メカ丸をナマエに向かせ、肉声を鋼鉄の傀儡へ乗せる。

「俺の誕生日を祝ってくれると聞いているガ、既に用意してくれたもの以外は不要ダ。気遣わなくてイイ」

「まあ!隠密に行動していたつもりですが、筒抜けだったようですね……メカ丸さん、お誕生日おめでとうございます!後で三輪さんたちと改めてお祝いさせてくださいね!」

さらりと三輪の名を出し、背を向けて去ってゆくナマエの背中をメカ丸は動揺しながら暫く見つめていた。

ナマエの口からでるのは大抵、一に憲紀、二に憲紀、三四に憲紀が来て漸くその下に真依や西宮たちがくる。ナマエは三輪とも仲が良さそうで、三輪がナマエの面倒を見ているところに遭遇したこともあるし、ナマエが三輪を頼ることがあるのも知っている。だがやはり憲紀を除くと、ナマエは真依と一番仲が良く見えていた。つまり、ナマエからその他の仲間を表現されるべきは「憲紀さまたち」か「真依さんたち」、あっても「西宮さんたち」であって、「三輪さんたち」であるはずはない。

「まさか、な……」

焦りから心臓にひやりとするものが感じられる。今まで押し殺してきた想いを、誰にも気取らせたことがないと自信を持って言える想いを、どうして鈍そうなナマエが気付けるのか──女の勘であるのだろうか。それとも憲紀のことになると脳が溶けるだけで、他の人の心の機微には敏いのか。
恐ろしいものだ、と幸吉の心にナマエへの警戒心が生まれる。

その日の夜。真依から聞いたと言って、ナマエから造花の花束とともにリボンの巻かれたエボルタ単三電池が贈られ、幸吉はやはり自分の考えすぎであるとの安堵から変な笑い声が出て、ナマエたちから大袈裟に驚かれた。



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