十月某日の午後。ナマエは京都高専の仲間たちとハロウィンシーズンのUSJに遊びに来ていた。

ハロウィンといえば、幽霊や奇怪な見た目の化け物のイメージが強く、術師にとってオフの日にまで見たいものではないが、『テーマパークでコスプレや乗り物、イベントを楽しむ』との遊びの目的がある為にさほど問題にはならない。
特に友人や憲紀との行事を好むナマエは乗り気で赤ずきんの衣装──白のパフスリーブのトップスに、赤色のハイウエストフレアスカートを穿き、フード付きの真っ赤なケープを羽織っていた。全体的に赤が目立つ一方でウエスト部分は黒色のレースアップになっており、靴も黒にしてバランスを取ったつもりであるが、やはり総面積の大部分を占めるのは赤色の為に目立つ。

「ナマエちゃん遠目からも目立って見つけやすいね」

などと茶化してきた西宮は髪を下ろしてアリスのコスプレをして、真依と三輪、それから無理やり連れてこられた新を引きずって、ニューヨーク・エリアへ遊びに行ってしまった。
恐らくナマエと憲紀を気遣ってのことだろう。

ナマエは西宮たちの気遣いに感謝して、憲紀と手を繋いで人混みの中を抜い、真っ先にハリー・ポッターのエリアへ向かった。ナマエは高専に来るまでハリー・ポッターの映画を観たことはなかったが、最近憲紀と全話視聴してからはすっかりとはまってしまい、今日はなによりもそのエリアで遊ぶことを楽しみにしていた。

「動物愛護法違反で捕まった赤ずきん」

移動の最中、どこからか自分のことだとわかる揶揄の言葉が聞こえてきた。やはり目立つ格好をしているナマエは、隣を歩く憲紀の格好のこともあり、何人かに不名誉な表現をされていた。

「憲紀さまになら幾らでも逮捕されたいです」

見知らぬ人からの揶揄に対してナマエは気にするどころか、憲紀に向かって媚態を見せた。

「ナマエは良い子だから逮捕するような理由が見当たらないよ」

いつも以上に憲紀にのぼせ上がるナマエの態度に憲紀は相変わらず穏やかな笑みを返して軽く受け流す。
その涼しげな表情は全身黒の衣装で少し不敵にも見える。今日の憲紀の格好は腕章の入った黒のシャツに同じく黒のボトムスというシックな格好で、頭に被った制帽には銀の刺繍の入っており、シルバーバックルのベルトからは玩具の手錠が下げられている。
どこからどうみても警官を模した格好の為に赤頭巾の格好をしたナマエと並んでいると、警官と警官に補導されている赤ずきんのような構図になってしまう。

それでもナマエは憲紀には赤ずきんとペアになりそうな狼や猟師の格好ではなく、憲紀に一番似合いそうな警官のコスプレ衣装を贈ってよかったと満足していた。
知性の感じられる佇いの憲紀には正義感のあり、聡明なイメージのある警官の恰好がよく似合うのだ。

「この玩具の手錠は本当に使えるのか?」

「使えると思います。帰宅後に試してみますか……?」

「それは気が引けるな」

ナマエは胸を高鳴らせながら自分の両手首をくっ付けて持ち上げてみせたが、憲紀の反応はいまいちである。憲紀が自分を大切に想ってくれるが故の反応であるとナマエはわかってはいるものの少し寂しく感じる。

「わたしがイケナイことをしたら、その手錠で捕まえてくださいますか?」

「どうしてそんなに捕まえられたいのだ?」

憲紀は心底不思議そうに首を傾げる。
ナマエには憲紀に拘束されてみたいという被虐的な願望があり、それを隠す為にできる限り品位を欠かないように頼んだつもりであるが、どうやら憲紀には通じなかったようだ。

「憲紀さまをお慕いしているからでは納得していただけませんか?」

「よくわからないが、ナマエが遊びとして手錠を掛けられたいなら幾らでも付き合おう」

「本当ですか?嬉しいです」

ナマエは喜んで憲紀の方へと身を寄せた。単なる遊びでも、憲紀が乗ってくれるだけでもナマエには十分であった。
一方憲紀はナマエが拘束されたがっている理由が本当によくわからないのか、不思議そうな顔をしていた。

二人が園内の非日常的な風景を楽しみながらハリー・ポッターエリアの入口──通称ストーン・サークルという巨大岩に囲まれた広場へ着くと、イギリスのストーンヘンジを思わせる不思議な空間やその奥の木々に挟まれた小道の方から軽快な音楽が聞こえてきた。

「あそこが入口でしょうか?」

ナマエは背の高い常緑樹の密集した方を指さす。途中まで舗装された道は見えるが、その先は緑に飲み込まれたように道が消えている。恐らく道は湾曲した作りになっていて、先へ進まないと見えないようになっているのだろう。魔法界らしい演出だ。

「方向は合っているよ」

ナマエと同様にUSJへ来るのが初めてのはずの憲紀は事前に園内マップを把握してきてくれたらしく、躊躇いなく頷く。

ナマエは一緒に出かける度に頼もしさを見せてくれる憲紀へ尊敬の念や憧憬を募らせて、繋いだ手に力を込めて緑の茂る小道を歩きながら時折憲紀を盗み見るように見上げた。

交流会の野球を除けば、憲紀が帽子を被っているところを見るのは初めてなのだが、見れば見る程襟付きのシャツと相まってかっこよく見える。

そんな憲紀に夢中なナマエも、道の奥にも茂る、背の高い常緑樹の頭から城の尖塔と思わしき建物が見えると、意識は魔法の世界へ持っていかれてしまう。

「あれがホグワーク城でしょうか?なんだか園内の音楽と相まってドキドキして参りました。あ、あれはロンとハリーが乗っていた空飛ぶ車です!あの門!まるでハリーがこっそり通っていた校外の町にそっくりです!あれはハリーたちがいつも乗ってるSLです!見るものがいっぱいです!」

歩く内にたどり着いた魔法界への入口。アーチ型の門を潜る前に、ナマエは見つけたもの全てに興奮したように反応する。

そんな落ち着きを失ったナマエを憲紀は眦を柔らかく下げて、優しく見つめる。

「そうだな。ゆっくりできる程の時間はないからナマエの中で優先順位を付けてくれると助かるよ」

「優先順位を付けるのは難しいです。街並みやホグワーク城の内部を見たいですし、屋内のアトラクションにも乗りたいです。それにお土産も少し見たいですね。時間は足りるでしょうか」

「それなら先にアトラクションにしようか」

「はい!評判がとても良いようなので楽しみです」

「そういえば、遊園地に来るのも乗り物に乗るのも初めてだ」

「わたしも初めてです。初めてで憲紀さまとこんなに素敵なところで遊べるなんて夢みたいです」

「……」

瞳を輝かせ、澄んだ声を弾ませるナマエの頰へ憲紀の手が伸びる。

憲紀の温かな手の平でスリスリと頰を撫でられ、ナマエは気持ちの良さそうに目を細める。

「本当に逮捕する理由が見つからない。ナマエに手錠は似合わないよ」

「それでは、手錠が似合いそうなくらいとてもイケナイことをします」

憲紀が夜になっても拘束してくれそうな期待を持てないことを言うので、ナマエは咄嗟の思い付きで悪戯っぽく返す。

「どんなことだ?」

「二人きりの夜になるまでの秘密です。早く魔法の世界へ行きましょう」

具体案はないが、何かイケナイことをして憲紀が自分の気持ちに気がついてくれれば、と願って憲紀と繋いだ手を控えめに引っ張る。
踏み出した足は石畳の地面をコツンと硬く打つ。潜り抜けたアーチの向こうの世界は石造の建物が並ぶ、ユーロピアンテイストの世界が広がっていた。



 ◇



十八時過ぎ──日の入りから一時間以上も経つと、空は徐々に暗闇に呑まれていき、園内に据えられた街灯がほんのりと辺りを照らす。

魔法の世界を堪能したナマエは夢見心地な世界から一転してゾンビに溢れたストリートで期間限定のホラー演出を楽しんでいた。

キャストが扮しているゾンビの特殊メイクや衣装のクオリティは高く、どのキャストも人に生理的嫌悪を催させるには十分な仕上がりになっている。だからといって彼らは何もせずに歩いているだけではなく、独自のやり方でゲストを恐怖に陥れているようで、数秒間隔であちこちからゲストの悲鳴や驚きの声が聞こえてくる。

「おおおっ!」

「きゃあ!」

ゾンビ役のキャストが声を上げてナマエの方へ身を乗り出せば、ナマエは小さく悲鳴をあげて憲紀の腕に抱きついた。ナマエとしてはほんの戯れの行為であるが──

「大丈夫か?」

憲紀は本気でナマエが怖がっていると思っているらしく、自身の腕に抱きつくナマエの頭に手をやり、宥めるように撫で始める。

ナマエにとって、ゾンビは少し怖い程度だが、やはり所詮は作り物。本当の恐怖がなんであるかを知っているナマエが本気の悲鳴をあげる訳がない。
ナマエは冗談っぽく、「怖いです。憲紀さまに守って欲しいです」と憲紀を上目で見つめて懇願する。

「やはりセーフティエリアに移動した方がいいのではないか?」

本日五度目の憲紀からの提案である。
このハロウィンのホラーナイトイベントは子供も入園するUSJでは当然の如くエリアが限定されていて、ホラー演出のない安全なエリアが設けられている。
そのエリアにいればナマエは安心できるだろう、と憲紀は考えてくれているのだろうが、不純な動機でこのイベントに参加するナマエが首を縦に振ることはない。

「いえ。このまま全部のゾンビエリアをまわりたいです」

「……怖いのではなかったのか?」

「憲紀さまが傍らにいらしてくだされば平気です」

「先程叫んだのは?」

「驚いただけです。安心したいのでくっついていても良いですか?」

「構わないが……」

ナマエは憲紀に巻き付かせた腕に力を込め、さらに体を擦り寄せる。

普段であれば、人前で体をくっつけるなどみっともない、との憲紀の考えを尊重して、ナマエは憲紀にはくっつき過ぎないように意識しているが、今夜は別だ。何せくっついても仕方ないと思わせることができる状況が整っている。
ナマエはここぞとばかりに本気で怖がっているフリをして、積極的に憲紀に身を寄せ続けた。

腕や体の接地面から伝わる憲紀の体温や仄かに香る匂いが心地が良くて安心するし、胸が高鳴りもする。薄暗がりで、それもテーマパークという非日常的な雰囲気の中での接触は高揚を感じ、夢見心地な気分になる。

ナマエは陶然と憲紀の腕に抱きついて身をもたれかかせ、園内を反時計周りになるように歩き続けた。
パンクロッカーゾンビやアイドルゾンビ、それから海賊ゾンビと様々なゾンビのいるエリアを憲紀に抱きつきながら時間を掛けて移動し、ついに最後となるハリウッド大通りにあるPRISONゾンビエリアに辿り着いた。

あちこちから機械の駆動音が聞こえ、先程よりも女性の悲鳴が頻発するようになると、流石のナマエも警戒した。
ここのゾンビは玩具のチェンソーでゲストたちを怖がらせる演出になっている。玩具といえど、武器による威嚇はナマエは初めてで先程から冗談であげていた悲鳴よりも高い声で叫んで憲紀の体に抱きついた。八分は下心、二分は恐怖心である為に今までよりもずっと大胆になれた。

「動けないのだが……?」

「憲紀さま、怖いです。守ってください」

「ナマエ、あれは玩具だから怖がることはないよ」

ナマエの背に憲紀の腕が周り、抱きしめられる。体をすっぽりと包まれると、より憲紀の体温や匂いを感じられて官能的な気分が刺激される。

「憲紀さま……」

ナマエは顔を上げて目を閉じた。耳に聞こえるのは不穏な音楽を流す園内BGMや、チェンソーの駆動音、高らかな女性の悲鳴──周りの雰囲気はあまりよろしくないが、自分と憲紀の間に流れる甘やかな雰囲気に任せての暴挙である。

「ナマエ……」

困ったような声ではあるが、横髪が耳にかけられ、頰に温かな手を添えられるのを感じる。顔の近くに気配を感じ取り、ナマエは緊張に身を硬くして待っていると──

「西宮!」

憲紀の怒鳴り声が間近で聞こえ、ナマエは驚いて目を開けた。
振り返ると、西宮らしき人物が少し離れたところにいて、スマホをこちらに向けて構えていた。

「ゲッ!バレた!」

「そりゃ、バレるわよ。暗くても桃の髪色は目立つもの」

「そんなこと言ってないで逃げるよ、真依ちゃん!」

「私を巻き込まないでよ。今ので吐きそうだから走れないし」

西宮は明るいブロンドを靡かせて、隣にいた真依の手を引いて人混みに紛れて見えなくなってしまった。

「西宮め……」

憲紀は西宮たちの消えていった方を向いて恨みがましく呟く。

ナマエは悪いことをしてしまったと反省して、憲紀から離れた。憲紀が周りから認められるようにと頑張っているのをナマエは知っていた。許嫁としてそんな彼を応援すべきであったのに、自分の我儘の所為で憲紀の体裁が悪くなるようなことをしてしまった。せめて高専の知り合いがいるかもしれないところでは慎重になるべきであった。

「撮られてしまいました?」

「おそらく……」

「わたしの所為で申し訳ございません」

「ナマエは謝らなくていい。問題は西宮だ。あとで動画を消させる」

「人前でこのように抱きついてしまったわたしが悪いのです。罰としてその手錠で拘束してください」

「本当に悪いと思っているのか……?」

流石に終始拘束されることを強請るナマエから反省を感じとれなかったのか、憲紀は懐疑的に眉を顰めた。



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