裏庭の邂逅

「ねぇウサギさん、そろそろ動いてくれませんか〜?」

 朝起きた時から今日は最高のピクニック日和だと思い、お昼の時間になったら準備をして、人があまり来ない穴場の裏庭に来た。芝生の上にレジャーシートを敷きそこに座ったが最後、どこからともなくやってきた見知らぬウサギに膝の上を占領され、早数十分が経過していた。
 ぴょこぴょことこちらにやってきたウサギの愛らしさに、ついつい軽い気持ちで背中を撫でたり、持ってきていたサンドイッチからレタスを抜いて食べさせたりしたのが悪かったのだろうか。流石にそろそろ退いてくれないかなぁ、と思いつつ膝の上の毛玉を撫でる。ウサギはすっかりリラックスしてしまっているようで、だらりと足を投げ出して気持ちよさそうに目を細めている。
 うーん、可愛いな……まぁ、そんなに気持ち良いのならいいですけども……。

「それにしても、君はどこの子なんだい?」
 あまりにも魅力的なこのもふもふは明らかに野生ではない。誰かに飼われているウサギだろう。しかし、私の知り合いにウサギを飼っているという人間はいない。こんなに色々構ってしまったけど、飼い主に怒られたらどうしよう、と言う気持ちがだんだん大きくなってきた。
 ゆっくりと背中を撫でていた手を止め、ウサギの顔を覗き込むと、細めていた目をぱっちりと開いていて、ちょうど見つめ合う形になった。指でウサギの顔をうりうりと撫でるとまた気持ちよさそうな顔になる。人懐っこいな〜おまえ!
 
 仕方ない、可愛さに免じて私の膝の上を占領していることについては不問にしてやろう。
 ウサギにあげてしまったため、レタスの消えたサンドイッチを頬張る。ウサギがまたもぞもぞと動いているが、結局膝の上からは去ってくれなさそうだ。クリアボトルに作ってきたお手製のレモネードで喉を潤し、肌を撫でる心地よい風と暖かな日差しに一息つく。裏庭とはいえここは意外と日当たりが良いのだ。表ほどの明るさはないけれど、私にはそれがちょうど良かったのでここがお気に入り。
 サンドイッチを食べ終え、バスケットから本とブランケットを取り出す。本当は膝掛けにしようと持ってきたけど、膝の上にはすでに温かな毛玉がいるので肩にかけた。そして本を開く。
 
 うーん、休日にお気に入りの場所でお気に入りの本をゆっくりと読む、なんて至福!

 のんびりと本を読んで一時間ほど、最後のページをめくり、本を閉じた。
 ずっと同じ姿勢でいたことで固まった身体を解すべく、腕を空に上げ身体を伸ばす。足も崩したいところだが、本を読んでいる間も逃げ出すことなく、どっしりと落ち着いてしまったウサギがまだいる。
「ごめんね〜、ちょっと動いてね」
 すっかり慣れきっているようだし、まぁ良いかと思い一応声をかけてからウサギを膝の上から降ろした。

 ウサギは持ち上げられてちょっとバタついたものの、すぐ側に降ろせばきょろきょろとしつつ、でもどこかに逃げる気配はない。
 日もぽかぽかで気持ち良いしちょっと寝転がろうかなあ。
 肩に掛けていたブランケットを膝に掛け直し、レジャーシートの上で横になる。自分の腕を枕にして横向きになり、もうひとつの腕で軽くウサギを引き寄せ、その毛並みを撫でた。されるがまま、ウサギはおとなしくしている。
「ほんとうに懐っこいねぇ、君」
 ゆるゆるとウサギを撫でながら、気持ちの良い日差しもあってなんだか眠くなってきたかも。
 ちょっとだけ寝てもいいかな、と目を瞑って、そのまま意識が落ちていった。



 ──誰かに呼ばれているような気がして、落ちた意識が戻ってきて重い瞼を開いた私の目に飛び込んできたのは、私を見下ろす黄色い瞳。

「おい、起きろ」

「……、…………えっ!?」
 目の前の人物が誰であるかを理解した瞬間、自己最高反応速度で飛び起きる。目覚まし時計が鳴らずに寝坊し掛けた日だってこんなに早くは起き上がっていない。
 レイン・エイムズ。
 ずっと同じこのイーストン魔法学校に在籍していることは知っていたけど、今まで言葉を交わしたことなどない。何があってこんな裏庭で寝ていた私を起こしに来たんだろう。
 そんな答えの分からない疑問をぐるぐると働かない寝起きの頭で考えているうちに、彼は私の側にしゃがんで、いまだ眠るウサギへと手を伸ばしていた。

 もふり。
 男性らしい、しかししなやかな指がふわふわの毛玉を慣れた手つきで撫でている。
 ウサギもそれに安心しきっているようで、全く逃げる気配もなにもない。
 この状況に混乱しているのはどうやら私だけのようだ。

「えーっと……あの……これは一体、なんでしょう?」
「オレが世話をしているウサギだ」
「オレが世話をしているウサギだ!?」
「……」
「あ、いえ……そういう、イメージが無かったもので……すみません……」

 そうか。なるほどな……?と自分で自分を納得させ、彼から目を逸らしウサギを見つめる。
 君、エイムズさん家のウサギさんだったのかい……。人懐っこく私の膝を占領したのち、添い寝まできめてしまったこの小さな生き物が、途端にとんでもないような生き物に見えはじめた。

「ではコイツは連れて行く。世話になったな」
「こちらこそ……? って、あ」
「……」
「……あの……ウサギさん……」
「…………」
「…………」

 ウサギは彼の手に抱えられて行くかと思いきや、ぴょいと飛び降りて私の膝に舞い戻り、またもや完全に腰を落ち着けてしまっていた。
 とてつもなく視線を感じながら、なんとも言えない空気が流れる。
 やがて彼がひとつ長い息を吐き出してから口を開いた。

「……お前、名は」
「あっ、ナマエ・ミョウジです」
「そうか。オレはレイン・エイムズ。ウサギが満足するまで世話を頼む」
「えっ!?」
「どうやら懐いているようだしな。オレはしばらくアドラの談話室にいるから届けに来てくれ」
「待って、あの、」
「じゃあまたな」

「……待ってよー……」

 裏庭にはすでに私とウサギのみ。
 ウサギがどれぐらいで満足してくれるかは分からないけれど、このあと私は彼の元へ直々にこの子を送り届けなければいけないらしい。
 今からなんだか胃が痛いような気がする私とは裏腹に、ウサギはなんとも平和そうな顔で寛いでいるのだった。

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琥珀糖