裏庭の親交

 あの裏庭でとんでもないウサギと飼い主に出会ったあの日からしばらく、度々エイムズくんのウサギは私のもとへ遊びに来るようになっていた。
 裏庭で過ごす時間はもちろん、時折私の部屋にまで来た時は流石にびっくりしたけど、その度にエイムズくんと連絡を取り合ってウサギをお届けに行ったり、エイムズくんがこっちに迎えに来たり、なんだかんだとウサギを通した交流が続いている。ちなみに、はじめてウサギが私の部屋に来た時は、ウサギを引き渡す時のエイムズくんの顔がなんとも言えないことになっていた上に、そのあと同室の子や友達に交流が知れ渡って大変だった。別に私達は甘い関係ではないけれど、こういうときにきゃあきゃあ騒ぐのは今のオトシゴロの特権である。自分が当人なだけあってとても疲れたけど。

 休日の朝らしく少しの寝坊をして目覚めた今日は、どうやら部屋まで会いに来てくれる日だったようだ。ベッドから起きあがろうとした私を妨げるのはもはや見慣れた毛玉。布団の上から私のお腹に座ってすやすやと眠っている。
 ウサギを床に落としてしまいように注意しながら身体を起こし、そのまま腕をあげて少し伸びをすると、私が起きたのが分かったのか、ウサギも起きてもぞもぞと動きはじめた。

「おはよう。いい朝だねぇ」

 寝起きのもふもふは最高だな。しばらく魅惑の毛並みを堪能してから、やっとベッドから抜け出す。
 私に着いて足元をぴょこぴょこと移動するウサギを横目で見つつ、外を確認すると実に良い快晴。少し窓を開けて気温も確かめ、なんて今日は素敵なピクニック日和なんだろう、と自分の顔が緩むのがわかった。
 確認のために開けた窓を閉め、うきうきとした気分でクローゼットを開ける。ピクニックとはいえ行くのは裏庭なので、過ごしやすいゆったりとした服をちょちょいと選び、軽く身だしなみを整えればそれで充分かな。
 手早く自分の準備を済ませたら次はバスケットの準備。いつものレジャーシートに、ブランケット、お気に入りの本しか置いていない本棚から気分で一冊。あとは、なけなしの気持ちでこの前授業が難しかった教科書も一冊。ここまで入れたところで、ウサギを捕獲して一緒に優しく詰め込んだら次はキッチンへ。
 バスケットの中でウサギが大人しくしているか、なるべく目を離さないようにしながらサンドイッチを作る。朝ごはんをまだ食べていないから、ちょっと量は多めに作ってもいいかな。簡単に作ったサンドイッチと、ウサギ用の野菜スティック、飲み物はウサギ用と二本持つのが面倒だから今日はミネラルウォーターを一本入れれば、ピクニックの準備は完璧だ。
 ちょっとみちみちになってしまったバスケットからウサギを救出し、私の腕の中に場所を移してしっかりと抱え、いざ裏庭!

 と、意気揚々と向かった裏庭には先客がいた。

「思ったよりも遅かったな」
「エ、エイムズくん……おはよう?」
「あぁ」

 まさか待ち伏せされているとは思わずちょっと動揺してしまったけど、私の腕の中から降りたウサギを構っている様子を見て、待ち伏せていたのはウサギだったか、と思い直しレジャーシートを芝生の上に敷いて座った。エイムズくんは直で芝生に座っている。
 バスケットからサンドイッチを出しつつ、レジャーシートの上にお誘いするかどうか迷っていると、彼の手からするりと抜けたウサギが私の膝の上に登ってきて、サンドイッチを狙った目で見つめてきていた。

「あ〜だめだめ、これは私のです。君のはこっちだよ」
 ウサギを宥めながらサンドイッチを持った手を高く上げて距離を取り、バスケットから野菜スティックを取り出す。ニンジンを一本ウサギの口元に持っていくとシャクシャク食べてくれたのでサンドイッチを持ち直した。

「隣いいか」
「ん、どうぞどうぞ」
「色々とウサギが悪いな」
「こっちも楽しんでるから大丈夫だよ。もう癒しっていうか」
「それならいいが」

 私はサンドイッチを食べながら、エイムズくんはウサギに野菜スティックを与えながら、ぽつぽつと会話をするのも慣れたものだ。最初こそ私がビビりまくってロクに会話もままならなかったが、話してみるとなんていうか、結構普通だ。普通にちょっと口が悪くて、表情が怖く見えるだけで根は優しくて世話焼きな男子。こういう人クラスに一人はいる。ただちょっと魔法がとんでもなく優秀で神覚者なだけ。
 ……やっぱり普通じゃないかもしれない。付記事項がとんでもないな。

 サンドイッチをひとつ食べ終えたところで、もうひとつ食べようか迷って、やめた。また小腹が空いたら食べよう。ウサギもいつの間にか食事を終えてその辺を動き回っている。
 視線を感じてエイムズくんを見ると、彼は立てた片膝に肘を置き、頬杖をついた状態で私の様子を見つめていた。その視線が何を意味しているのかわからずに首を傾げる。

「……口の端にマヨネーズ」

 言われた瞬間、口元を隠して顔を背けた。
 あまりにも恥ずかしすぎるんだけど!自分の顔が真っ赤になっているのを感じながら念入りに口周りを拭き、鏡で確認しようとバスケットの中を見て鏡を持っていないことに気づいて更に焦る。恐る恐る口元を隠していた手を下ろし、エイムズくんに顔を向ける。

「…………取れた?」
「取れた」

 くつくつと喉の奥で笑う声に顔の熱は上がるばかりだが、とりあえずは一安心して息を吐き、本を取り出した。視界になけなしの気持ちで入れた教科書が目に入ったが、全く勉強をするような気分ではないので見なかったことにする。
 しかし、その教科書をエイムズくんが手に取った。
 思わず彼を見つめる。パラパラとページを捲られ、付箋が貼られたところで止まる。私が躓いてあとで復習しようと思っていたところだ。じっとそのページを見ているその様子を伺っていると、その視線がこちらを向いた。

「教えてやろうか」
「えっ!?」
「ウサギの礼だ」
「……じゃあ、お願いします」
「よし」

 自然と空いていた距離をどちらかともなく詰め、私の教科書を一緒に見ながらエイムズくんによる私のための講義がはじまった。

 エイムズくんの説明は流石と言うべきか、とても分かりやすかった。
 正直、先生から受けた授業よりも分かりやすく、私はどこで躓いていたのか、とさえ思うほどにさらりと理解できてしまって、ついでにちょっとした応用まで教えてもらってしまった。
 ウサギのお礼とは言われつつも、残していたサンドイッチを彼に献上してほくほくとした気持ちで次の授業は楽勝だな、なんて思ったりしたところで、そういえばウサギが大人しいことに気付く。
 くるりと後ろを向けばウサギはそこにいたが、ウサギは一心不乱に私のブランケットに齧り付いていた。

「あーっ!?」

 突然の私の大声に肩を揺らしたエイムズくんだったが、ウサギの悪事を目にすると無駄のない動きでブランケットから引き剥がし、魔法でケージに仕舞い込んだ。
 声にびくりとしたウサギも逃げ出せないレベルの早業だった。ケージに入れられたウサギはきょろきょろぐるぐると少し暴れてから大人しくなり、心なしかしゅんとしている気がする。
 ブランケットを確認すると、ものの見事に風穴が開けられていた。

「悪い、駄目にしたか?」
「あー……あはは。キレイに開いてる」
「……弁償する」
「えっ!? いやそこまでしなくていいよ、大丈夫!」
「いつも外にいる時は使ってるだろう。無いと困るんじゃねぇのか」
「でもエイムズくんは悪くないし……」
「オレのウサギがしたことだ。来週末は空いているか?」
「う、うん?」
「じゃあそのまま空けとけ。時間と場所はあとで連絡する」
「え?」
「買いに行くぞ」
「え!?」

 私の思考が追いつかないうちにエイムズくんは話をまとめ、ウサギが飲み込んだものの確認と躾をすると言ってケージを持ち、立ち上がった。

「あとオレのことはレインでいい」
「え……っと、レ、イン……くん?」
「あぁ。じゃあまたな、ナマエ」

 そうして彼は颯爽と去って行った。
 
 私はそのまましばらく呆然としていたが、ハッと意識を取り戻し、荷物をバスケットへ乱雑に詰め込んで部屋に走り帰る。
 そして友人各位に泣きつくのだった。

 だって、やばい、これってデートじゃん!?

U
Backpage
琥珀糖