街中の告白
ばくばくと鳴り響く自分の心臓を必死に抑えながら、ショーウィンドウを鏡にして身だしなみを確認する。いつもより気合いの入った、しかしナチュラルに見えるように仕上げられた顔は緊張で硬い表情をしていた。
レインくんに買い物に行こうと誘われてデートだと早とちりし、友人まで巻き込んで今日のコーディネートやらなんやら張り切った準備をしてしまったものの、いざ当日になってこれはデートではないのでは?とやっと冷静になった思考が帰ってきてしまい、湧き上がる羞恥で吐きそうになっているところだ。もういっそ吐きたい。
ウサギが駄目にしてしまった私のブランケットの弁償のための買い物、という前提がすっかり抜け落ちてしまったのが敗因だが、これは突然名前で呼べなんて言ってきた上に私の名前も呼び捨てにして去って行った彼が悪い。責任転嫁甚だしいのは理解しつつもそうでも思わなきゃやってられないのだ。
「おい」
声を掛けられてハッと顔を上げると、シンプルなモノトーンコーデに身を包んだレインくんがいつもの仏頂面で立っていた。
友よ、君の予想通りだよ。
おかげさまでほのかに匂わせる程度のお揃いモノトーンコーデカップルに擬態してしまうよ。胃が痛い。着替えたい。
自分の顔が引き攣っているのを自覚しながらもなんとか笑みを浮かべて挨拶を返し、私の心情が大変なことになっているのを必死で誤魔化しつつ、隣に並んで雑貨店へと歩みを進めた。
「そういえばウサギさん、最近来ないけど元気?」
「元気だ。迷惑をかけたし少し反省するように言いつけてあるがな」
「それで来ないのかぁ」
「恐らくそろそろまた動き回り出すだろう。またそっちに行ったら頼む」
「もちろんだよ。あ、ここ、お気に入りのお店」
「……そうか。入るぞ」
男の子が入るにはちょっとファンシーで、女性客が多いお店だから外で待ってるって言われちゃうかな、なんて少しだけ思っていたけど、意外と普通に入って行っていったレインくんを追って私も店内に入る。前にウサギ柄のハンカチとか持ってるのも見たし、結構こういうお店にも入り慣れてるのかな。
いつもならゆっくりぐるりと一周していくようにお店を見るけど、今日は真っ直ぐブランケットのコーナーへ向かい、早速どれにしようか物色をはじめる。
かわいさも大事だけど、やっぱり一番重視したいのは手触りと暖かさだ。あと次はウサギさんが簡単に穴を開けられないような……いや、ウサギさんはしっかり怒られてるみたいだしこの心配はもういらないのかもしれないけど。
とりあえず三つぐらいに候補を絞り、どれにしようか本格的に悩む。ここから一つに決めるのがちょっと苦手なんだよな。
「その中から選ぶのか?」
「うん、ふかふかさ重視で悩んでいるところです。ちょっと待ってね」
普通に店内を回っていたらしいレインくんは、かわいいウサギ柄のハンカチを確保して私と合流しに来たようだ。どうやら買うらしいそれを片手に持ったまま、私が悩んでいたものを確認するとそれとは別のものを手に取る。
「こっちの方がいいんじゃないか」
「あーそれね……いいなとは思ったんだけど、ブランケットにしてはちょっとお値段かわいくないから……」
「オレが買うんだからいいだろう」
「いやでも悪いかな、って」
「いい。ほら、何色がいいんだ」
結局押し負けて予定よりもお高いものを買ってもらってしまった……。
レインくんがサクッと会計を終わらせ、雑貨店から出ると思っていたよりも時間が経っていたようだった。結構悩んで時間を取らせてしまい、申し訳なく思いながらもお礼を言ってショッパーをもらおうとするも、一向に渡してもらえず不思議に思って彼を見る。
相変わらず感情が読みづらい表情だが、何かを考えているような気がしてもう一度声を掛けた。
「……飯でも行くか」
「えっ!?」
「少し遅めの昼飯にちょうどいいだろう。いい店がある」
そう言ってくるりと方向転換し、歩き出したレインくんを慌てて追いかける。
ゆっくり歩いてくれているおかげですぐに追いつけたけど、止まってくれる様子はなく、私がまだ混乱している間にすぐ到着してしまった。
なめらかに事は進んでいき、おすすめされるがままに注文を終えてからやっとひと息ついて、向かいに座る彼を見る。ちょうどこちらを見ていたようでばちっと視線が合ってしまい、心臓が跳ねたけどなんとか平静を装った。裏庭で会う時は隣に座ることが多いから、向かい合わせに座るのはなんだかそわそわしてしまう。
弁償のための買い物だって自分に言い聞かせてなんとか平常心でいたはずなのに、こうして一緒にご飯なんて食べに来ちゃったらやっぱりデートなんじゃないかな、って勘違いしちゃうじゃん。
なんとか彼との会話を繋ぎながら摂った食事は美味しかったような気もするけど、顔を上げればすぐに目が合う慣れない距離感と、色んな雑念がぐるぐると頭を回って正直あんまり味は分からなかった。
それから店を出て、やっとショッパーを渡してもらえるかな、と思ったけど依然としてそれは彼の手にあるのでそのまま並んで帰り道を歩く。
「気に入らなかったか?」
「ううん、美味しかったよ! というかご飯まで奢ってもらっちゃって……ありがとう」
「礼だからな」
「前にそう言って勉強も教えてくれたのに?」
「まぁ、気にするな」
「いやいや気にするよ〜、ブランケットもちょっと高かったのに」
隣を歩く彼をそっと見上げるとまた視線が合ったが、ふいと誤魔化すように逸らされた。
「オレが、ナマエにしてやりたいと思ってしただけだ」
「……あ、えっと……あ、ありがと……」
思わぬ言葉にしどろもどろになりながらもなんとか返す。思わず顔が見れなくなって下を向いた。
頭がぐるぐるする。
こんなの。こんなのって。
「…………かんちがいしそう」
「勘違い?」
つい小さく漏らしてしまった言葉に反応があって、バッと顔を上げる。
弁明しようとするも言葉が出ず、あ、だとか、う、だとか意味のなさない音だけ口から出るも、どうにもできず顔に熱が集まっていくのがわかった。
足を止めてしまったので、周りを歩いている人達がなんとなく邪魔そうに私達を避けて通り過ぎていく。
先程とは違い、強い視線でしっかりと目を合わせられて、きっと私は今情け無い顔をしているはずなのに、逸らせない。
「オレがなんとも思っていない奴にウサギの世話を任せたり、こうして出掛ける男だと思うのか?」
「……思わ、ない……です」
「そうだ」
するりと彼の手が動き、私の輪郭を極々柔らかい手つきでなぞる。
「好きだ」
そして一歩、距離を詰められたところで、視界の端にこちらを面白がった目で眺めている通行人が映った。
その瞬間、熱に浮かされたようにお互いの音しか聞こえていなかった、切り取られた世界から街中に意識が戻り、喧騒が一気に耳に入ってくる。
ぐるぐるぐるぐる、思考が、目が回る。
「まっ、まだ、むり……!」
「っおい! ナマエ!」
そうして私は、脱兎の如くその場から逃げ出した。
レインくんの盛大な舌打ちは聞こえなかったフリをし、彼がずっと人質かのように持っていたショッパーの存在も忘れ、寮の自室まで脇目も振らず全力で走り帰ったのだった。
デートの結果を聞くべく私の帰りを待っていたらしい友人は、部屋に入るなりへたりこんだ必死な私の様子に一瞬驚いていたものの、やがて状況を理解したのか綺麗すぎるにっこりとした笑みを浮かべてポン、と私の肩を叩き、ひとつ頷いて去って行った。
逆に聞いてくれよ。こんなの抱えきれない。