■ ■ ■
「麻由ちゃん」
「み、みのりさん……!」
「卒業おめでとう。というよりも、進級おめでとう、かな」
ふわり。小さな花の香りを纏わせた男の人が門に立っている。お花屋さんの、渡辺みのりさん、という人だ。こんなに若々しくて美人なのに、もう三十路なのだと言うから、初めて歳を聞いた時はすごく驚いた。みのりさんはかっこいいし、緩やかに微笑む姿は美人だし、こんな人と仲良くなってしまって良いのだろうか、なんて思っていて。ううん、今でもそれは思っている。その人が何故わたしの学校の門に立っているのか、という理由は、今日の行事にある。
突然だが、わたしは中学三年生だ。それも、今日で終わってしまうけど。中高一貫校に通っているので、学校が変わる訳ではない。けれども、中等部の生活を、中学生としての生活を、今日で終える。三月二十二日。本日、我が校は修了式をしていた。その内わたし達三年生は名前を呼ばれて、個票を受け取って、卒業式の礼儀を果たす。終わった後に受け取る花束を、みのりさんのお花屋さんに依頼してあったのだ。今日の朝、今と同じ場所に居てびっくりした。何故居るのだと思ったけど、職業を思い出して落ち着いた。
まあ、本当は今日、会う気で居たのだ。何故ならみのりさんの誕生日も今日だから。今日でその役目を果たすこのリュックの中には、みのりさん宛の誕生日プレゼントが眠っている。
「おめでとう、麻由ちゃん」
「ありがとうございます、みのりさん。……あの」
ふんわりと頬を染めてはにかむ目の前の男の人は、到底三十を超えているようには見えない。わたしを祝う言葉に感謝の意を返し、意を決して、いつの間にか伏せていた視線を上げた。リュックの中に手を伸ばして、首を傾げているみのりさんの目の前に、大人から見ればちゃちなものであろう袋を差し出す。
「みのりさん、お誕生日おめでとうございます……!」
中身は香水と紅茶葉。わたしからすれば少しお高めなものを選んだつもりだけれど、あちらからすればどう見えるのかは分からない。不安になりながらも渡した袋は、ゆっくりとわたしの手から離れていく。
「……ありがとう」
「あの、気に入るかは、分からないんですけど」
「ふふ、麻由ちゃんがくれたってだけで、俺は充分嬉しいよ」
笑みを深めるみのりさんにつられて、安心を表すような溜息を吐く。こうしてひとつ大人になっても、その分みのりさんだって年を取るのだから、この年の差は埋まらないことは理解している。けれど、……けれど。いつの間にか芽生えていた小さな花の花弁が満開になる前に、諦めたかったけれど。だって、この人はずるいから、なんて責任転嫁して。その花を表す言葉は、言えないままだ。きっと、困らせてしまうだろうから。
「あの、じゃあわたし、」
――帰りますね。そう言おうとしたわたしの両手を、強く、ううん、これはきっと弱くなのだろう強さで包み込む。暖かな温度に場違いな春を感じた。
「……ごめんね」
「っ、みのりさん、」
このごめんね、が何を意味するのか。そんなもの、わたしにだって理解している。でも、どこから漏れたのだろう。頑張って隠していたのに、やっぱり子供は大人に勝てない、ということだろうか。ぼんやりとそう考えていれば、みのりさんの声色が変わった。
「困らせることは、分かってたんだけど。……立場が近くなるってなると、駄目だな。抑えられない」
――は。
息が、止まる。
「待ってるから。待つしか出来なくてごめん。でも、俺はずっと待ってるよ。……麻由ちゃん」
みのりさんの瞳が、ひどく熱かった。誕生日も、その花の香りも、全部春を感じさせるような人なのに。その瞳だけが、ごうごうと燃え盛っている。
「卒業、おめでとう」
さっきと同じ言葉なのに、さっきよりもずっと、言葉に熱がこもっていた。みのりさんの手に触れているわたしの手も、ずっと熱くて。
「麻由ちゃん」
「みのりさん、」
好きです、の言葉は、言えないまま。
ラスト・ライトアップ