となりの席はいつも留守
生まれて初めてマグルの郵便を受け取った。差出人の名はジョータロー・クージョー氏。ダイニングで朝食を取っている灯希に手渡してやると、彼女は余程びっくりしたのか目を大きく見開いて、雷に打たれたふくろうみたいな顔をした。
「わあ!承太郎さんからだ!ほらセブ、環ちゃんっておぼえてる?私の生まれ故郷のお友達の。承太郎さんはね、彼女のボーイフレンドよ」
「へえ?」
セブルスは日刊予言者新聞を広げながら適当に相槌を打つ。そういえば夏、彼女の里帰りについていったとき(彼女の国のお盆という風習では、特定の期間に先祖の霊がキュウリに乗って帰ってくるのだという。なかなかクールでエンターテインメント性に溢れるイベントだと思った)―――やたらと体格の良い男性がいた気がする。あやふやな記憶の糸をたぐって彼の人の顔を懸命に思い出そうとしていると、あ、と灯希が大きな声を出した。
「今イギリスにいるんだって、空条さん。うちに寄ってもいいかって聞かれたんだけど」
「随分と急だな。そんな至急の用なのか?」
「たまちゃん、あと何日かで誕生日なのよ。プレゼントがうまく選べないから、手伝ってほしいって」
はて――とセブルスは考える。嫁のお願いを聞いてやれない旦那などあって良いわけがない。そうだろう?セブルスは我が家の惨状に目を走らせる。ごちゃごちゃと積み重ねられた魔法鍋、あちらこちらに散らばった愉快な材料たち(蚊の目玉とか、マンドレイクの葉とか、一般のマグルからしてみたら“おぞましいもの”と認識されかねないものだ)、危険な魔法薬の入った大小の小瓶、そんなものがソファにも床にも本棚にもいたるところに転がっている。これはもう日ごろの自分たちを呪うしかない。
「……ミスター・空条がいらっしゃるならば家を片付けなければならないね」
「じゃあはるとなのちゃんも呼ぶわね」
「は?」
「今から二人を呼んでくるから!セブは部屋の片づけよろしく!ちゃちゃっとやっちゃって、ちゃちゃっと!」
セブルスが止める間もなく灯希は煙突飛行粉を掴んで暖炉の中に消えた。なんて――なんて破天荒な女だ!振り回すだけ振り回して最終的に自分を置いてどこかへ行ってしまう彼女の身勝手さに辟易しながらも、そんな彼女を魅力的に思ってしまう自分に嫌気がさす。結局僕はなんだかんだ彼女が大好きでたまらないし、突拍子もない彼女のわがままもおねがいもぜんぶぜんぶ聞いてあげたくてたまらないのだ。しかしこれじゃあのこの無計画さの後始末係じゃないかなんて自嘲気味に鼻を鳴らしながら、しかたがないなとセブルスは灯希がぶちまけていった煙突飛行粉に杖を向ける。一振りできれいになった床を満足げに見下ろしてから、セブルスは魔法器具で足の踏み場もない我が家に向き直った。あのミセス・赤司も来るというのなら、危険なものはこの部屋から徹底的に排除しなければ。彼女の友人のことだ、魔法力がなくても魔法道具を使える可能性もある。その上魔法を暴発させて、その圧倒的な運の良さと悪運の強さで魔法界を危機に陥れてしまうかもしれない。非現実的な想定なのは承知の上だ。しかしあの女性たちはどうも常識やらこの世界の規則やらを捻じ曲げてしまうミラクルハッピーな力を持っているらしいということだけは確かなのだ――――と様々な騒動に巻き込まれた経験を持つセブルスは無表情のまま身震いする。
「さあ、お掃除の時間だ」
……灯希が帰ってくるまでに仕事を終えなければ。セブルスは面倒な予感を胸のうちに仕舞い込んで、お世辞にも美しいとは言えぬ濁った色をしたどろどろの液体がこびりついた大鍋に狙いを向けた。