十文字くんに恋に落ちる


恋のきっかけとは、こんなにベターでいいものなのだろうかと私は思った。
成績は並より少し良いくらいで運動は少し苦手。得意科目は数学と家庭科。特に秀でたところもなく、クラスのリーダー的存在を主人公とするならば私は画面の端に見切れる女子生徒。しかし割と明るく真っ直ぐと自負するこの性格のおかげで、友達に苦労したことは無かった。昨日見たテレビの話、駅前に新しくできたカフェの話、ファッションの話。友達とたくさん話すけれど、唯一ついていけない話題が私にはひとつだけある。
「ね、隣のクラスのさ、山田くんかっこよくない?」
そう、恋の話である。告白しようかな。彼氏ができたんだよね。キスってどのタイミングかな。こんな話になってしまえば、私はもうひたすら相槌を打って笑っていることしかできなくなるのだ。今日び女子高生というものは恋の話題に事欠かない。ねえ、いち子は気になってる人とかいないの?ひとしきり彼女たちの話が終わると、いつも決まって私にその悪魔の言葉が降り掛かってくる。
『私には、まだいないかなあ』
曖昧に笑って、ほら、私って理想高いから。そう付け足せば、またいろんな話に花が咲く。初恋もまだなんて言ったらそれこそ格好の餌食になってしまうから、だから、私はいつも決まって理想の彼氏を探しているふりをした。恋をするって、どんな感じなんだろう。

と、昨日までずっと思っていた。今日はいつも帰っている友達が皆用事があって、私1人で帰路に就いていた。1人で帰るのは久しぶりだなあと、フラフラしながら歩いていた私が悪い。どん、と肩に衝撃が走ってからバランスを崩して地面に思い切りお尻を打ち付けてしまった。え、痛い。私がその声を上げるより前に、大袈裟に痛がる太い声が頭上より降ってきたので反射的に顔を上げる。
「いやいってえわマジでこれ!」
「うわっこれ完全に骨いってんべや」
こんな古典的な不良が今の世の中にまだ残っているとは。体格差から言えば私の方が痛いと思うけれど、そんなこときっと通じない。
「お嬢ちゃんお金いくら出せる?」
「あ、このくらいなら」
「ざけてんじゃねえぞ!こっちは折れてんだよ骨が!」
ブレザーのポケットに入っていた500円玉を差し出すと、お兄さんたちは声を荒らげた。ひえ、怖い。街ゆく人たちは私を一瞥しては知らないふりをして通り過ぎていく。まあ、誰だってそうするし私もそうするよ。どうしようかなあ。呑気にそんなことを考えていたら、視界に私と同じブレザーの緑がちらついた。
「なにだせえことしてんだよ」
「あ?誰だオメー」
「今時そんなことやってる奴いねえぞ」
「関係ねーやつはすっこんでろや」
あ、この人、隣のクラスの十文字くんだ。かつては教師も手に負えなかった不良だったけれど、最近どうしてか丸くなったと噂の、十文字くん。
「お兄ちゃんちょっと裏でお話しよっか?」
「あ、」
あれよあれよという間に、彼はガラの悪いお兄さんたちに裏路地へと連れ込まれてしまった。どうしよう。どう見たって年上だったのに、しかも、相手は2人なのに。どうしよう。一部始終を見ていたおばさんが大丈夫?と声をかけてくれてはっとする。大丈夫です。声は震えていたが、もしかしたら警察を呼ばなければなるかもしれないしとなんとか立ち上がる。け、けーたい、出さないと。なにせこんなことに巻き込まれた経験がないため、手は面白いほど震えていた。すると間もなく十文字くんがけろりとした顔で裏路地から出てきたので思わずえ、と声を漏らしてしまう。
「あ、お前」
「だ、大丈夫でしたんですか!?」
「まあな。もうボサっとしてんなよ」
緊張のあまり語尾がおかしくなってしまったが、十文字くんは気にせずスタスタと歩いていってしまった。赤くなっていく頬と胸がきゅう、と締め付けられるような感覚。ああ、聞いたことがある。これこそがまさに。

「昨日は助けてもらってありがとうございました!あなたが好きです!付き合ってください!」
気付いたらもう、自分では止められないなあとどこか客観的に苦笑する私がどこかにいた。

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