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その執事、如何様
時代は弱肉強食。
エードという国も、その言葉そのものの情勢でした。
職に就けず、貧しいものは地を這う。
だが、情勢とは不思議なもので、
貧しいものが存在すれば、裕福なものが存在します。
職に就かずとも、裕福なものは地を見下すのです。
そんな時代。
―――コンコン…
「失礼いたします。」
ここにも、また1つ裕福な者がいました。
その者が住むのは、とても大きなお城。
森にひっそりと建ち、数少ない従業員とともに毎日を過ごすのです。
「ほう。今日はお早いですね、紅涙様。」
「"今日も"です、トシ。」
「これはこれは。失礼いたしました。」
屋敷の主は早雨 紅涙という女。
それに仕えるは執事「トシ」という男。
「紅涙様、おはようございます。」
「おはよう、ございます。」
執事は主の右手を持ち、片膝をつきます。
「トシ、それはいいです。」
「いえ、日課ですので。」
"これをしないと私の1日が始まりません"
手の甲にキスをするのです。
その光景は、あまりにも従順な執事。
「さぁ、お食事の支度が出来ております。」
"参りましょう"
執事は主の手を持ったまま、ベッドの上から立ち上がらせます。
足元にはもちろんフカフカのスリッパが用意され、主は何一つ手にすることなく歩いていくのです。
主が寒いと感じれば、執事は言葉一つなく用意し、
主が眠いと思うだけで、寝室まで誘導するのです。
それはまるで感情が読めるかのよう。
しかしそれを不思議に思ったことはありません。
なぜならそれは、
主の瞳に施されている印が関係しているから。
主と執事。
この関係が印によって結ばれている以上、
何も不思議なことなどありません。
「おォ、紅涙さま。おはようさん。」
「おはよう、銀。今日のメニューは何?」
数少ない従業員。
一人目は「銀」と呼ばれる料理長。
「今日はイチゴミルフィーユのクランベリーソース添え。」
「…主食は?」
「それが主食に決まってんだろ?それからバニラアイスのホット…」
「あ、ありがとう、銀。」
ギコちない笑顔で料理長に笑いかければ、飛んで喜びます。
料理の腕は程々に良く、
作るものはどれもアートのような盛り付け。
「紅涙さまの笑顔が見れるためなら何でも作るぜ!」
「う、うん。」
問題なのは、
彼の作るものが全て甘過ぎるということでした。
「何でさァ、今日もデザートですかィ?」
眠そうに園芸用のハサミを持ちダラダラと歩いてくるのは、庭師の総悟。
庭の芝を全て均等の長さに揃えるほど刃物を起用に操る男です。
「おい、ガキ。毎日文句つけんなら食わないでくれる?」
「別に文句はつけてませんぜ、俺ァ紅涙さまの代弁をしたまででさァ。」
「なァ?紅涙」と総悟は紅涙に微笑みます。
紅涙は苦笑いをしながら、「そうですね」と続けました。
「銀の料理は美味しいんですが、最近少し太り気味で…。」
「何言ってんの、紅涙さま。女の子はポッチャリ系がいいんだよ。」
銀はニコニコしながら「可愛い可愛い」と紅涙に手を伸ばします。
が。
「イダダダダダダダダ!!!」
決まって銀は血相変え、叫ぶことになるのです。
捻り上げられた右腕はギシギシと音を立てます。
「困るな、勝手に紅涙様に触れてもらうと。」
「テンメェェェ!!!何しやがる!!」
銀は腕を振り掃って、捻り上げた執事を睨みます。
執事は鼻でフンと笑い、
「気安く触んじゃねェよ。」
ただでさえ普段から鋭い眼光で睨みました。
「ンだとコノヤロー!」
「やンのか、コラァァァ!!」
どうもこの二人、ソリが合わないようで。
二言三言交わせば、いつもこの様です。
外見からしてもそれは一目瞭然。
銀は髪も白に近く、服も調理服のまま。
ダラしなく着こなし歩き回っているが、印象は限りなく「白」。
対してトシは、髪も黒く、
執事という職業から、真っ黒な燕尾服(えんびふく)。
手には唯一、白い手袋を常時つけていますが、印象は限りなく「黒」。
「紅涙さま、煩くねェんですかィ?」
紅涙は二人に気にせず甘い食事に手を伸ばしていると、不思議そうに総悟が声を掛けました。
「そうですね、でも賑やかなのはイイことですし」
「良くないわ、紅涙さま。」
そこに口を挟んだのは、袖を捲くったまま腰に手を当てて仁王立ちをする女性。
「食事の場で暴れるなんて…、」
その女は呟きながら右手を振り上げて、
「煩ェんだよ、この役立たずどもがァァァァァ!!!!」
銀の頬からバキッと音がしました。
トシは何事もなかったように紅涙の傍で立ちます。
「埃が立つでしょう?」
「お、お前…、ほんと、止めませんか?暴力…。」
銀は殴られた頬を押さえながら、女を見上げました。
ニコリと女は続けます。
「テメェらの脳が皺作ったら止めてやるよ。」
ハッと笑い捨て、手を叩きました。
「さぁ、紅涙さま。これで静かにお食事できますわよ。」
「あ、ありがとう、お妙さん。」
彼女は妙。
家女中の一人です。
「相変わらず怪力。」
「何かしら、執事さん。」
「いーえ。何もございません。」
紅涙はそれを見て小さく笑います。
あぁ、幸せだ。
お父様が亡くなられた時はどうなるかと思ったが、何とか様になってきた。
そう思って甘い食事をまた一口食べた時、
「ギャァァァァァァ!!!!!」
遠くで叫び声が聞こえました。
「あの声は…?」
執事が耳を済ませて言います。
「ありゃァ新八だな。」
銀が他人事のように言います。
「新ちゃん!」
妙は走り去って行きました。
「お妙さん?!」
慌てたのは紅涙で。
その前にサッと立ち塞がったのはトシです。
そしてさらにその前には銀が立っています。
「あれは俺が見に行く。執事、テメェは紅涙さまを守れよ。」
「テメェに言われなくても、俺の守るものは紅涙様だけだ。」
「上等。」
ザッと銀は飛び出していきます。
紅涙は「銀!」と呼び止めますが、その姿はもうありません。
「紅涙様、気に病むことはありません。あれはあー見えて腕は相当。」
"用心棒として雇う予定だったものですから"
トシが宥めます。
ですが紅涙は自分だけがここで守られていることが堪らなく我慢なりません。
同時に上からはガタゴトと大きな音が鳴り、時折「ギャー!」という声も聞こえます。
「トシ、私も行きます!」
「駄目です。何があるか分からない場所に行くなど」
「でも皆がっ」
そう紅涙が口にした時、
―――バリンッ!
「きゃっ!」
ガラスが大きく割れました。
瞬間、トシは紅涙を抱き込みます。
「土方家の主、紅涙とお見受けする。」
ガラスを割り、進入してきた男が口にしました。
トシは紅涙を抱き、横目で男を睨み、冷静に声を掛けます。
「どこのどなたでしょうか。」
"我が土方家に土足で来客される方など存じ上げておりません"
紅涙は小さく震える身体をトシに密着させて紛らわしました。
「お前が噂の執事か。」
「ご存知で?」
「あぁ、知っている。この脆い城を守る騎士がいると。」
男は太く大きな剣をトシの鼻先に突きつけました。
「お前を倒せば、この土方家も我が手の中。その時はその女も迎え入れてやろう。」
"いい玩具になろうぞ"
にやりと男が気味悪く笑い、紅涙と目が合わせます。
紅涙はトシの胸に顔を埋めました。
「トシ…、助けてトシ…。」
「紅涙様、ご命令を。」
「…、」
紅涙はそろりと顔を上げて、
凛々しく微笑むトシを見上げました。
「私を守って…、トシ。」
トシはニコリと微笑み、
「御意、ご主人様。」
その言葉と僅かな風を残して、
トシは紅涙の傍から消えました。
そして同時に、紅涙の視界は真っ暗になりました。
耳には鈍い音が響いて、
音に鳴らない声が聞こえます。
静かになったと思うと、
シュルリと言う音とともに真っ暗な視界が開けました。
そしてそこには、
「ただ今戻りました、紅涙様。」
美しく妖艶に笑う執事が一人。
息一つ荒れず、血一滴たりとも掛からず、
目の前の執事は自分のネクタイを結びました。
「ネクタイ…、」
「はい?」
「ネクタイで…私の目を覆っていたのですか…?」
「はい、失礼いたしました。」
執事の白い手袋をした手が、紅涙の頬に触れます。
「紅涙様にはとてもお見せ出来るようなものではありませんでしたので。」
"見ぬ方が良いと思い、あのようなことを"
紅涙は俯きました。
そして小さな声で「ありがとう」と言いました。
どうしてそれが、
俯き、小さな声で言わなければいけなかったのか。
どうしてそう言う紅涙を、
執事は貪欲な視線で見つめていたのか。
それはもう少し先のお話。
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「あれ?何してんの、新八。」
「あ、銀さん。いやね僕、ベッドメイキングしてるとベッドの隙間に眼鏡落しちゃって。」
ベッドに座って新八が「ほんと僕って、おっちょこちょいですよね」と笑う。
「それでね、どうにか足で手前に持ってきたのはいいんですが、そのまま踏みつけちゃって!」
「…で、あの"ギャー"になったわけ?」
「そうですよ!あの時は本当にどうしようかと思いましたよー!ほら僕、眼鏡がなかったら何も見えないじゃないですか。もう明日すら見えない感じじゃないですか。」
へー。
「でもね、僕の眼鏡、つい先日にダメージ吸収型へ変えたの忘れてました!」
"いや〜良かった!ナイス僕!!"
ふーん。
「あら、新ちゃん。大丈夫だったの?眼鏡。」
「あ、姉上。はい!やっぱりダメージ吸収型に変えて正解でしたよ!」
「あらそう〜。やっぱり値が張るだけあるのね〜。」
「え、ちょっとちょっと。何?これ、眼鏡オチって知ってたの?」
新八と妙は二人で表情ひとつ変えずに銀を見て、
「いつものことですもの。ね、新ちゃん。」
「はい、姉上。」
笑い合う姉弟に膝を落した。
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