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その執事、如何様1


私の執事は、

「紅涙様、身体を冷やされてはなりません。」
「…ありがとう、ござます。」

とてもよく気がつき、

「いかがいたしましょうか、紅涙様。」
「それでお願いします。」
「かしこまりました。」

とても従順です。

だけど。


「紅涙様、…いや、」


彼は執事であって、


「今は紅涙でいいか。」


執事でない。

「ト、トシ、駄目です。」
「駄目じゃねェよ。」

1週間に1度。
虫も寝静まる夜。

「も、ちょっと、何言って」
「黙れ。」

誰も知らない、私たちの関係。

「でも今日は夜兎族の神楽お嬢様がお泊りなんですから」
「関係ねェよ。」
「とっ隣のお部屋なのですよ?!」
「それが何だよ。あんなガキ、飯食ってるか寝てるかだろ。」
「でもでもっ」

誰も知らない、

「おい、紅涙。いい加減にしろよ?」

本当の関係。


「誰が主人か分かってんのか?」


そう、

「っ…、も…申し訳ございません。…十四郎さま…。」
「そうだ、それでいい。」

彼は主。

「手袋、邪魔。」

そう言って彼が手を差し出せば、
私は「はい」と返事をしてその手から手袋を外す。

それを見ながら十四郎さまは口の端を吊り上げて笑う。

「紅涙が従順だと、イィ光景だな。」

楽しそうに私の広いベッドに寝転がる。

「出来ることなら、ずっとそうさせてェんだけどなァ。」
「…しかし…、お父様が…」
「もう親父は関係ねェ。なァ、いっそ元に戻すか。」

「どうだ?紅涙」とベッドの端に腰掛ける私を引っ張る。
その手は私の服だけを引っ張って、中途半端に肩だけが露出した。

「戻りたいか?ずっと俺だけに仕える日々に。」
「…十四郎さまが望むのでしたら…。」


それはまだ上流階級という言葉が花々しかった頃。

土方家に仕える者の一人として私が存在した。
十四郎さまのお父様はとても大きな権力を持った方だった。

「そこの者、車の手配を頼む。」
「はい、かしこまりました。」

名も呼ばれず、
名も覚えてもらえない、
そんな大勢のうちの一人。

別にそれが苦痛なわけではなかった。
むしろ、お父様はお優しく、
無茶なご要望はなさらない方だったから。

ここで働くことが幸せだと思っていた。

だけど。
権力を持てば、必然的に裏組織がチラつく。
上手くやるために、関わりは必要となった。

土足で屋敷に上がりこむ者も増えた。
屋敷の中で騒がしくなる時もあった。

それでもお父様だけは何も変わらなくて。
それが私たちが安心して働ける証拠。

それもあって、
こんなご時勢に土方家はとても安定していた。

そんな環境で育つ十四郎さまは、
当時は外にばかり出て帰って来ない様。

私は十四郎さまとほとんど面識がなかった。
噂で"夜間に帰ってきては血みどろだ"と聞いた。

「私この前、十四郎さまにお会いしましたの!」
「まァどんなご様子でしたの?」
「女物の香水の匂いがプンプンしてましたわ。」
「まぁぁ!!」

夜遅く。
朝の仕込をしている時に耳にした話。
自分の用事が終わった女中たちがコソコソと話していた。

「"包帯をくれ"とだけ仰られたから傷の手当を申し出たんだけどお断りされましたの。」
"やっぱり怪我されて帰ってきたんでしょうね"

「何でもあまり人と関わり合わない方なんでしょう?」
「お手伝いした女中がこの屋敷には居ないそうじゃない。」
「お父様とは随分な違いね。」

噂を横耳に時計を見れば、針は深夜2時。

私は自分の仕事を終えて、
「お疲れ様です」と彼女たちの隣を通り過ぎた。

「紅涙ちゃんも十四郎さまに会ったら気をつけなさいよ。」
「そうよ、紅涙ちゃんはまだ若いんだから。」
「でも私たち世話係には関係のない話ね。」
「そうよね〜!」

ゲラゲラと笑う女中に頭を下げて扉を閉めた。


夜でも暗くはない屋敷の中。

私の足音しか聞こえない、
長く赤い絨毯の敷かれた廊下を歩いていた時、


「おい、女。」


彼に出会った。

この方が…、
十四郎さま…。

「手、貸せ。」
「お怪我…されているのですか?」

廊下に座り込んだまま、
立ち上がれない彼に声を掛けた。

十四郎さまは「関係ない」と言って、

「手、貸せ。」

さっきよりも鋭い目でそう言った。

私は「かしこまりました」と彼に肩を貸した。
本当に、女性ものの香水の匂いがした。

十四郎さまの言う通りに廊下を歩けば、一つの部屋の前に付いた。

「開けろ。」

その扉の先は、誰も入ったことのない部屋。
掃除すらも私たちにさせない彼の部屋。

私は「かしこまりました」と同じ口調で返事をしながらも、鼓動は高鳴っていた。

ガチャリと開けた部屋は、


「キレイ…。」



塵ひとつないのではないかと思うほど綺麗で。
思わず口に呟いてしまい「しっ失礼しました」と謝った後、十四郎さまをベッドに座らせた。

「俺ってどういうイメージなわけ?」
"アンタらの間で"

皮肉のように十四郎さまは吐いて、ベッドにゴロリと横になる。

「いえ…、そういうわけでは…。」
「まァ興味ねェけど。」

すぐに目を閉じる。

お父様に似て、綺麗な顔立ちだ。
これじゃあ確かに、ここでジッとしている感じじゃないな。

「何?」
「えっ?!ぁっも、申し訳ございません!」

ボーっと考えていれば十四郎さまが目を開けた。
私が慌てて謝れば、十四郎さまは「あー」と言って、

「もしかして惚れたわけ?」
"俺に"

まるで極当然のように彼はそう言って、

「構わねーよ、抱いてやっても。」
"風呂入ってから"

そう続けた。

私はその言葉に唖然として。
十四郎さまは私の手を引こうとした。

「っ、やめてください!」

その手を払う。

「そんなことをする元気があるんでしたら、怪我を治してください!」
"私はその辺の女じゃありません!"

馬鹿にされたように感じた私は、
後先も考えずに気付けばそう口にしていた。

十四郎さんは目を丸くしたけど、
すぐにニヤッと口の端を吊り上げて笑った。


「お前、面白ェ女だな。」


それが、
十四郎さまと私の間ある関係の引き金だった。


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