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その執事、離別2
「どうしたんです、姉上?!」
"こんなところまでいらっしゃって"
総悟は興奮気味に沖田に言った。
沖田はニコリと笑って「近くまで来てたから」と言う。
「ハッハッハ、総悟も相変わらずだな!」
「当たり前でさァ!俺の何よりの理解者は姉上だけですからねィ。」
「そうだ、総悟。お前からもトシに言ってやってくれないか?」
「何をですかィ?」
近藤さんは俺の方をチラリと盗み見て、「実はな」とワザとらしいほどに深刻な顔をした。
「ミツバ殿がここで総悟と一緒に働きたいと願い出たんだ。」
「…ほ、ほんとですかィ?!姉上!」
「えぇ…。ほんとよ、総ちゃん。私も少し外で勉強してきなさいって言われてね。」
確実に総悟の顔が明るくなる。
近藤さんは輪を掛けて「それがな、」と低く言った。
「トシが駄目だと言って聞かんのだ。」
「土方このヤローがですかィ?」
「おい、総悟。てめぇ、その言い方は」
「何でですかィ?」
「あァ?」
ほら、始まった。
面倒くさいコイツの言葉責め。
「何で駄目なんですかィ?」
「…必要ねェからだ。」
「人は足りてませんぜ。どっかの主がバッサバッサ切っちまうから。」
「…。」
あー言や、こー言う。
まさしくコイツはその固まりだ。
「コイツは体が弱ェだろ。使用人としての仕事なんて出来やしねェよ。」
「そうやって決めつけるのは土方さんの悪いとこですねィ。」
「テメッ…、何様のつもりで」
「俺たちみたいな使用人じゃなくても問題ねェんじゃねーですかィ?」
「…どういう意味だ。」
総悟はニヤリと笑んだ。
その顔はまさに、"掴んだ"という顔そのもの。
こいつの手中にハマったか。
「土方さんの手伝いをさせりゃァいいじゃねーですかィ?」
「俺の手伝い?」
「そーでさァ。例えば、朝の支度の準備とか。まァ…つまりは執事のようなもんですねィ。」
「執事…だと…?」
「一端の領主たるもの、執事の一人や二人いないでどーするんですかィ?」
確かに通常であれば存在するもの。
それに存在すれば仕事もスムーズだ。
だが。
俺がこの場所に戻って、執事を新たに付けなかったのには理由がある。
「…駄目だ。」
「どうして駄目なんですかィ?」
「…煩ェよ。ダメなもんは駄目だ。」
「土方さん、当ててやりやしょうか。」
つくづく、厭味な奴だ。
黙って見ている近藤さんや沖田も、同じぐらい嫌なヤツだが。
「土方さんが、執事を存在させない理由。」
「…、総悟。あんまり出過ぎたマネすんなよ。」
「俺ァただ有りの侭を言ってるだけですぜィ。」
「…それが出過ぎたマネっつーんだよ。」
「総ちゃん…、」
沖田の心配そうな声に、総悟はニコリと微笑んだ。
そのままの顔で俺を見て、
「紅涙さまの居場所、失くしたくねーからなんでしょう?」
総悟は顔を崩さずに俺に微笑んだまま。
「紅涙さまがここに居たこと、過去にしたくないんでしょう?」
「…総悟。」
「土方さんは新しいものが入ってきて、それに馴染み、染まってしまうことが怖い。」
「…黙れ、総悟。」
「紅涙さまがここに未だ帰ってくると思っているから。」
「黙れっつってんだよ、総悟。」
「紅涙さまは、もうここを、アンタを捨てて行ったのに。」
「ッ!!!」
「おい、トシ!!」
俺は総悟の胸倉を掴み上げた。
壁に押さえつけられたその体が、徐々に地面から足を離していく。
「トシ、手を放せ!」
「そーいうとこですぜィ、土方さん。そーいうガキっぽいとこが駄目なんでさァ。」
「総悟もいい加減にしろ!ほら、トシ!手ェ放せって!!」
服が軋むほど掴み上げているのに、総悟は馬鹿にしたように俺に笑む。
その顔を見ているのすら、胸クソ悪ィ。
俺は投げるように総悟を突き放した。
「総ちゃん!」
「姉上、俺はこんなヤツのとこで働くの勧めやせん。だけど、どこか知らないところに行かれるぐらいなら、ここに居てほしい。」
「総ちゃん…、」
「それだけの理由で、俺は姉上がここで働きたいというのを止めない。」
「…。」
「何かあったら、すぐに俺が連れ出しやすから。」
"もちろん、俺が守りますけどねィ"
総悟は胸元を整えながら俺に言う。
早々に立ちあがって、「部屋を案内しまさァ」と言って沖田の手を引っ張って行った。
「おい、総悟!まだ話は」
「トシ、もういいだろ。」
近藤さんが俺の肩を掴んで、顔を横に振った。
「紅涙ちゃんのことは確かに残念だ。しかし今は現状を見る方が大切なんじゃないのか?」
「ッ…、」
「彼女について何も情報がないのは、紅涙ちゃんの身に何も起きていない証拠さ。何かが起きていれば報道にでも何にでもなる。」
"少なからず、彼女はこの土方家の主だったんだからね"
連絡がないから安全。
志村の弟も同じことを言っていた。
そんな適当な言葉、とても信じられない。
だがどうしようもないのも現実。
「とりあえず、暫くはミツバ殿の様子を見てくれ。」
「…どうしてそこまで近藤さんが面倒見てんだよ。」
「俺もトシを心配する気持ちはミツバ殿と変わらないからさ。」
「なんだそれ。関係ねェだろ。」
「まぁ、沖田家から近藤家がより信頼を買うチャンスになるというのもあるがな。」
「…アンタも大変だな。」、
「トシほどじゃないさ。それに、トシがミツバ殿で何か変わればと思っているのも事実だがな。」
近藤さんは俺にニッと笑って、「それじゃ帰るわ」と片手を上げた。
「俺から沖田家には連絡しておくよ。総悟と喧嘩は控えろよ?」
「煩ェよ。」
俺はガハハと笑う近藤さんの背中を見送って、屋敷の玄関を閉めた。
それからすぐだった。
土方家に一通の招待状が届いたのは。
「十四郎さん、何か封筒が来てますよ。」
「貸してくれ。」
早くも屋敷に慣れた沖田が、俺に封筒を手渡す。
俺はその白い封筒を手に取り、大きく書かれた俺の名前を確認した。
「…誰からだ?」
封筒を裏返し、送り主を確認して。
「…高杉…だと?」
コイツの名前だけでも十分に嫌な予感がした。
だがその中身は、
俺の想像を遥かに超え、
「…、…どういう…、ことだ…?」
淡々と並べられている字を、理解できずにいた。
ただそこにある紅涙の名前に触れて、
ここに居たのか、とか、
無事でよかった、とか。
そんなことを思うのに。
「どう…なってんだよ…、」
お前がここに居たのは何だったんだ、とか、
ここに居た時間はそれっぽっちのもんだったのか、とか。
俺とお前の関係も、
そんなものだったのか、と。
安心も、悲しみも、憤りも、愕然とする感覚も。
紅涙に対する感情が、
俺の手にあった封筒とともに、床へパサリと軽い音を立てて落ちた。
その封筒の中から出てきた招待状は、
高杉家で行われる、
「…、紅涙…、」
主 高杉晋助と、紅涙の。
結婚式の案内だった。
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