25
その執事、離別4
「アンタ達、何を考えてんスか?」
また子さんは扉に片方の肩を付き、腕を組むその姿はとても執事と思えないけど。
「どういう…意味ですか?」
「同じようなタイミングでこんなことして、ハメようったってそうはいかないッスよ!」
「え…?あの…、」
話を理解できない私に、また子さんは苛立った様子で声を荒げた。
「知らないとは言わせないッスよ!沖田家と一緒に、高杉家を吸収する考えはバレバレっス!!」
「ま…また子さん…?」
彼女はそのままの勢いで新聞を指差した。
「新聞に沖田家とのこと、しっかり書かれてるのが何よりの証拠ッスよ!」
「"沖田家"…?"証拠"…?」
また子さんに指された新聞を手に取った。
その様子を見て、また子さんは愕然とした様子で「アンタ…、」と言った。
「アンタ…ほんとに何も知らないッスか…?」
「…はい。ここにある沖田家…、私は外交したことのない方です。」
見出しにある字を指さして言えば、また子さんはため息をついて「そうだったんスか…」と言った。
「てっきりコレに関係あるとばかり思ってたっス…。」
また子さんは私に申し訳なさそうな顔をした。
だけどそれは、言葉に対する謝りだけじゃないように見えて。
どこか、私を哀れむようにも見える態度に見えて。
私は黙って机の上に乗る新聞に手を伸ばした。
パサリという音とともに引き寄せて、その記事の詳細に目を向けた。
私の視界の端で、また子さんが立ちなおす。
「てっきり…、アンタらはデキてるのかと思ってたッス。」
そんな声を、頭の端で聞きながら。
私は心の中に、答えようのない気持ちを描いていた。
私たちの関係は、確かにとても親密なものだった。
私は彼を必要としていて、
彼も私を必要としていた。
でもそれは、
ただの主従関係で。
それは至極当然のことで。
私たちの関係が、恋人同士の関係なのかと問われれば、
私は答えることが出来ない。
結局、彼への気持ちに、
私自身に。
何も自信がないから。
…だけど、
だけど。
「これ…、何ですか…?」
声が、掠れた。
この内容を、呑みこめない私がいる。
「この人…、土方家に…住まれてるんですか…?」
"沖田家 長女"とされ、名前と写真が載せられている。
また子さんが「執事らしいッスよ」と乾いた声で言った。
"執事"
あぁ、そっか。
今はもう、トシじゃなくて。
十四郎様なんだから…。
当然、執事も必要…だよね。
どこかフワッと私の頭を通り過ぎる内容に、また子さんが「何でも、」と付け足した。
「沖田家が縁談を迫ってるらしいッスよ。」
"昔から沖田家の方が好意もってたとか"
その言葉に、「そうなんですか…」と声が出た。
私が頭で考えて出した言葉じゃない。
勝手に、口からそれが零れ出した。
"好意"って何?
どうして?
私がずっと土方家当主をしていたのに、どうして出逢う機会があったの?
「高杉様が言ってたッス。"アイツらがこうなるのは時間の問題だった"って。」
「え…?晋助様は…二人のことをご存知だったんですか…?」
「その女も、連れの一人だったらしいッスよ。」
晋助様は…、それも全て分かっていて私を入れてくれたの?
十四郎様は…、それを全て隠して私と一緒に居たの?
ドクドクと鼓動は鳴る。
服の上からでも分かるほど、心臓は揺れていた。
新聞は、小さな手の揺れとともに机へ戻した。
顔を上げれば、また子さんは私に真っ直ぐ目を向けていた。
「…良いんスか?」
「…?」
「あの男のこと。アンタ、好きじゃなかったんスか?」
「っ…、な、何を言って」
また子さんの言葉に動揺した。
私が苦笑いしながら視線を逸らせば、「分かるッスよ」と言われた。
「アンタの気持ち。あたしは分かるッス。」
「また子…さん?」
また子さんは小さく溜め息をついて、「あたしは、」と言った。
「あたしは、晋助様が好きッス。」
「えっ…?!」
「今は別にアンタを責めたり僻んだりしてるわけじゃないッスけど。」
"ここに土方家として挨拶へ来た時は、どうやって追い出してやろうかって考えてたッスけどね"
また子さんは自嘲するように笑って、腕を組んだ。
「でも今は違うッス。」
「…そ、それは…、どうして?」
「気付いたからッスよ。」
頭が、破裂してしまいそうだった。
色んなことが、一度に私へ流れ込んで。
「アンタが、あたしと同じなんだって。気付いたからッスよ。」
また子さんがそう口にした時、訳の分からない涙が出た。
また、片方の目からだけ。
契約を、交わしたこの眼だけ。
それはすぐに乾いて、まるでなかったことのように視界は醒めた。
「アンタもあたしも、"主従"に縛り付けられてる。」
「っ…、」
「その関係があるがために、自分の想いを口にすることは許されず、越えられないものがある。」
また子さんは目を閉じていた。
そこに映すのは、きっと晋助様なんだろう。
- 26 -
*前次#