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その執事、真率END


高杉家の屋敷から出るまで、人一人会う人はいなかった。
既に屋敷の中に入っているということか。

「…。」

皆の服の中に、
私の白いドレスだけが大きく揺れる。

「紅涙様、歩きにくいですか?」
「…大丈夫です。」
"ありがとう、トシ"

窺い見るトシに、私は微笑んで言った。
トシは私のドレスを見て、小さく溜め息をついた。

「コイツらが居なけりゃァ今すぐにでもそんなドレス、破ってやるのに。」

トシはそう言うと、
私たちよりも少し先を歩く賑やかな集団に遠く目を向けた。

私はその言葉に「させませんよ、居なくても」と笑った。
「してやりますよ、絶対」とトシが私に顔を近づける。

歩きながら、耳元でコソリと私に囁く。

「それ、脱がせるの大変そうですね。」
"脱がせ終わるまで我慢できそうにねェんだけど"

言葉が終わると同時に、フゥと耳に風を吹かれる。
私は慌てて耳を塞ぎ、「トシ!」と一喝した。

それと同時に、トシの体が横にグラりと歪んだ。
見れば、いつの間にか銀がトシに飛び蹴りをしていた。

「ぎ、銀…、」
「道端でイチャコラしてんじゃねェ変態執事。帰るまでが遠足だって習わなかったのかァ?テメェは。」

銀は膝まづくトシを仁王立ちで見下した。
トシはキッと強く銀を睨んで立ち上がった。
膝を掃い、シレッとした顔で銀に言う。

「煩ェ、童貞野郎。俺と紅涙の話だろォが。口挟むな。」
「どっ童貞ィィ?!俺みたいな男前が童貞なわけねェだろーが!!世の中の女子が放っておかねェよ!」
「何年前の話だァ?少なくとも俺のところで働き出してから、テメェは女の"お"の字もなかっただろーがよ。」

トシの言葉に、銀は「うっ」とあからさまに声を出し、気まずい顔をした。

「そんな男は童貞みてェなもんだろーが。」
「ちっ違うからね、ほんと。俺、もぉバンバンだから。紅涙さま、ほんと違うから。何だったら今日確かめて」

私の方へ伸びた銀の必死な手を、トシが「触ンな」と言って捻りあげた。

「痛ァァァ!!ちょ、俺、嘘ついてねェし!毎日、紅涙さまでバンバンだし!!」
「…テメェ…、」
「イデデデデ!!!千切れる!腕がジェニファー人形のように取れる!!!」

もがく銀とは逆に、トシは赤黒くなるほど銀の手を捻り上げた。

「ト、トシ、もうそれぐらいに…。」

私が捻り上げるトシの手に添えれば、フンと投げ捨てるように手を放した。

「紅涙さま…、もうちっと早く助けてくれても…、」
「銀、誰かが居ないことはそれほど面目ないことですか?」

ヒィヒィ言いながら自分の腕を擦る銀が、私の言葉に目を丸くした。

「銀にイイ人がずっと居なくても、私は銀が好きですよ。」

にこりと微笑んで銀に言えば、銀は「グッ」とまた先ほどとは違った呻きを発した。

「銀が居れば、そんなことどうでもいいことです。」
「ググっ…、紅涙さま…、」
「あ。でも銀はそれじゃダメなのか…、」
「だ…ダメだ…紅涙さま…、それ以上俺を…、俺をっ」

銀はカッと目を見開き、


「それ以上俺を興奮させないでくれェェェェ!!!」


叫びながら両手を開き、私に抱きつこうとした。
でもそれはもやっぱり、

「汚らわしい!」

トシの手で防がれる。
銀は顔面を真横から平手討ちを受けた形になり、顔を歪めて地面へ倒れこんだ。

「ったく。コイツの頭の中は真ピンクだな。」

トシは手を掃いながら言う。
内心、同じようなことがトシにも該当すると思ったが、それは口に出さなかった。

「ちょっと、何してるんですかぁ?!」
"僕たち先に帰っちゃいますよぉ〜?!"

少し先で、新八君が声を上げる。
その周囲には、皆が同じように振り返る姿。

「…、どうして皆…、」
「紅涙様?」

夕日が照らしてるわけでも、
太陽が眩しいほど照りつけているわけでもないのに。

「どうして…、皆は来てくれたんでしょうか…。」

彼らの姿は、輝いて見えた。
温かくすらも、感じられる。

「あの時は…、武器なんて…持ってなかったし…、そんな素振り…欠片もなかったのに。」
"一体…どういうことなんでしょうか"

私の声は、半円を描いて彼らに飛んでいく。
トシは私の横に立った。
その顔を見上げた時、

「言っただろ?紅涙さま。」

後ろで銀の声がした。
振り向けば、


「"俺たち、紅涙さまが一番なんだ"って。言ったじゃねェか。」

『…俺たち、紅涙さまが一番なんだぜ?』


部屋に入ってきた銀が、去り際に言ったあの時の言葉。
銀は「それに、」と言葉を続けた。

「たった今、アンタも言ったじゃねェか。」

ガシガシと頭を掻いて。


「俺も、アンタが居ればいい。」


優越に微笑むかのような笑みをして。


「始めから、俺たちはアンタが一番なんだよ。」


銀は、「俺たちがココに居る理由なんてそれだけだ」と言った。

私は何も言葉に出来なかった。
トシは私の横で舌打ちをして「イイとこ取りしやがって」と呟いた。

「そのこと、今度は忘れんなよ。」


想われることが、
こんなにも苦しいなんて知らなかった。

苦しみが、
こんなにも愛しいものなんて知らなかった。

「私…、」

ずっと、
ずっと前から私の傍に皆が居たって、知らなかった。

「私…、また皆の傍に居て…いいですか…?」

隣に立つトシが、小さく笑った。

「愚問ですよ、紅涙様。」

トシは少し前へ行き、私に手を差し出して、綺麗に微笑む。


「さぁ、紅涙様。帰りましょう。」


そのトシの背には、皆が居て。


「あなたの居るべき場所へ。」


私はトシの手を取った。

その手は、
皆にも繋がっている気がした。



時代は弱肉強食。
この国も、まだまだ辛い情勢でした。

貧しき民の環境に変化はありません。

しかし、
裕福な民の環境は変化しつつありました。


名を馳せていた高杉家が、まるで嘘のように静かになったのです。

噂では、
一人の女性のためだとか。

それに比例するように、
横に強く伸びていた悪しき繋がりも薄くなったのです。

裕福な民の中ではありますが、"平等"という言葉が目立つようになりました。


そんな、時代。


―――コンコン…

「失礼いたします。」

ここにも、また1つ裕福な者がいました。
その者が住むのは、とても大きなお城。
森にひっそりと建ち、数少ない従業員とともに毎日を過ごすのです。

「ほう。今日はお早いですね、紅涙様。」
「"今日も"です、トシ。」
「これはこれは。失礼いたしました。」

屋敷の主は紅涙という女。
それに仕えるは執事「トシ」という男。

「ふふ、これ。随分前にも話したことがありませんか?」
「申し訳ございません。昨日の夜が濃い内容だったもので、忘れてしまいました。」
「っ!トシ!!」

主に怒鳴られたにも関わらず、執事は悪びれた様子もなくニコりと微笑みます。

「昨晩のこと、あの片目男にも言ってやりましょうね、紅涙様。」
「なっ何を言ってるんですか!!」
「ま。隠しても無駄ですよ、ほら。」


執事は主の首筋を撫でます。
何事かと主は背を張りました。

「ここ、痕付けましたから。」
"昨晩のこと、見せつけているようですね"

「厭らしい」と楽しそうに笑む執事に、主は顔を青くして「トシ!」と声を上げました。

しかし、

「紅涙様が悪いんですよ?毎日のように来るアイツを屋敷に入れるから。」
"手紙なんか出さなけりゃこんなことにはならなかったでしょうに"

やはり執事に悪びれた様子はありません。
それどころか、過去の主の態度を呆れた様子で責めました。

「あのまま放っておけば良かったのですよ、紅涙様。」
「そんなことっ…出来ません。お世話になってるんだし…、また子さんだって居ますし…、」
「まぁそれが紅涙様の良いところではありますがね。」

ふぅと溜め息をついて、執事は肩を揺らしました。

「おっと、言い忘れておりました。」
「?」

執事は主の右手を持ち、片膝をつきます。

「紅涙様、おはようございます。」
「…お、おはようございます、トシ。」

手の甲にキスをして、


「…さぁ、俺にも挨拶を。」


先ほどまでの忠実な執事の顔とは違い、男は黒い笑みで顔を上げます。

「トっトシ…、」
「違うだろ?」
「っ…、」

もはや主はどちらなのか。

「と、十四郎…さま…、」
「よろしい。それと?」
「ぅっ…、」

主は執事の頬に手を添え、

「おはようございます…、…十四郎さま…、」

日課のキスをしました。

この口づけを皮切りに、30分もの長い時間を拘束されるのも毎日のこと。


「おい、エロ執事!新八の作った飯が冷めるだろォが!!妙が怒鳴ってんだよ!早く出て来い!!」
「待ちなせェ旦那、先に扉に耳を澄ます方がイイもん聞こえるかもしれやせんぜ。」
「くぅぅぅぅ〜っ!俺は紅涙さまがアイツにニャンニャン啼かされる声なんて聞きたくねェ!!」
「…っとか言いながら、耳を澄ましてまさァ。」
「ちょ、頭で俺がヤってることにすり替えて想像してんだから静かにしてよ、総一郎君!!」
「総悟でさァ、旦那。」

こうした騒ぎに執事が扉を蹴破り、主の1日はようやく始まるのです。

「あ、おはよーでさァ。紅涙さま。」
「はよ、紅涙さま。」

数少ない従業員とともに、

「…おはようございます、総悟さん、銀。」

楽しい時間を。

「トシ。ご飯、行きましょうか。」

忠実で、
傲慢な執事とともに。


「御意、ご主人様。」


その執事も、
いつかは主へと戻る日が来ます。

それは決して、
契約が切れるからなのではなく、

今の主が、
今の執事のことを、

トシ でも、
十四郎さま でもなく。


「あなた…、」


そう呼ぶ日が、
先の未来に来るからなのです。

しかしそれは、

もう少し先のお話…。

2009.07.6
*せつな*


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