日が暮れても、
夜の虫が鳴いても。
「遅いですね、副長。」
「…はい。」
十四郎さんは帰って来なかった。
縁側に座る私の傍に、「よっこらせ」と言って山崎さんが座る。
「局長がね、副長帰って来たら宴会するぞって張り切ってましたよ。」
「ふふ…、どうりで部屋が賑やかだと思っていました。」
私はその賑やかな声のする少し離れた大部屋に目をやる。
閉められた障子のその中には、少なくとも数名の人影。
「すぐにでも出来るようにって、用意始めちゃってますからね。」
「私も何かお手伝いを…、」
「いやいや!紅涙さんはここで副長を待っててくださいよ。」
"帰った時に機嫌が悪かったら、紅涙さんしか相手できる人いませんから"
山崎さんは困ったように笑い、頭を掻きながら言った。
私はそれに「ありがとうございます」と礼を言って笑った。
それに対して山崎さんは「いやいや!」とまた声を上げた。
「礼を言うのは僕たちの方ですよ!紅涙さんが稼いだ夢路屋でのお金を…。」
「それはいいんです、皆さんのために私がしたかったことですから。」
山崎さんの言う、夢路屋での報酬。
私は当初の目的通りに真撰組へ渡した。
もちろん、
近藤さんは素直に受け取ってくれるわけもなく。
「何言ってんの、紅涙ちゃん!受け取れない受け取れない、そんなお金!!」
近藤さんは手と顔を忙しなく動かして拒んだ。
「トシと何かあったのは感づいてたけど、まさかそんなお金のためにとはっ!」
"受け取れない受け取れない!"
局長室で机に置いた封筒を見て、近藤さんは何度も「受け取れない」と言った。
「近藤さん…、私も真撰組のために何かしたかっただけです。二度と、こんなことはしません。」
"だから…、"
私は机の上に置いた封筒を、今一度、近藤さんの方へ近づける。
「紅涙ちゃん、ほんと必要ないから!こう見えても裕福だからね、真撰組!」
「…それでも、十四郎さんが使ってしまったお金は埋められないはずです。」
「うっ…。いっいやしかし、特に必要なお金でもなかったから!!」
近藤さんは必死に私のお金を拒む言い訳をした。
私はそれでも引かなかった。
「近藤さん…、」
「ほんとダメ!!」
何を言っても、そう言う近藤さんに私は苦笑して、
「十四郎さんの妻…、させてください。」
そう言った。
その言葉に、
近藤さんは口を閉じて、静かに頷いた。
「君の気持は分かった。でもね、無くなってしまったお金は報告を上げた後だから…、」
「なら、皆さんのために使ってください。」
"ここに居る、真撰組のために"
私が強く願い出れば、
近藤さんは「分かったよ」と呑んでくれた。
「それじゃぁ宴会だ!宴会でパーっと皆で飲もうじゃないか!!」
"あいつ等もそれが一番喜ぶさ"
そうして、
今の現状がある。
星の明かりが鮮明になる空を見上げた時、隣で「…僕には、」と山崎さんが言った。
「副長があーなった原因は、僕には良く分かりませんけど、」
山崎さんに顔を向ければ、彼もまた同じように空を見上げた。
「何か、ようやく落ちついた気がします。」
「"落ち着いた"?」
その言葉に首を傾げれば、山崎さんは「こんなこと言うと怒られそうですが、」と言った。
「副長、紅涙さんを大切にし過ぎてるって言うか…。いや、そりゃもちろん大事なことなんですけど、何て言うか…、」
山崎さんは言葉を探しながら口にする。
その向こうでは、
より一段と賑やかになった声が聞こえる。
「大切にし過ぎて、近寄れていなかったって言うか…、いっいや別に悪い意味じゃなくてですね、」
焦る山崎さんは私に「誤解しないでくださいね!」と言う。
そんな彼の後ろの廊下。
「あのですね、そのぉ〜…、副長って人に気を許すタイプじゃないからなのか、付き合い下手と言いますか、」
角を曲がったその人影。
「ま、まぁとにかくですね、」
土に汚れた服。
破れたような襟元。
「…十四郎さん…、が…、」
「そうです、その副長が!」
山崎さんは私の声に頷きながら話す。
「そんな副長が、トッシーを経てようやく紅涙さんの前に立てた気がします!」
彼の真後ろに、意地悪く笑う十四郎さんが立つ。
唇が切れているのか、血の滲む煙草を咥えて。
「そりゃァどーも。」
座る山崎さんを見下して、煙草の煙を吐く。
山崎さんはニコニコしたまま、
「いえそんな…、って、えェェェェェ?!ふっ、副長?!」
すぐさま庭まで飛び離れ、振り返った。
「偉そうにドーモな、山崎。」
「いっいえいえいえそんなっ!!」
「謙遜してんじゃねェェ!!!」
「ギェェェェッ!」
大きな声とともに十四郎さんが縁側をドンと踏みならせば、山崎さんは走って行ってしまった。
「と、十四郎さん…、」
走って行く山崎さんの姿を見ながら、十四郎さんは舌打ちをして座った。
姿は疲れているのに、
そんなことはまるで無かったかのような顔をして煙草を吸う。
「おっ…、お帰りなさいませ…。」
私の言葉とともに、
こちらに向いた十四郎さんは黙っていた。
「十四郎さん…?」
「…。」
「おっお湯の準備を…、」
「つかなかった。」
「…え?」
ポツリと吐かれた言葉。
「勝敗、つかなかった。」
"あの野郎と"
十四郎さんは携帯灰皿に煙草を押しつけて消した。
「…胸クソ悪ィ喧嘩しやがって。」
十四郎さんが言うには、
互いに木刀を持ち、
夕刻からついさっきまで向かい合っていたそうで。
それでも、
どちらも崩れるほどの打撃を与えられなかったと言う。
「…そう…ですか、良かった…、」
素直に出た言葉に、私は慌てて口を塞いだ。
十四郎さんはそんな私を見て、くすりと笑った。
「ごっごめんなさい、」
「いや、いい。」
ごろりと縁側に寝転がった十四郎さんは、両手を横に広げて寝転がる。
「あー疲れた」と棒読みのように言った。
「ったく、スッキリしねェなぁ。」
「…また…銀ちゃんとするんですか…?」
「そうだな、やる前はケリがつくまでって思ってたけどよ、」
寝転ぶ十四郎さんは、
まるで遠い昔を思い出しているかのように目を瞑り、
「そんな気すら、失せるヤツだった。」
呟くようにそう言って、ゆっくりと目を開けた。
「でもよ、」
「…はい…、」
私に向かって、十四郎さんは右手を伸ばす。
どうしていいのか分からなかったけど、私はその手を取った。
十四郎さんの手が、頬を撫でて。
「紅涙を守ってたヤツが、アイツで良かった。」
「悔しいけどな」と鼻で笑う十四郎さんは優しくて。
何より、
そう言ってくれたことが、嬉しくて。
「はいっ…、」
込み上げる感情をこらえて、私は十四郎さんの手に添えた。
目を閉じれば、
『幸せにな、紅涙!』
子どもの様に笑う銀ちゃんが浮かんだ。
「よし、紅涙。やり直すぞ。」
「え?」
十四郎さんはそう言うと体を起して座った。
私に向かい合い、
「これからは、俺がお前を守る。」
「…と、十四郎さん、」
真剣な顔をして、私の左手を取った。
「もう迷ったりしねェし、不安になったりもしねェ。」
「は…、はい…、」
「俺は自分を信じるし、紅涙だけを信じる。」
「だから、」と言って、
十四郎さんは掴んでいる手とは反対の手で胸ポケットを弄った。
「俺の、傍にいてください。」
差し出されたのは、紛れもなく指輪の箱。
私は空いていた方の手で自分の口を覆った。
十四郎さんは私の手を離して、
その指輪の箱を開け、シンプルで小さな銀色を取り出した。
「指輪、はめていいか?」
問うてくる十四郎さんに、私は涙を堪えながら頷いて。
それを見た十四郎さんがスッと手を取り、左手の薬指にはめる。
「こんな汚ェ格好で渡す予定じゃなかったんだけどよ、」
"お前に、早く指輪を渡したくて"
指輪の通りきった私の指は、まるで別人のようで。
何を考えてよいのかすらも分からないほど、心が一杯だった。
「似合ってる。」
十四郎さんがそう言って、
私はその言葉にようやく「ありがとうございます」と笑えた。
微笑んでくれる十四郎さんは、指輪の入っていた箱を直そうとする。
「あっあの、」
「何だ?」
「もう一つ、指輪ありますよね。」
十四郎さんは触れなかったけど、結婚指輪は二つあるものだ。
私と、
もちろん十四郎さんのもの。
「いいよ、これは。さすがに指に出来ねェから、他の方法考える。」
「でっでも、私も…十四郎さんにしたい…です。」
「"したい"ってお前…。」
「そっそんな意味じゃなくてっ、」
必死になる私に十四郎さんはクスクス笑って、
「じゃ、お願いします。」
指輪の箱と、左手を差し出してくれた。
私はその箱から指輪を取って、十四郎さんの左手を持つ。
この手が、
いつだって私を助けてくれた。
「十四郎さん…、」
「ん?」
この人が、
いつだって私を支えてくれた。
「…強く、いないでください。」
だから、
次は私もあなたを助けたい。
「どうか、私の前だけでは弱音を吐いて。」
次からは、
私があなたを支えさせて。
「紅涙…、」
「十四郎さんが十四郎さんであれる場所に、ならせてください。」
微笑みは、
十四郎さんの胸に消えた。
痛いほどに腕を引っ張られて、
苦しいほどに抱きしめられた。
「…絶対ェ離さねェ。」
耳元でくぐもって聞こえるその声に、私は静かに頷いて。
「私も、絶対に離れません。」
私は幸せに酔うように、ゆっくりと目を閉じて。
「ずっと…愛恋しております、十四郎さん…。」
十四郎さんと同じように、
その大きな背中を抱きしめた。
愛恋→愛して、
慕いこがれること
2009.07.24
*せつな*