20
不能の約束
『銀…っちゃん…っ…』
『紅涙…、俺…約束しただろ?』
"お前を身請けするって"
もう随分と前に感じる、あの時間。
夢路屋に閉じ込めた俺を、紅涙は責めることもなく。
『約束、だからな。』
『…うん。』
その言葉だけを置いて去った俺を、お前はどう見ていただろう。
「約束…か。」
その最初で最後の約束も、俺は叶えられず。
俺の居るはずだった場所には、
いつの間にかアイツが居て。
「…まさか多串君だとはねぇ…。」
どうしてだろう。
紅涙は、ずっと俺の傍にいると思っていた。
俺にしか懐かないなんて。
独りよがりな願望を、俺はいつまでもお前に抱いていた。
『なぁ、銀時。』
ズラが言ってたっけ。
紅涙と約束を交わして、
夢路屋から帰って来た俺を見てズラが言ったこと。
『紅涙はいつの間に女になったのだろうな。』
その問いに、
俺は何も返せなかった。
ずっと紅涙に被せていた布を剥ぎ取られたような気分だった。
『お前にそのような顔をさせるとは、紅涙も大人になったのだろうな。』
『…。』
『…銀時。それほど大切ならば、どうして傍に置いておかなかったのだ。』
『…、…煩ェよ。』
"お前には分かんねェことがあんだよ"
今の俺なら、きっと紅涙を傍に置いている。
あの頃の俺には、
そんな余裕も、そんな力もなかった。
"傍に置いておく"なんて、そんな考えもなかった。
それが、
最善の方法だとは思っていなかったから。
「それが多串君だもんなぁ…。」
結果として、
紅涙を支えたのは、俺じゃなかった。
紅涙の運命に、俺は沿っていなかった。
それだけだ。
それだけ、なのに。
「やっぱりよ…、俺は…。…お前が良かった…。」
走らせた原付を止めて、
俺は指定された場所とは違う、自分の家の古びた階段を上がる。
ガラガラと鳴る音とともに「ただいま〜」といつもの調子で言えば、神楽が顔を出す。
「お帰りアル、銀ちゃん!」
「オゥ。あれ?新八は?」
「姉御のとこアル。…何アルか、銀ちゃん。何か辛気臭いネ、オヤジ臭いネ。」
「あァ?!テメェ最後のは仕方ないから!年取ってる証拠だからね!!」
"大人の階段上ってんの!"
神楽が鼻を抓んで鬱陶しそうな顔をして見る。
俺はそいつの頭を叩いて、
置いていったままだった新八の木刀を手に取った。
「銀ちゃん、何するアルか?それ、新八のアルよ。」
"銀ちゃんのは腰に刺さってるネ、まさか呆けアルか?!"
一人で煩い神楽に「はいはい」と適当な返事をして俺は背を向ける。
「銀ちゃん!どこ行くアルか!?」
いつもと違う様子に、
若干でも焦った神楽が玄関前で呼び止める。
「神楽、新八帰って来たらよ、これ借りてること言っててくれ。」
「話が噛み合ってないネ!何に使うアルか!!」
「ウッセーなァ。喧嘩だ、喧嘩。」
俺は靴を履きながら、チラッとだけ振り返って言う。
神楽は"喧嘩"という言葉に目を輝かせて雄叫びをあげていた。
「え、何?神楽ちゃんがどうしてやる気に満ちてるの?」
「水臭いネ、銀ちゃん!ワタシも加勢するアルよ!!」
「いやいやいや、全く頼んでないからね。」
「何言うアルか!喧嘩なら多い方がイイに決まってるネ!!」
熱くなる神楽に俺は「お前は留守番」と断言して、新八の木刀を持つ。
「絶対来るなよ、神楽。」
「嫌アル!加勢するアル!!」
「神楽、」
小さくため息をついて、俺は神楽に諭すように言った。
「これは俺の戦いだから。邪魔、されたくねェんだわ。」
口を半開きにしたまま固まる神楽に、俺は「じゃぁな」と言って玄関を出た。
ガラガラと鳴る玄関の扉が閉まる頃、神楽が「銀ちゃん…、」と呟く声が聞こえた。
階段を下りて、
俺は自分の腰に刺さる木刀に触れる。
「喧嘩…か。よく言ったよな、俺。」
そうだ。
これからするのは、喧嘩だ。
「本気で殺りあえるわけ、ねェじゃんよな。」
新八の木刀を見て、俺はそれも一緒に腰へ刺す。
「アイツは死ぬほど嫌ェな多串君だけど、その前に…、紅涙の…旦那だろォが。」
もし俺が勝って、アイツが死ねば悲しむのは紅涙だ。
だが、
邪魔者が居なくなりゃァ紅涙が手に入るかもしれない。
なんて。
そんなこと、俺が出来るわけねェ。
「…俺が死んでも…、きっと紅涙は悲しむ。」
自負になるかもしれない。
自惚れてるのかもしれない。
それでも紅涙は、
きっと悲しむから。
「…、…終わりにする。」
身体じゃなく、
命じゃなく。
「これで、ケリ…つけてやる。」
俺の、気持ち。
お前への、気持ち。
「好きだったぜ…、紅涙…。」
俺は原付に跨り、指定された河原へ走った。
夕陽の滲む紅い川の横で、目的の奴は立っていた。
土手を下りる俺に、野郎は口の端を吊り上げて笑った。
「逃げたのかと思ったぜ、万事屋。」
俺はそれに鼻で笑った。
「トイレだよ、トイレ。」
「ほぅ。ビビってか?」
「多串君って発想がガキだよね。」
「うっせ。」
前に立てば、多串君はすぐに刀に触れて構える。
「さァ万事屋。おっぱじめようぜ。」
俺はそれを見て、腰に刺していた木刀を投げた。
案の定、間の抜けた顔で野郎は見る。
「何のつもりだ。これはただの喧嘩じゃねェ、真剣勝負だ。」
「…馬鹿ですか、アンタ。」
"ンなの、出来るわけねェだろーがよ"
俺が溜め息混じりに吐き出せば、野郎は「ンだと!?」と血相を変える。
あーあ。
極度の短気。
こんなののどこが良かったのかね、紅涙は。
「はぁ。…なら、お前が死んで、紅涙は悲しまないわけ?」
「…。」
俺の声に、言葉を詰まらせた。
ざまーみろ。
何て思ってたのに。
「俺は死なねェよ。」
"死ねねェんだからよ"
不敵に笑えるコイツが。
…やっぱり俺は、羨ましかった。
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