33





原田さんは志義家の玄関先で頭を下げた。

「お疲れ様っす。」
「お疲れ。」
「お疲れ様です、あの…それは、」

私は彼の手にある瓶に、そっと人差し指をさす。

「人の小腸…ですよね。」
「これだけでよく分かったな。」
「さっきも似たような物を押収したので…。」
「原田、それが例の小腸か?」
「ええ。中を見れば分かると思いますが――」

話しながら、原田さんが瓶に掛けていた布を剥ぎ取る。

「!!」

私は慌てて視線をそらした。
土方さんと原田さんは小腸を見ながら真剣に話し出す。

「おそらくこの少し黒ずんだ部分がそうかと。」
「除いた部分は?」
「ありましたよ。別の小さい容器に入れてありました。」
「そうか…。」

少しの沈黙が流れ、

「おい、」

原田さんの声が聞こえる。

「何やってんだよ早雨。お前もこっちに来て確認してくれよ。」

来た…!

「いえ、その…私は……見なくても大丈夫なので。」
「見ないと分からねェだろ?…あ。お前まさか見れねェのか?」
「グ、グロテスクな物はちょっと…苦手で。」
「参謀にもなって何言ってんだ。よく今までやってこれたな。」
「うっ…」

ごもっとも。

「な、中身がダメなだけで…グチャッとしてない遺体は大丈夫ですよ。」
「甘ェこと言ってると副長に叱られんぞ?」

原田さんのニタニタした声が聞こえる。

「これを機に、しっかりその目に焼き付けとけよ。」
「い、いえ、お構いなくっ。」

顔を背けたまま左右に手を振った。

「そんなこと言わずに拝ませてもらえって。」

原田さんが私に向かって歩み寄ってくるのが分かる。

「怒りますよ原田さん!」
「今後の早雨のためでもあるんだぞ?」
「っ、」

無理…!
慣れないといけないとは思う、けど…っやっぱり無理!

「原田、」

土方さんが瓶に布を掛ける。

「人の臓器で遊ぶな。失礼だろうが。」

た、助かった…。

「いやいや副長、これも立派な勉強になりますって。」
「不謹慎極まりないだけだ。それよりも他の臓器は見つかったのか?」
「見つかりましたよ。一通り揃ったので、部屋にまとめてます。」
「そ、『揃った』…?」

何が…?

「見りゃ分かる。案内しろ。」

土方さんと原田さんが足を進める。
当然のように着き従おうとすれば、原田さんが振り返った。

「お前は待ってた方がいいんじゃねェか?ちと刺激が強いぞ。」
「どうする、紅涙。」

二人の視線を受ける。
あの手の物があるのは承知の上だった。
見たくないし、見られないことに変わりはないけど…

「…行きます。」

知りたいから、ここに来たんだもの。
行かなきゃ始まらない。

「ふっ、」

土方さんが小さく笑った。

「ヤバいようなら俺の後ろにいればいいさ。」
「あっま!甘々じゃねェっすか、副長。」
「うるせェ。行くだけいいんだよ。」
「甘ェー!」
「っるせェっつってんだろうが!」

ペチンッと原田さんの頭を叩く。
激しく打たれた毛のない頭はとても軽い音を立てた。

「す、すんません。久しぶりに深夜まで捜査してるせいか、変なテンションになってきてまして。」

言われて時計を見れば、もうすぐ深夜2時。
疲れが出てきてもおかしくはない。

「あれ?そう言えば副長、メガネしてませんね。」
「あれは紅涙の救出用だからな。」
「外したんすか?」

土方さんは煙草を取り出し、「ああ」と頷きながら火をつける。

「普段の仕事には必要ねェだろ。」
「常時装着しても良いと思いますけどねェ。俺達も2本くらい欲しいなって話してて。」

みんな貰ったの!?

「私も欲しいです!」
「…あのなァ、あれは真選組の道具でも警察の道具でもねェんだよ。だから無理。」
「でも原田さん達は貰ってるんですよね?」
「貰ってねェし。2本くらい欲しいって話してただけだ。」
「つーかお前ら、欲しい欲しいって何に使う気なんだよ。」
「いや特に何ってわけじゃないんすけど、何かの時に便利そうだなと。だろ?早雨。」
「ですね。けど、あれが警察の道具でもないなら一体どこで仕入れたんですか?」
「坂田。」

坂田って…

「万事屋の?」
「ああ。あのアホの坂田の献上品だ。」

献上品…?

「たしか早雨を助けた時の道具もそうっすよね?煙草とか飴とか目薬とか。」
「ええ!?一式じゃないですか!」
「使ってくれって言うから使ってやっただけだ。まァ煙草は便利だったがな。」
「どんなカラクリだったんすか?」
「マイクロチップが入った煙草だ。それを吸えば催涙系の煙を噴射できる。」
“熱感知でスタンバイ状態になるから、吸ってない煙草からは噴射されない”

なんと画期的な…!

「ただし噴射スイッチが声量でな。一定以上の声を上げるとスイッチが入るようになってたんだが…」

原田さんが先を読んだように頷く。

「予定外のタイミングで声を上げたわけですか。」
「状況が状況なだけに仕方なかったんだよ。」

…ああ!
あの時の『しまった』は、そういう意味だったのか。

「ま、結果的に救出も逮捕も出来たから問題ない。」
「スゲェ道具ばっかじゃないっすか〜。いいなー。」
「坂田さんは一体どうやって手に入れたんでしょうか。」
「どこぞの発明家が作った物を持ってきてんだよ。」
「どこぞの?」
「どこのジジイかは知らねェことにしてやってる。」

なんだ…出処がグレーな物か。

「でも今後の捜査に役立ちますよね!ぜひ次からも活用――」
「残念だが1回限りの消耗品らしいぞ。」
「え!?」

原田さんが驚く。

「おまけに二度と作れないとか何とか言ってたな。」
「そんなっ…」

これには私も驚いた。

「制作過程を記録してないんだとよ。結局どこまでも使えねェ野郎だ、アイツは。」

胸ポケットから携帯灰皿を出し、煙草を揉み消した。

「話はここまでだ。とっとと行くぞ。」


大きな志義邸は、趣のある木製の扉で玄関を隔てている。
ライオンの顔を模したノブを持つと、キィと小さな音を立てた。

「うわぁ…」

中は暖かみのある黄色い灯で照らされている。
壁や廊下、階段はもちろん大理石。
所々に高そうな絵や、造形物が飾ってあった。

「なんだか…すごい家ですね。」

道を示すように敷かれた赤い絨毯を歩くと、靴が半分くらい沈んだように思う。

「こんなの家じゃねェよ。住みにくくて仕方ねェ。」

確かに生活感はない。博物館みたいだ。

「ここに二人で住んでたんでしょうか…。」
「らしいぞ。女中は5人いるそうだが、一年ほど前から住み込みは0。」
“他人がいると息子の気が休まらないからってな”

つくづくレイリさんを中心に生活していたようだ。
息子のために出来ることは、本当に全てしていたのかもしれない。

それでも、父親の想いは真っ直ぐに届かなかったけれど。

「あそこが志義レイリの部屋です。」

階段を上がり、少し歩くと一つの扉が見えてきた。
部屋の前には大量のダンボールが並べられていて、中を覗くとマンションでも見たような薬品や道具が入っている。

「細かい押収物はこれが全てです。あとは部屋にあるブツだけですね。」
「わかった。」

土方さんが部屋のドアノブを握った。

「じゃあ副長、俺は皆と下の広間で待機してますんで。」
“見るだけ見たら下りてきてください”

原田さんは軽く頭を下げ、立ち去った。

「一緒に見てくれればいいのに…。」
「そう何度も見たいもんじゃねェんだろ。」
「?」
「おそらく誰だって一度見りゃ目に焼き付くはずだ。」

ドアノブを回した。
ゆっくりと扉が開き、土方さんが先に部屋の中を目にする。

「…やっぱここは家じゃねェな。」

神妙な声音で言った。
私は土方さんの背後から顔を出し、部屋の中を見る。

「何…これ……」

その部屋は、私の想像をはるかに越えていた。

いくつも並べられた大中小、様々な大きさの瓶。
その中にどう見ても脚、腕、胴体などの切断された人体が、部位ごとに液体へ沈められている。

現実離れした光景に、思考が一瞬追いつかなくなった。

「本…物?」

大瓶の中身はマネキンのパーツに見えるほど状態がいい。
一方、小瓶の中身はよく見えない。
なんとなく嫌な予感がしたので、凝視しないようにした。

「解剖医に確認させたが、全て本物だそうだ。」

土方さんが部屋の奥へと歩いていく。
私もついて行こうとした時、ふと瓶に貼ってある何かに目が留まった。

「これって…ラベル?」

しっかり管理している証拠だろう。
白い長方形型のラベルには、浸けたであろう日付けと『ささめ』という文字がある。

「ささめ?」

聞き慣れない響きだ。
しかし土方さんは大して声音を変えずに返答した。

「花野細雪(はなの ささめ)、レイリの女だ。」
「っえ!?」

ちょ、ちょっと待って。

「どういうことですか?だってレイリさんは『会えない』って…」
「ああ。」

自分でこんなことをしておきながら、『会えない』なんて言ってたの?
…どうして?

「じゃあ『父親のせいだ』って言ってたのも……あ。」

土方さんを見る。

「まさか、志義さんが花野さんをこんな風に…?」
「瓶詰めしたのはレイリだ。おそらく、この部屋でな。」
「っ…、」

一瞬、見えたような気がした。
花野さんを切断する、レイリさんの背中が。

「好きだったんじゃ…ないんですか?」

何らかの理由で会えなくなって、今も会いたいと思ってたんじゃないの?

「嘘だったんですか…?」
「アイツは花野を好きだったからこそ切ったんだろうよ。」
「何それ…意味がっ」

その時、土方さんの前にある瓶に気付いた。

「…それは?」

唯一、布が掛けられている。

「……これも花野だ。」

短く答え、土方さんが布を捲った。
瓶の中には、

「っ!!」

女性の頭部が。
髪は溶けてしまっているのか、あまり確認できない。
しかし表情は眠るように穏やかだった。

それが余計に、悲しい。

「どうして…、っ、どうして!?」

理解できない。

「こんなのっ…、おかしいですよ…!」

彼女の表情から優しさを感じる。
きっと花野さんは、最期までレイリさんを想っていた。

「どうしてレイリさんは殺したんですか!?」
「レイリが殺したわけじゃない。」
「……え?」

土方さんは頭部が入った瓶に布を掛け直した。

「花野の死因は、癌(がん)だったらしい。」
「!」

話によると、
花野さんは小腸に末期の癌を患っており、志義さんが主治医を務めていたという。

小腸の癌は回復しづらく、ドナーも少ない。
移植すれば希望はあるが、提供順は何年も先だと告げられていた。

「レイリは父親に『金を払って順番を早めてくれ』と願った。」

けれど志義さんは断る。

『そんなこと出来るか。身内を優先するなど医者として恥だ』

彼は元々厳格な人間だったという。
今みたいに何かにつけ『息子のため』と言い出したのは、
花野さんが亡くなった後、レイリが極端に落ち込んでからだそうだ。

「ドナーを当てにできないと知ったレイリは、必死で他の可能性を探した。」

けれどいくら考えても、調べても、限りなく希望はない。
そんな時に、思いついてしまったのだろう。
『ドナーがないなら、自分で手に入れればいい』と。

「河原の遺体、あっただろ?」
「栗子さんの同級生の…」
「ああ。あの被害者から小腸を取り出した時、花野はまだ生きていた。」
「えっ」
「容態はひどく悪化していて、あと何日持つかすら分からない状態だったらしいがな。」

レイリさんは被害者の小腸をドナーとして病院へ…志義さんの元へ持って行ったという。

しかし当然、『使えない』と断られる。
臓器は臓器でも正式な手順を踏んでいない代物。
どこで手に入れたかも分からない上、
手順に沿って取り出されていない臓器が接合できるかも怪しい。

「『何より不衛生だ』と志義は突っぱね、他の患者の手術へ向かった。」

レイリさんは、考えようとさえしてくれない志義さんに怒ったという。

『できるかどうか分からないなら、とりあえずでも手術をやってくれればいいじゃないか!』
『馬鹿も休み休み言え!ヤブ医者じゃあるまいし、その程度の考えで人を切れるか!』
“お前は父親を犯罪者にしたいのか!”

志義さんは聞く耳を持たなかった。
そしてその日の夜、花野さんは病院で息を引き取った。

「だが遺体は10分ほど目を離した隙にベッドから消えていた。」
「!」
「レイリが勝手に運び出してたんだ。自分の手で生き返らせるために。」
「……、」
「花野は両親もおらず、身寄りのない人間。それが仇となったのか、功を奏したのか…。」

直後からレイリさんは部屋にこもり気味になる。
志義さんはすぐに遺体が消えた理由に気付いた。
けれど確認することは出来なかったという。

レイリさんはもう、心を閉ざしていたから。

「志義はどうにか自分の権力を利用して、花野が初めから入院していなかったように細工した。」
「そんなこと…できるんですか?」
「出来ちまったんだよ。関係者に金と地位を保証して。」

病院は花野さんの存在を消し、普段通りに回った。
志義さんはレイリさんへの罪悪感から、息子のためだけに動くようになった。
レイリさんは理想を現実にすべく、偏った医学に没頭するようになった。

「それがアイツらの原点だ。」
「…だとしても、好きな人をバラバラに出来ますか?」
「レイリは癌を除去して繋ぎ合わせれば、元の姿に戻せると信じていた。おそらく…今も。」

土方さんは部屋の中を見回し、「バカだよな」と言う。

「機能を停止した身体の細胞は秒単位で腐敗する。そんな緻密な作業をレイリ一人でどうにか出来るわけがない。」

懐に手を入れ、煙草を取り出そうとしてやめた。

「医学の知識がない俺でもそれくらい想像がつくのに…アイツはつくづくガキなんだ。」

「だが」と続ける。

「…だが、どうにかしてやりたかった気持ちは分かる。」

土方さんはどこか遠い目をして、

「たとえ本人が死を受けいれていたとしても、残される人間は容易に受け入れられるもんじゃねェからな。」

私には見えない"いつか"を見ながら、話しているように思えた。

「そいつがいなくなって、初めて一生会えないことがどういうことか知るもんだ。」

…ああ、だからか。
今回の件で土方さんはあまり怒りを露にしなかった。
その理由が、

「結果が見える頃に出来ることなんざ大してねェんだよ。」

ここにあった。

「あがいて延命させても、それはどちらかの自己満足でしかなく…結果は何も変わらない。」

土方さんは棚に並べてあった小瓶を手に取る。

「レイリは確かに花野を愛していた。腫瘍すら廃棄できないくらいだ。相当、惚れてたんだろうよ。」

小瓶を戻し、「それでも」と言う。

「遅かれ早かれ、人は死ぬ。だから受け入れてやるしかないんだ。」

その人が生きた時間を、
その人と過ごした時間を、
その人の努力と、痛みや苦しみに向き合った勇気を。

「本当は強がってたかもしれない。本当に未練はなかったのかもしれない。それも含めて、残された奴には分からねェ。」

“だったらテメェの思うままに悲しめばいい。
死んだ奴がそれを望んでないとしても、本心なんて誰にも分からないんだから…”

土方さんはそう話し、

「姿が見えずとも、好きなようにそいつを想い続けてやればいいんだ。…そう、思わねェか?」

儚く笑った。


『会えなくてもいいじゃねェか。想うのは自由だ』


「…土方さんも、想ってるんですか?」
「……、」

私の言葉に、僅かに目を見開く。

「亡くなった人のこと…、…今も」
「誰のことだ?死んだ奴なんて多すぎて覚えてねェよ。」

鼻で笑い、とぼけて見せた。

やだな…、
私…なんてこと聞いてるんだろう。

「すみません、…忘れてください。」
「…いいのかよ。」
「いいです。」

土方さんが答えなかったのは、話したくないから。
他人が踏み込んではいけない部分だった。
私も、聞いたところでどうするつもりだったんだろう。
過去に何かを感じるのは違うのに。

聞く意味なんて、ない。

「あっさりしてんな。とことん聞いてくるかと思ってたけど。」
「私だって空気くらいは読めますよ。」

片眉を上げ、すまし顔をして見せる。
瞬きする土方さんに、私は小さく笑った。

「もう下りましょうか。原田さん達を早く帰してあげないと。」
“もしかしたら皆、下で眠っちゃってるかもしれませんね”

背を向ける。
部屋を出ようとした時、「待て」と手を掴まれた。

「紅涙が気になってるんなら、いつでも話すからな。」
「土方さん…、」
「べつに俺の昔話なんざ隠すようなことでもねェ。紅涙が知りてェんなら、なんでも話してやるから。」

…嬉しい。
そう思ってくれるだけで、幸せだ。

「ありがとうございます。」

でも、

「気持ちだけで十分ですよ。」

本当に私は、詳しく知る必要がないと思ってる。
少し土方さんの過去を知っているせいかもしれない。
以前、酔っ払った沖田さんから愚痴混じりに聞かされたせいで。


『俺の姉さんと土方の野郎は、最期まで馬鹿みたいに気を使って…素直になれねェ二人だった』


「…土方さん、」
「ん?」
「1つだけ、聞いてもいいですか?」
「なんだ。」
「土方さんが好きなのは、確かに私ですか?」
「なっ……に言ってんだ急に。」
「大事なことです。あの時、食堂で聞かせてくれた言葉――」


『俺は、お前が好きだ』


「間違い、ありませんか?」
「…ねェよ。あったらお前の救出には総悟が向かってる。」

沖田さんが?

「どっちが助けに行くか、軽い取り合いになったんだよ。」

知らなかった…。

「それがどうしたって言うんだ?」
「いえ…、…嬉しいなと。」
「はァ?なんだよそれ。」
「過去なんて小さなことだなと思えました。」

昔のことは関係ない。
過去をいくら話してもらったところで、
その人の中でどんな風に記憶して、どれくらい心に焼き付いているかは分からないんだから。

「大切なのは、"今"ですよね。」

過ぎた時間じゃなく、共に過ごすこの一瞬が大切。

「…ああ。昔のことなんざ、取るに足らねェことだ。」
“お前と生きる今がありゃ何もいらねェよ”

少なくとも、私達はそう思っている。


「行くか。」

二人で部屋を出た。
レイリさんと花野さんの想いが詰まった、この部屋を。

彼らがここで幸せな時間を過ごしたのかは分からない。
記憶も心も、当の本人にしか分からないから。


たとえば今。
留置所にいるルウさんが土方さんをどれほど想っているかも、

「十四郎さんが聴取に来ないかなぁ…。」

あるいは今、
権力を剥がされた志義さんが息子をどれほど想っているのかも、

「レイリ…。」

その逆もまた、同じく。

「……、」

自分の心を、自分以外の人に知ることは出来ないものだ。

「……ささめ、」

彼はこの先もずっと違う世界を見つ続けるのかもしれないし、いつか前を向くのかもしれない。

でも、

「…土方さん。」
「ん?」
「いつか、…レイリさんの面会に行きましょうか。」

周りの人が、寄り添うことは出来る。

「物好きだな。」
「なんとなく…このまま放っておけなくて。」

レイリさんがしたことは限りなく罪深い。
被害者の遺族にすれば、言葉にならないほど憎い相手だ。
文字通り、殺したいほどに。

けれど殺したところで被害者は戻ってこないし、法律が許してくれるわけでもない。

ならば私達が関わった人間の一人として、
今も罪悪感のない彼が心から自身の罪と向き合う日がくるよう、接触したい。

「てっきり土方さんも同じことを考えてるかと思ってたんですけど。」
「……かもな。」

陳腐な行為に受け取られても、いつか必ず意味を成すはずだから。

「きっと、花野さんも安心して眠れますよね。」

彼女のためにも、
彼を"逮捕"という形だけで終わらせてはいけないような気がした。

「…紅涙、」
「はい?」
「お前は俺を残して死ぬなよ。」

土方さんは部屋の扉を閉め、私に振り返る。

「俺が思い残すことなどないと言うその日まで、目の届くところにいてくれ。」

真っ直ぐ見つめる瞳が揺れている。
懇願するように、すがるみたいに。

「…大丈夫ですよ。私はちゃんと土方さんの傍にいます。」

手を握った。

「あんな心配、二度と掛けませんから。」
「……ああ。」

私達は誰しもどこか足りなくて、
誰かの言葉を支えにしたり、支えになったりしながら見えない部分を埋めて生きている。

そしていずれ分かち合い、

「土方さんも約束してください。無茶はしないって。」
「…約束する。」

人は相手に心を置くのだろう。

もしかしたらレイリさんは、
土方さんの過去を調べた上で、傍にいてほしいと望んでいたのかもしれない。

通じるものがあるなら分かち合えるだろうと。
…逮捕後の考えまで予想されていたら、さすがに怖いけど。

「帰るか。」
「はい、行きましょう。」

花野さんを想い続ける彼なら、
きっと自分の罪に向き合う日がくると、私達は信じている。

――カチャッ…

「?」

廊下を歩き始めた途端、後ろで音が鳴る。
振り返ると、閉めたばかりの部屋の扉が少し開いていた。

「ああ?なんで扉が…」
「閉めるならちゃんと閉めてくださいよ。」
「いや、俺はちゃんと閉め――」

『ありがとう』

「「!?」」

今……あの部屋から女性の声が……。

「…ひ、土方さん。」
「……なんだ。」
「聞こえましたよね…?今…お、女の人の声で…『ありがとう』って」
「聞こえなかった!」
「ええ!?」

土方さんはクルッと背を向け、私の手を力強く掴み直した。

「お前も何も聞かなかった!だろ!?行くぞ!」
「え、ちょっ土方さん!?」

駆け出しそうな勢いで足を踏み出す。
私は手を引かれながら、もう一度部屋の方を振り返った。

「…あれ?」

確かに開いていた部屋の扉は、
何事もなかったように、閉まっていた。




誰にも見えない



後日、
花野さんの遺体は火葬され、納骨堂へ埋葬された。
全てレイリさんの意向を汲んだ結果だ。

「いずれは墓を建てるってよ。」

土方さんは聴取の関係で一足先にレイリさんと会ってきた。
私は被害者という立場もあり、聴取への参加は許可が下りずに断念。

「お前にも謝りたいって言ってたぞ。」
「改心するの早くないですか?」
「改心はしてねェだろうな。受け答えが淡々とし過ぎてる。」

煙草をひと吸いして、ゆっくりと煙を吐き出した。

「アイツ…もう出てこれねェかもしれねェ。」
「……、」

彼にどんな刑罰が下るかは分からない。
けれど、したことを考えると…その可能性は十分にある。

「…あの声のことは話しました?」

あの日、私達が聞いた女性の声のこと。

「ああ…話してきた。」
「何か言ってましたか?」
「いや何も。ただ、泣いた。」
「えっ…」
「ぽろっと一粒だけな。あとは頭を下げて…出て行った。」
「……そうですか。」

変わるもの、変わらないもの。
変われないもの、変えられないもの。

「見届けましょうね、…最期まで。」
「…ああ。」

どのような形で最期を迎えても、
私達は…彼女はきっと、あなたの傍にいる。


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