キスの雨を降らして
title by 花涙
久しぶりに潤くんと会えた夜。彼はとても疲れているのか、口数が少ない。付き合い始めた頃は家に来たときも気を遣ってくれていた。疲れているのに料理をしてくれたり、楽しく話をしてくれたり。でも、私の前でも無理しなくていいのにってずっと心苦しかった。もちろん潤くんが色々してくれるのは、私のためだって分かっていたけれど。
だから、今みたいに隠すことなく自分の不調を表に出してくれて安心する。私の前で気を遣わなくなっているってことだから。
「お疲れ様」
食後のコーヒーを炬燵の上に置き、私も横に座り込む。大丈夫とは聞けない。いつも精一杯頑張ってる潤くん。大丈夫じゃなくても大丈夫にしなくちゃいけないことなんて山ほどあるはずだから。
「サンキュー」
目を細めたお礼の言葉が返ってくる。特に何を話すでもなく、コーヒーに口をつけては離すだけの時間が過ぎる。
「最近会えなくてごめんな」
沈黙を破った彼の言葉は謝罪で、胸が痛んだ。
「お仕事忙しいんでしょ? 無理しないで」
詳しい仕事の内容を彼が私に話すことはない。でも私が知っている限りでもテレビのレギュラーが週二本。加えてコンサートの打ち合わせに雑誌の撮影など、想像すらできない毎日を送っているに違いない。無理しないとこなせないスケジュールの中、こうして会いに来てくれたことは嬉しい。でも、それが潤くんの負担になっていないかが心配だ。
「無理するよ。だってあいに会いたいもん」
ふにゃりと力が抜けたように笑う潤くんが、いつもより幼く見えて鼓動が跳ねた。
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、ちゃんと体も休めてね」
赤くなる顔を隠すように横を向いて伝える。
「じゃあ今休める」
そう言った潤くんは姿勢を崩すと、頭を私の膝の上に乗せてきた。え!? これってもしかしなくても膝枕ってヤツですか!?
「赤くなっちゃって、可愛い」
内心焦りまくる私を見抜くようにからかう潤くん。何ですか、そのニヤけた顔は。破壊力ハンパ無いんですけど!
「悪い。ちょっとだけ寝かせて」
心の中で一人ツッコミ大会を開催していた私の耳に、か細い彼の声が届く。返事をしようとして潤くんに目を遣ると、静かな寝息を立てている。人間ってこんなに早く寝付けるんだなぁと妙に感心しながら、彼の寝顔を見つめる。閉じられた睫毛の長さとか、綺麗に整えられた眉毛とか。通った鼻筋も、少し厚めの唇も。彼を形作る全ての物が愛おしい。
あ、目の下、ちょっとクマができてる。やっぱり睡眠時間が少ししかとれてないんだ。今この時、ちょっとでもいいから疲れを癒して欲しい。そう願いながら、彼の顔を見つめ続けた。
20分ほど経った頃、潤くんが身じろぎした。まだ寝てていいよと伝えたくて、柔らかい髪をゆっくりと撫でる。仕事では固めていることの多い潤くんだけど、セットしていないときの髪はサラサラで指がスッと通る。手の中を滑るような感覚が気持ちよくて、何度も何度も髪を梳いた。
「それ、気持いい」
髪を梳く私の右手の上に自分の手を重ねた潤くんが、寝起き独特の掠れた声で呟いた。目を開けずに安らかな顔で発した言葉なのに、色気を感じてしまって胸が震えた。
「目、覚めた?」
首を傾げて問いかけると重ねた右手をグイッと引かれた。そこにあるのは至近距離の潤くんの整った顔。戸惑う間もなく、頭を少し上げた潤くんに口付けられる。
「うん。これでちゃんと目覚めた」
そんなこと言って、潤くんは眠り姫ですか? 確かにその美しい顔は姫と言っても遜色ないですが。そうやって私を翻弄するのは止めて欲しい。心臓がいくつあっても足りないよ。
現実逃避する私を見てクスッと笑いながら、彼は体を起こした。腕を上に上げて伸ばしながら、体を解している。
「あいのお陰で元気出た。ありがとな」
笑顔でお礼を言い、頭をぽんぽんと撫でる彼を見ていたら、私も甘えてくなって小さな声でお願いした。
「じゃあ、ぎゅってして……」
潤くんのシャツを掴んで呟く。頭の上で彼が息を呑む気配がした。と思ったら、素早く腕の中に囲い込まれ、強く抱きしめられる。息苦しい程の力強さに彼を感じて、背中に腕を回した。
「寝不足で自制できないから我慢しようと思ってたのに」
切なそうな声が耳元に落ちる。腕が緩められ、顎に添えた手で、強制的に視線が絡め取られた。
「責任……取れよ」
言葉とは裏腹な、優しいキスが降ってくる。頭のてっぺんに、額に。耳元に、うなじに。瞼へのキスは少し長くて、頬には軽く。そして唇には羽のように何度も何度も。いつしか深くなった口付けに呼吸が速くなる。解放された唇で酸素を取り込んでいると、首筋から鎖骨に下がった唇がピリッと軽い痛みを落とした。
「これ見て、俺のこと思い出して」
囁く彼は途方もなく刺激的で、ピクッと私の体が跳ねた。
その反応を満足そうに見て、彼は体中に口付けを落とす。
もっともっと貴方を感じさせて。キスの雨を降らして。
会えない夜は思い出すから。その温かさを。
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