あなたを覚えてしまった
title by 確かに恋だった



 私の彼は意地悪だ。
 甘い言葉はほとんど言ってくれないし、キスを強請るのもいつも私から。唇を片側だけ上げて、からかうように笑う。

 この間だってそうだった。彼がお仕事でいただいたというお土産が、地方限定のそれはとても有名なチョコレートで。持ち帰りまでの時間とか一日の生産数とか、その他諸々で非常に手に入りにくいものだったのだ。
 テレビでしかお目にかかったことのない包み紙に、比喩でなく目が輝いたと思う。それでも、潤くんが貰ってきた物を「欲しい」とはなかなか言えなくて、チラチラとチョコレートを見る私を彼は楽しそうに見るだけで。

 「欲しいの?」とか聞いてくれたら、しっぽをブンブン振って「うん!」と答えるのに、全くそんな素振りは見せてくれない。

「欲しいんならそう言えばいいのに」

 恨めしそうな視線を存分に楽しんだ潤くんは、見せつけるように箱を開けるとつやつや輝くチョコレートを指で一つ摘んだ。そして迷うことなく自分の口へ運び、パクッと食べてしまった。思わず「あー!」と声が出てしまった私を誰が責められるだろうか。

 そんな私を目だけで笑った彼はゆっくりと私との距離を縮めた。私の頭を右手で固定すると容赦無く唇を重ねる。途端に鼻へ抜けるカカオの香りとか、遠慮無く入り込んできた舌から流れ込んでくるチョコレートの甘さとか。多分美味しいのだろうけれど、そんな風に食べさせられても、本当の味なんて分かるわけがない。

 結局私が限定チョコレートを一人で口に出来たのは、十二個入りのチョコが残り五個になったときで、その頃には心も体も甘く溶かされていた。


 なぜ私がこんなことを思い出しているかというと、今現在も彼の意地悪が発動中だから。

「ニノのお土産。幻のカステラだって」

 そう言いながら彼が手に提げた包みをチェックして、すぐさまスマホで検索した。黄身と白身の割り合いが絶妙で、焼き上げるのが難しく量産できないため、一日数本の限定品だということ。生地は上品でしっとり、後味スッキリで非常に美味しいらしい。

「買ってから何日目か分かる?」

 潤くんの顔を仰ぎ見て問いかけると、問われることが分かっていたというように「五日目」と即答された。その答えに、私は手の中のスマホを握りしめる。焼き上げたものが店舗に並んでニノくんが買い求めて五日。ネットには焼き上げたカステラがしっとりなじむのに五日くらいかかるため、作ってから五日くらいが一番美味しく食べられると書いてあった。

「うー」

 私の考えていることなんて百も承知だろうに、「食べる?」とは聞いてくれない潤くん。楽しそうな顔で私を見つめる彼に、私の口が勝手に動き出した。

「もう! 潤くんっていつも私の喜ぶことしてくれるくせに、肝心なところで焦らすんだから! それに私には好きだって言わせるのに、自分からはなかなか言ってくれないし。聞けるのはベッドの中だけとかどんだけ甘く響くか知ってるの?」

 目の前の彼が右手で口を押さえたけれど、私の言葉は止まるところを知らない。

「キスだってして欲しければ目瞑んなよって言うけど、そんなのお構いなしに深いキスしてきて。腰砕けになっても離してくれないとか一体何なのよ!」

 ここまで叫んだところで顎が潤くんの手によって、縫い止められた。

「あいの言葉よく聞いてると、俺がお前を好きだって分かるはずなんだけど」

 独り言のように呟かれた言葉は、確かに私の耳に届いた。
 思い返すと、普段甘い言葉は言ってくれない潤くんだけど、私が寂しがっている時とか落ち込んでいる時なんかは素早くそれを汲み取って好きだよって抱きしめてくれる。しばらく会えなかった後の訪問では、言葉を交わす前に甘い口づけをくれる。絶妙なタイミングを押さえている潤くんだから、私はずっと離れられずにいるんだ。


「そんな俺が好きなのは誰?」


 腰に来る声で囁かれ、次の句が繋げない。パクパクと金魚のように開けたり閉じたりする唇が、彼の左手によって静かになぞられた。答えるまで許さないと訴えてくる強い視線に操られるように、腕を彼の首に回す。

「……好きだよ」

 瞳を見つめて呟くと背伸びして彼に口付けた。

「俺の方が好きに決まってんじゃん」

 唇を離すとすぐに落ちてきた甘美な言葉。耳に届く前に激しいキスに翻弄される。あなたを覚えてしまった私に、言葉とキスは甘い媚薬のようにしみわたった。


 私の彼は意地悪だ。

 でもそれは私のことが大好きだから。

 心で体で、あなたを覚えてしまった私は、今日も彼に夢中だ。

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