「私もぬりなおそうっと。」
そう言って、あいはいつも持ち歩いているポーチから鏡を取り出す。
そして、がさごそと中を探し始めた。
「う、無い。」
「どした?」
「リップクリームが無いの。」
「また無くしたの?」
「あいってよく物を無くすよね。」
「いや、絶対出てくるのよ。……使わないときに。」
分かりやすく肩を落とすあい。
きょろきょろと周りを見回して、きっとメイクさんを探しているのだろう。
だが、生憎近くにいる気配はない。
「使う?」
あいの様子を見ていた翔ちゃんが、小さく笑いながらリップクリームを差し出す。
その白いカバーに覆われた細長い棒が、あいの手に渡る。
「翔くん、ごめんね。ありがとう。」
小さく頭を下げると、あいは鏡をもう一度見つめた。
取り出したコットンにリムーバーを染み込ませ、下唇から上唇、そして軽く銜えて真ん中を拭き取る。
翔ちゃんのリップクリームを丁寧に塗り、その上に塗るオレンジ色の口紅を取り出した。
右手の薬指の先に口紅をとり、口角から唇の中央に向かって滑るようにオレンジをのせていく。
そして上下の唇を合わせ、様々な角度から確認する。
時間にすると、きっと3分もかからないくらいの短いもの。
でも、俺はその流れるような動きから目が離せなかった。
「翔くん、助かったよ。」
あいの唇をたどったリップが、翔ちゃんのもとへ返る。
その軌跡を追い続けていた俺に気付いたのか、リーダーがぽつりと呟いた。
「間接キスじゃん。」
「え!?」
「ホントだ! 翔ちゃんとあい、間接キスしたー!」
「小学生じゃねぇんだから。笑」
「ドラマではもっとすごいことしてるじゃないの。」
同意求めるようにあいに目を遣ると、俺たちから隠れるように頬に手を当てていた。
「ちょっ! 照れんなや! 俺まで恥ずかしくなるわ。」
「だってみんなが言うんだもん。」
「ドラマのキスは平気なのに?」
「あれはちゃんと心の準備してるから大丈夫なの。今日のは不意打ちだー。」
右手を団扇にして、パタパタと顔を扇ぐあい。
「あー、恥ずかしっ。」とブツブツ言いながら、浅い呼吸を繰り返している。
「不意打ちは俺たちの方だよな。」
「ね。あんな女の顔見せられたら、たまんない。」
隣に座る潤くんが、視線をあいに縫い付けたまま囁いてきたから、俺も心の中に燻っていた嫉妬心を認めた。
「俺もリップクリーム買おっ。」
「リーダーも? 俺も常備しとく!」
同じように邪なことを考える男二人が此処に。
そして、一歩リードしている男が慌てて弁解する。
「俺が仕掛けたわけじゃないからね。」
それでも大事そうに内ポケットにしまわれたあの白い棒から、翔ちゃんの独占欲が見えた。
こうして幕が開けたのは、唇の上のイスとりゲーム。
今か今かとそわそわしながら、俺たちの内ポケットに潜む、5色のリップクリーム。
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