優しさで満ち溢れた世界
今日は六人でレギュラー番組の収録。一本目が撮り終わり、二本目までのセットチェンジの間に楽屋へ戻る廊下。そこで、私は小さな男の子に出会った。泣きそうな顔をして辺りをきょろきょろ見回している。……もしかして迷子なのかな?
「こんにちは。ぼく、どうしたの?」
目線を合わるために、しゃがみ込んで尋ねた。突然声をかけられたことに驚いたのか、目をまん丸に開いた男の子が私を指差して叫ぶ。
「あらしのあいちゃん!!」
目の前で叫ばれたため一瞬呆気にとられたものの、すぐに気を取り直して返事を返した。
「そうだよ。知っててくれてありがとう」
意識して柔らかい笑顔を浮かべると、強ばった表情が少しだけ和らいだ。
「何か困ってるのかな?」
小さいとは言え、五、六歳くらいの男の子だ。迷子という言葉は嫌かもしれない。だから敢えてその言葉を使わずに問いかける。
「おかあさんがはぐれちゃったの」
その言い方に、さっきの対応が正解だったと知る。よく聞いてみると、トイレに行っている間にお母さんがいなくなったらしい。それは君がはぐれちゃったんだよというツッコミは心の中だけにしておいた。
「そっか。それで探してたんだ」
私の言葉に頷いた男の子が途端に涙ぐむ。お母さんのことを思い出して寂しくなったのかもしれない。
「お姉ちゃんと一緒に行こうか」
受付に連れて行ったら、放送などで呼び出してもらえるだろう。そう考えた私は男の子の手を取り、テレビ局一階の受付へと歩き出した。
「お名前を教えてもらっても良いかな?」
「あだち かい、ごさい」
「どこから来たの?」
「とうきょう!」
「迷子になっちゃったんだね」
お姉さんの言葉に不機嫌になるかいくん。「ぼくじゃなくて、おかあさんがまいごになったんだ」とブツブツ言っている。そんな様子を気に留めず、受付のお姉さんはかいくんの手をとった。
「じゃあ、ここでお母さんを待ってようか」
咄嗟だったのだろう。かいくんが私のシャツの裾を掴んだ。その行動に、受付のお姉さんと目が合う。
「やだ! あいちゃんといたい!」
「でも、高橋さんはお仕事があるのよ」
「やだ! だってさっきはいっしょにいこうっていってたもん」
言いながらわんわん泣き出してしまったかいくんを見て、お姉さんが途方に暮れたのが分かった。ちらりと中を見ると、他に人がいないのか対応できそうもない。
「あの……お母さんが見つかるまで、楽屋で預からせていただいてもよろしいですか?」
私の言葉がよっぽど意外だったのか、お姉さんの目が丸くなった。
「お母さんが迎えにいらっしゃったらこちらまで連れてきますので。こんなに泣かれると、良心が疼いちゃって……」
「お仕事は大丈夫なんですか?」
「今、休憩中なんです。始まるまでに見つからなかったら、こちらにお願いできますか?」
「それは大丈夫ですけど……」
ちらりとかいくんを見たお姉さんの視線を追うように、私も彼の前にしゃがみ込んだ。
「かいくん、お姉ちゃんお仕事があるんだ。それまでなら一緒にいられるけど、どうする?」
「それまででいい! あいちゃんといたい!」
「お仕事始まったら、このお姉さんと遊んでお母さん待てる?」
「うん。だっておれ、ごさいだぜ!」
えらそうに言った様子がおかしくて、お姉さんと顔を合わせて笑った。
「高橋さん、本当に大丈夫ですか?」
「こちらこそ、無理を言って申し訳ありません。お母さんのこと、よろしくお願いします」
「お仕事に支障のないようにされてくださいね」
「ありがとうございます。それでは一度楽屋へ戻りますので、こちらまで連絡ください」
そう言って楽屋の番号を告げる。「かしこまりました」と綺麗なお辞儀をするお姉さんに見送られて、かいくんと手を繋いで楽屋へ戻った。
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