「かいー、本借りてきたけど読む?」

 振り返ると、黄色いバックに猿の絵が描かれた絵本を片手に持った潤くんがいた。

「わー、ジョージだー!!」

 好きなキャラクターだったのか、かいくんが嬉しそうに潤くんの元へ駆けていく。

「潤くん、それどうしたの?」
「スタッフさんに借りてきた。五歳くらいの男なら、この本好きだろうって」

 私たちが話している間にも、かいくんはジョージの表紙に釘付けだ。そんなかいくんに視線を落とした潤くんは、手を繋いでソファーへ行き、膝の上に乗せて読み聞かせを始めた。

 潤くんの少し低めの声が楽屋に響く。ゆっくりと、時にはテンポ良く読み進められる物語に、私まで聞き入ってしまった。

「ジョージ、面白い! でっかいピザ作りすぎだし!」

 よっぽど気に入ったのか、同じページを開いて絵を見ながらケラケラ笑うかいくん。膝に乗せた彼の頭を撫でながら静かに微笑んだ潤くんは、優しいお兄さんの顔をしていた。

「まつじゅんくん、ありがとう!」

 独特の呼び名でお礼を言われた潤くんは、ずっこけそうになりながら笑顔を浮かべた。

「あいちゃん、ぼく、おなかすいちゃった……」

 その声に時計を見ると、時刻は三時過ぎ。ちょうどおやつの時間かもしれない。子どもが食べられそうなものって何かあったっけ?

「かい、一緒に食べるか?」

 思案顔の私に、智くんが声をかける。見るとクッキーの缶を手に持ってソファーに座っていた。

「スタッフさんの差し入れ。美味しいよ」

 前半は私に、後半はかいくんに向けて話す。シャカシャカという音に誘われるように、かいくんが智くんの側へ行った。

「もらってもいいの?」
「食べたい?」
「うん、たべたい!」
「じゃ、手を洗おっか」

 そう諭した智くんは、かいくんと手を繋いで水道へ行った。蛇口に届かないかいくんを抱っこして手を洗わせてあげると、ソファーまで帰ってくる。

「それではいただきます」
「いっただきまーす」

 嬉しそうにクッキーを食べるかいくんの隣で「ほら、こぼすな。机の上で食べろ」とか、「ホッペについてんぞ」とか言いながら世話を焼く智くん。普段見られない仕草に、胸がドキッとした。

「ごちそうさまでした!」

 満足したのか手を合わせて挨拶したかいくんが、大きなあくびをした。お腹も満腹になって眠くなってしまったのかもしれない。

「かいくん、お昼寝する?」

 問いかけた私に手を伸ばして「あいちゃん、だっこ……」と甘えるような声を出した。

「かい、お兄ちゃんが抱っこしてあげる」

 横から出てきた手がかいくんを掬い上げる。

「しょうくん?」

 眠気が強いのか舌っ足らずの声で呼びかけるかいくんの背中を、トントンと優しく叩きながら翔くんが答えた。

「抱っこしててやるから、ちょっとだけ寝な」

 ゆっくりとした揺れと背中への刺激が心地良かったのか、かいくんはしばらくして眠りに落ちた。

「ありがとう。翔くんがこんなに寝かしつけがうまいなんて知らなかったよ」

 かいくんを抱いたままソファーへ座った翔くんの隣に腰掛けてお礼を告げる。

「子どもって寝ちゃうと重いじゃん。五歳の男の子抱っこするの、さすがにあいには無理だよ」

 かいくんをそっとソファーに寝かした翔くんが、ブランケットを持ってきてかけてあげる。包み込むような笑顔でかいくんを見つめる翔くんに、心が温かくなった。


 かいくんが眠ってから十分後、ソファーの上でもぞもぞと動き出した。ガバッと体を起こしたかと思うと、周りをきょろきょろ見てしくしくと泣き出す。

「おかあさん……」

 寝起きで自分の状況が理解できず、寂しさが襲ってきたのだろう。

「かいくん、おいで」

 はらはらと涙を零すかいくんを抱き上げ、膝の上に座らせる。ゆっくり背中を上下に撫でると、少しだけ呼吸がゆっくりになった。

「そういうところ、やっぱりあいには敵わないな」
「俺も泣かれちゃうと焦っちゃう」

「女性ならではの優しさみたいなのがあるんじゃない?」
「かいも安心した顔になってきたしな」

「さすがあいだ」

 周りを囲まれて少し不安になったのか、かいくんが私の首に掴まる力が強くなる。その時部屋の電話が鳴った。対応してくれた翔くんによると、かいくんのお母さんが見つかったようで、今から楽屋へ迎えに来てくれるそうだ。

「かいくん、お母さんきてくれるって」

 頭を撫でながら話しかけると、少し体が離れた。「おかあさん?」というかいくんに、「そうだよ」と返しながら頭を撫で続けた。

 トントンというノックの音に、潤くんが返事をしながらドアを開ける。そこにいたのは受付のお姉さん。後ろには私たちと同年齢くらいの女の人。

「おかあさん!」

 私の膝から飛び降りたかいくんが、一目散に駆け出す。しゃがんだお母さんの腕に包まれて嬉しそうに笑った。

「皆さん、お忙しい中、かいがお世話になりました」

 かいくんを抱き上げたお母さんが深々と頭を下げる。

「いえいえ、僕らも楽しかったです」
「すごく良い子にしてましたよ」

「あ、おやつにクッキー食べました」
「絵本も久しぶりに読めたし」

「無事、お母さんと会えてホッとしました」

 次々に声をかけるメンバーに、恐縮したようにぺこぺこ頭を下げるお母さん。

「本当にありがとうございました」

 お母さんの腕から降りたかいくんも、真似をして頭を下げた。ドアを出ようとする二人を手を振りながら見送る。こっちを振り返ったかいくんが、何か思い出したように戻ってきた。

「何か忘れ物でもした?」

 腰をかがめて尋ねると、頬に微かな温もりが触れた。

「かいっ!」
「あいちゃん、ありがとう! だいすき!!」

 かいくんは私の頬にキスを一つ残して、風のように去っていった。


「いやー、やられたな」
「まさかあんな伏兵がいるとは」

 ブツブツと言うメンバーを余所に、かいくんが出て行ったドアを見ていると、ニノに声をかけられた。

「寂しくなっちゃった?」
「短い時間しかいなかったのにね。情が移っちゃったかな」

「あいは良いお母さんになるよ」
「ね。優しくて厳しいお母さんになりそう」

 口々に言われて照れてしまう。

「みんなだって、いいお父さんになるよ。かいくんにすっごく優しかったもん」

「じゃあ、誰にする?」

 ニヤニヤと笑う翔くんの後ろから、みんなが迫ってくる。そんなこと言われても選べるわけないのに。

 目が合って一斉に吹き出す。こうやって過ごす時間が、私は大好きだ。


 優しさで満ち溢れた世界でふわりと微笑む。

 大切な人たちと過ごす温かい時間

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