その涙を拭う役
title by Catch sight of
□ side O
あいと出会ったのは、俺がメンバーの中で最初だ。1年を超える京都での公演。そこで俺たちは出会った。男でも辛い舞台へ、愚痴の一つも言わずに向き合うあい。そんな彼女に俺は聞いたことがある。
「どうしてそんなに真剣になれるの?」
と。返ってきたのは簡潔な答え。
「好きだから。歌も踊りも大好きだから。」
思い返せば、その表情に見とれてた。澄んだ歌声に耳を奪われてた。洗練された動きに釘付けだった。だから、俺が最初なんだ。あいを好きになったのは。
それから嵐としてデビューした。みんなでたくさんのことを乗り越えてきた。そんな中でも、俺たちの関係は変わらなかった。お互いを尊重し、支え合う丁度良い関係。でも、いつからかそれでは満足できなくなっている自分に気づいた。
女の子から女性へと変わっていくあいの側にいるうちに、俺の中にそんな想いが芽生えたんだ。
俺はずっと君を見ていた。同じようにメンバーのこともずっと見ていた。だからすぐに分かったよ。君が誰を好きなのか。君への感情を隠しきれなくなっているメンバーに。
それでも、俺は見ていた。君が何を望むのかを。
だから今日も君の気配を全身で感じてた。そう。ニノが俺たちに、あいへの想いを打ち明けた瞬間も。
両手を固く握りしめて、体を竦ませたあい。背中を撫でようと動きそうになる手を、反対の手で押さえる。今はその時じゃない。この時をどう過ごすかに、俺たちの未来はかかってる。
切り出したのは翔くん。きっと切り裂かれそうな想いをしながら口にしたに違いない。だから俺はニノを見据える。彼の覚悟を目に焼き付けるために。
そしてもう一人の当事者である松潤に問いかける。これで、本当にいいのかと。
松潤はニノに想いを託した。胸がえぐれるような悲しさは、隣で小さく震える松潤の手を見てしまったからだろうか。言葉にできない気持ちが体中を駆け回る。でも、俺にはリーダーとしての役目があるから。
まだ体を硬く強ばらせているあいに向けて、意識して柔らかく微笑む。耳元に唇を寄せて告げる。
「ちゃんとニノに好きって言いなよ。」
それを聞いたあいがくしゃりとうれし泣きの顔になったから、少しだけ安心した。なかなか動けないあいを翔くんと相葉ちゃんに任せて、ニノへ振り向く。
「ニノ、良かったね。」
おめでとうって言えなくてごめん。心から祝福できなくてごめん。でも、本当に良かったと思ってるから、お祝いの言葉はもうちょっとだけ待って。
相葉ちゃんの車であいを家まで送る。玄関まで届けると、相葉ちゃん、翔くんと、それぞれがあいに言葉をかけた。みんな精一杯君が好きだから。気持ちの整理をつけたいのだと思った。
目尻に涙を溜めた相葉ちゃんを見送り、悲しそうに笑いかけた翔くんに笑い返す。次は俺の番。俺が区切りをつける番だ。
相葉くんが導き出し、翔くんが決壊させた涙腺からあいは大粒の涙を零す。しゃくり上げる細い肩を、俺はふわりと抱きしめた。腕の中に囲い込み、背中をゆっくり撫でる。
「あい、大丈夫だよ。」
そう一言囁く。思い返せばあの京都での日々。誰にも知られないように舞台の隅で涙を流す君を、ぎこちなく慰めた。あの時から俺が紡ぐ言葉は変わってない。
あい、大丈夫。俺がいるから。今までだって、これからだって、ずっとずっと想ってる。
泣きじゃくるあいの涙をシャツの袖で拭う。その仕草もあの頃と変わって無くて、進歩のない自分に笑ってしまった。でも、これからはその涙を拭うのは俺じゃないんだ。
そう考えたとき、胸の奥がズキズキと痛んだ。できることなら、俺が君の涙をずっと拭いたかった。君の笑顔に寄り添っていたかった。でも、そんな俺の願いよりも大切なもの。
それはあいがあいらしくいること。屈託なく笑って、全身で怒って。君が君でいられるならそれでいい。
「あい、幸せに、なるんだよ。」
ポツリと告げると力を込めて抱きしめる。これまでの想いを込めて。恋しさを愛しさに変えるために。
あいを部屋へと送り込み、鍵が閉まったのを確認すると、その場に座り込む。コンクリートの冷たさにこれが現実なのだと思い知った。両目から溢れる涙はとどまるところを知らない。
あい、好きだ。あい、愛してる。離したくない。俺の側にいて欲しい。
渦巻く想いは何一つ口に出来ない。
「あい」
やっと唇に乗せることが出来たのは、君の名前。呟くだけでこんなに愛しさがこみ上げる言葉を、俺は他に知らない。愛しい君の名前を呟いて、俺は拳を握りしめた。
-fin-
prev /
next