反論さえ呑み込んで
title by 確かに恋だった



「おはよう。」

 そう言いながら楽屋のドアを開ける。目に飛び込んできたのはゲーム機から目を離した和。
 一度声をかけたくらいでは、顔を上げない和の視線が突き刺さる。

 しまったなぁ。バレないように声も作ったし、歩き方だって意識している。
 なのに、和は私を下から上までなめ回すように見ると、一つ溜息をついた。

「ノンちゃん、この番組の収録終わったら、今日は上がりだよね?」
「おぅ。そうだぞ。」

「じゃ、あいの膝掛け持ってきて。一応体温計も。」
「え? お前、調子悪いの?」

 ノンちゃんが驚いたように私を見た後、少し気まずげな顔をする。きっと私の体調に気づけなかった自分を責めているのだろう。でも、ノンちゃんは悪くない。私がこれからも仕事を続行できると判断し、言わなかったのだから。

「あいはこっち。」

 少し強引に手を引かれ、ソファーに寝かされる。頭は和の膝に置かれ、目を閉じる。と、今まで張っていたものが緩んだのか、少し目眩がした。

「ったく、まだ限界じゃないんだろうけど、しんどいくらい言えよな。」

 怒ったように吐き捨てると、私の首筋に噛みつく。ドクドクと血液が流れる場所に和の気配を感じる。

「38、2℃ってとこかな。」

 和がそう言った時、ノンちゃんから膝掛けと体温計が届けられた。少し気だるい体を動かし、体温計をわきに挟む。熱なんて測らなくても、多分和の言うことが正しいと分かっているけれど。
 しばらくすると計測完了の知らせを告げる音が鳴り、体温計が引き抜かれた。和が無言で元さんにそれを手渡す。

「お前の体温計は、すごい精度だな。」
「あいの体温くらい分かるよ。」

 きっと和の言ったことが当たっているのだろう。さっきまでは意識しなかったけれど、実際の体温を聞かされると体が重くなった気がする。
 まだ仕事はあるのだから、気を抜けないと思いながらも、優しく頭を撫でる和の手の温もりに、ふっと力が抜けた。

「しばらく休んどけ。」

 収録開始まで少しの時間しかないことを分かっているけど、私はその言葉に甘えることにした。


「おはよう。って何、あい、風邪?」
「うーん、どうだろ? 熱だけで治まりそうだけど。」

「って、ニノ、そんなこと分かんの?」
「あいのことなら分かんじゃね。笑」

「目の感じとか喋り方見てたら、風邪じゃなさそう。疲れかな。」
「ニノ、医者になれるよ。笑」

「さっきも、測る前にあいの体温当ててたしな。」
「すげぇな。それ。」

 小声で話すみんながザワメキ出す。「愛しちゃってるからね。」という和の言葉は聞かないことにした。


 みんなに助けられながらなんとか収録を終え、重い体を車の座席に預ける。

「お大事に。」

 という相葉くんの声に見送られ、和は車をゆっくり発進させた。その揺れに身を預けるように、私は眠りについた。


「あい、歩ける? 運ぼうか?」

 和の声に重い瞼をこじ開ける。心配そうな目をした和がそこにいて、大丈夫だよと笑って見せた。
 手を借りながら玄関までたどり着き、靴を脱ぎ散らかして家へ入ると、リビングのソファーに倒れ込んだ。

「熱上がってるでしょ。」

 そう言いながら、冷たい水が入ったコップと化粧落としシートをテーブルの上に置く。私は寝転んだまま、シートを一枚取って肌に密着させた。少し浮かせた化粧を拭き取ると、ノロノロと洗面所へ行き、ぬるま湯で顔を洗った。
 ついでにと気合いを入れて部屋着に着替え、脱いだ服を端の方に寄せてからソファーへ戻る。

「薬飲まなきゃいけないし、これ食べて。」

 促されてテーブルを見ると、皮まで綺麗に向かれた林檎が2つ。どうせならウサちゃんリンゴが良かったなぁと考えながら、きっと消化がよくなるよう向いてくれたのだろうと思い直す。
 手に取って食べようとすると、一足早く和が林檎を持ち、口に近づけられる。それを一口囓ると、シャリッと気持ちのいい音がした。

「なんか今日、甘々だね。」
「いつもでしょうよ。」

「そうかなぁ。」
「そうだよ。」

 話している間も、和の手は冷却シートの袋を開け、透明シートをペリッと剥がし、私の額に貼り付けた。
 その時指が触れて、和の眉間に皺が寄る。

「やっぱり上がってる。」

 そう言うと、ソファーに押し倒され、強引に唇が奪われた。酸素を求めて開いた隙間から舌がねじ込まれ、余すことなく口内を舐め尽くされる。息つく間もなく続くそれを何とかやり過ごし、和の胸を軽く押し返す。

「うつるよ。」
「39℃だな。熱だけだからうつらない。うるさい。黙ってキスされとけ。」

 短く言葉を重ねた後、私の反論さえ呑み込むように、再び唇を重ねた。自由に動き回る舌は、まるで私の熱を奪うようで。心配してくれてるんだなと胸が熱くなる。

「早く治しなよ。」

 冷却シートの上から軽くデコピンし、口に林檎を押しつけて、和は洗面所へ消えた。
 その姿を見届けた私はゆっくりと林檎を咀嚼する。さっきまでの熱を溶かすように、林檎は小さくなった。


(ニノ、あい治ったの?)
(まだ微熱あるけど、マシになったよ)
(家ではどうやって熱測んの?)
(相葉くん、顔がいやらしいよ)
(ぜってぇ教えない)
(どうせ舌入れて測ってんだろ)
(……和のバカ)

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