たった一言なのに
title by 花涙
「おはよう」
午前中、違う仕事だったあいが楽屋へ入ってきた。お昼を挟んで午後からは、メンバーで歌合戦の打ち合わせだ。有り難いことに今年も出演させていただくことが決まった。その時、今年最後の大舞台を最高のものにしようとみんなで顔を合わせた。その打ち合わせが今から始まる。
「あれ、まだ和だけ?」
「うん。俺が一番だった」
上着を脱ぎながら話すあいに、ゲームを中断して顔を上げる。「さっそくゲームしてるー」と笑いながら彼女は言うけれど、クリスマスやお正月が近くなるってことは、新しいゲームがたくさん出るってことだ。ゲーム好きを自負する俺にとって幸せで忙しい時期。時間は有効に使わなくっちゃね。
「この間買ったやつ?」
画面を覗き込む彼女に見えやすいよう角度を調節する。モンスターを倒していくゲームの新作で、あいの分も買って押しつけといた。
「私もやったよ。☆2の緊急クエ出た」
近くで彼女がニヤリと笑う気配がした。えっ!? 俺との協力プレイが主な彼女がいつの間にそんなところまで進んだのだろう。今までのシリーズでは「あー、大型モンスター倒せない」なんて嘆いていたはずなのに。
「いつの間にそんなところまで進めたの?」
「移動時間にちょこちょことね。この間、横浜で撮影だったから」
そんな話をしているとドアがガチャリと開いた。
「……はよっ」
「おはよ。おや、二人で何してんの?」
眠そうなリーダーと元気な相葉さん。対照的な二人だけど、一緒にいると癒される。
「智くん、相葉くん、おはよ。ゲームの話してたんだ」
まただ。さっきあいが入ってきたときも感じた違和感。気のせいかと思っていたけれど、やっぱりおかしい。小さく首を傾げながらその正体を探る。
「おはよう。みんな揃ってんの?」
「おはよっ! 俺ら最後?」
「潤くん、翔くん、おはよう。これでみんな揃ったね」
笑顔のあいを見ているとようやく気づいた。俺が感じている違和感の正体。
今の時刻は13時を少し回ったところ。世間での挨拶は「こんにちは」が正解だろう。でも俺たちが身を置いている芸能界という世界は違う。仕事の始まりは「おはようございます」が普通だ。その習慣は長く続いてきているのもだし、今さらどうこういう気はさらさらない。ただ、あいが言う「おはよう」に違和感を感じてしまうのは、俺がそうじゃない「おはよう」を知ってしまっているからだ。
抱きしめ合って眠った夜。目覚まし時計を止めて眠そうな声で言う「おはよう」
前日が激しかった次の日の朝は、少し掠れ気味の「おはよう」。すぐにマスクを探すあいが微笑ましい。
なにより好きなのは、俺の温もりを求めてすり寄ってきた彼女が上目遣いで言う「おはよう」
たった一言なのに、こうも色鮮やかに表情を変えるのは、彼女が発する言葉だから。
明日の「おはよう」はどんな色をしているのだろう。
俺しか知らない一言は、柔らかく、あたたかく胸を支配する。
(なるほどね)
(ニノ、どうかした?)
(いや、何でもない。合点がいっただけ)
(……どうせあいのことでしょ)
(俺があいのことばっかり考えているみたいな言い方して!)
(え、違うの?)
(……違わないけど)
(認めたー! で、今日はどんなこと考えてたのさ)
(教えない)
(ニノの独占欲もここまでくると気持いいね。笑)
(たまには遠慮してくれてもいいんだぜ)
(これからも見せつけてやりますよ)
(ニヤッと笑うんじゃねーよ!)
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