再会


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「大阪支社から異動になりました

錦戸亮です」



そんな挨拶があってからどれくらいだったのか、私の目は一点を見つめたままだった。ふわりとかきあげられた前髪、オフィスカジュアルなジャケットにパンツ。息のつまりはなかなか取れなくて、ここにいるはずがない人だから。この場から逃げ出したくなる衝動に駆られた。なのに足は縫い付けられたように動かない。顔を逸らしたいけど、目線すら逸らすことを許してくれなかった。


「んじゃあそういう事やから松岡産業のオリエンテーションは15時。苗字、さっそくやけど錦戸も参加するから教えたってくれ。...苗字、苗字!」


「名前ちゃんっ、名前ちゃん」
『えっ』
「呼ばれてんで」
『あっ、はい』
「聞いてたかお前。松岡産業のオリテン、錦戸のこと頼むで!」
『...はい』


頭が真っ白になって、村上局長の言ってることなんて全く耳には入ってなくて、隣に居た丸ちゃんが小声で呼んでくれてやっと我に帰った。局長に移した視線を再び元に戻すと、目尻を下げてクスクスと笑っていた。

「解散」

部長の声にみんなデスクに戻っていった。局長のデスクの前に2人取り残されてずっと目が合ったまま、一歩一歩足が近づいてくる。目の前で止まって私の顔を覗き込むように見て口角を少しだけあげた。


「よろしく、苗字さん」
『.........よろしく』


"苗字さん"の慣れない呼び方に胸をしめつけられた。やっと絞り出した声は、彼に聞こえたのだろうか。

「錦戸さん!かっこいいですね!」
「あぁ、どうも」

女子社員である一条さんが彼と私の間に入ってキラキラした目をさせている。ふわふわと栗色の髪を揺らし、顎の下に手を組んで小さくぴょんぴょんと跳ねていた。

「錦戸さんのデスクこっちですよ!」

一条さんが空いているデスクにウキウキさせながら彼の手を引いた。彼、そういうの嫌いなのに。そう思いながら質問攻めを受ける彼の背中を見つめた。

「さっきお前の事聞かれてんけど苗字、錦戸と知り合いか?」
『あぁ、まぁ昔ちょっと』
「昔の男か」
『...違いますよ』

局長の言葉を聞いた瞬間ドキッとした。勘がいい人だってすっかり忘れてた。村上部長が言う通り、亮は大学時代付き合ってた元カレなんだから。