手繋


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先日の残業の甲斐があってクライアントからも衣装のOKが出た。仕事を撮影隊に引き継いだものの、他の仕事はまだまだ山積みだ。とりあえず目の前にあるこの絵コンテを早く完成させないと、と思っていると局の扉が勢いよく開いて、忠義が焦った様子で入ってきた。


「名前、この間のflavorの衣装、今日撮影やねんけど現場に変更前のデザインが届いたらしいねん。」
『え?』
「クライアントご立腹で、撮影ストップしてんねん。衣装担当も変更聞いてない言うし、衣装に変更のメール便送った?」
「どうしたん」
『この間のflavorの衣装が旧デザインのまま撮影現場入ったんだって』
「何で?」
「衣装側は変更の内容なんて聞いてないって言ってて」
「この間メール便出したやろ」
『一条さん、この間のflavorのメール便2つ送ってくれたよね?』
「えっ、ごめんなさい!どっちもflavorにおくっちゃいました」
『ごめん、忠義。うちのミスだ』


時計を見てみると、撮影開始時間から10分程すぎていた。新しく服を見積もっている時間はないし、クライアントの要望をこちらのミスでなしにする訳にはいかない。どうするのが適切なのか頭をフル回転させた。


「なぁ、...似たのならあるかも」
『えっ?』
「この間妹の結婚式が同じ様なドレスやってん。確かレンタルショップやったと思ってんけど...あっ、上野や」
『こっから30分...撮影所は?』
「秋葉原」
『1時間以内に届けられるかも』
「名前行くで」
『あっ、亮待って!忠義、1時間待ってもらうように連絡入れといて!』
「......」


無意識だった。忠義がじっと、私と亮が出ていった扉を見つめていたことなんて、全然気づかなかった。


「大倉、早よ連絡せんでええの?」
「...なぁ丸、あの2人ってあんな仲良かった?」
「大倉も妬いてるんや」
「大倉もってなんやねん」
「まぁ、あんだけ2人でバリバリ仕事してたら仲良くもなるやろ。凄いねんで、あの2人が共作のCM」
「知っとるわ」


そんな会話が行われていることも知らず、亮とタクシーに飛び乗った。タクシーの中で亮が妹に連絡をとって、お店の名前と住所を教えて貰った。間に合いますように。と願いながら、流暢な関西弁を耳に、外の景色を見つめた。



『ごめんね、迷惑かけて』
「いや、朝確認せんかった俺も悪いわ」


レンタルショップに着いて衣装を確認した。似たようなドレスと亮が言っていた通り、デザインの位置など正確さを求められれば却下されてしまうが、形や色味は申し分なかった。会社を出てから30分、スタジオまで急ぐ。こういう時に限ってタクシーがつかまらない。「走った方が早いわ」と言う声が隣から聞こえ衣装が私の手から亮の手に移った。





『...えっ』





衣装の代わりに私の左手を握ったのは亮の手で、そのまま手を引かれて走り出す。昼間の東京は人で溢れていて人を縫うように走っている私達は、どっかの映画だかドラマに出てくるんじゃないかと思うくらいのシチュエーションだった。私の左手は夏という気温のせいなのか、それともこのドキドキした気持ちのせいなのかどんどん熱くなっていく。恐らく後者とはわかってた。男の人の足ならもっと早く走れるだろうけど、こんな時に高いヒールを履いていた私に合わせてくれているのがわかった。久しぶりに握った手は、あの時よりも少しゴツゴツしていて"男の人"の手だった。


『あっ...!』


手を引かれて走っている途中、ヒールが折れるなんていうまたしてもドラマみたいな展開に、仕方がないと靴を脱いで再び走り出した。大きな荷物を持つ男とストッキングのままで走る女は、周りからみたら変な人かもしれない。振り返る人もいただろうけど、そんなことは気にしていられなかった。


「はぁ...はぁ...ここや」


どれだけ走ったのかはわからないけど、1棟とビルの前に着いた。まだ整わない息づかいのまま、片方折れてしまったヒールを履いて中に入る。


「eight agencyの錦戸と苗字と申します。遅くなって申し訳ありません。ドレスなんですけども、代わりのものを用意いたしました。ご確認いただけますでしょうか」
『申し訳ございません、私の「僕の確認ミスです。他の業務が重なり確認を怠りました。申し訳ございません。」
「とりあえずいいよ、撮影が先だ。変更後とのイメージも似てるしこれで撮ろう」
『ありがとうございます』
「ありがとうございます」

無事に撮影が終わってなんとか帰社出来ることになった。クライアントも衣装を気に入ってくれた。撮影所を出るともう夕方になっていた。

『亮、ありがとう。ごめんね』
「ええよ、俺も悪かったし、もう済んだことやし。それより、靴」
『あぁ、そうだ。さっきヒール折れたんだっけ。どっかで買わないと』


自分の足元を見て、忠義に買ってもらったお気に入りの靴だったのにな...と思いながらも、折れてしまったら履けないしと新しい靴を買うことにして、亮にも付き合ってもらって帰り道にあった靴屋に入った。


『あ...かわいい』


お店に入ってどれにしようか物色していると1つの靴に目が止まった。キラキラしていてオフィスカジュアルにはちょっと違うかな?とも思うパンプス。でも、なんだか吸い寄せられるようにその靴に目が行った。

「それ?」
『あぁううん、かわいいなとは思ったけど会社に履いていくにはちょっと派手かな』
「ええやん、これで」
『私の話聞いてた?』
「一条さんもっと派手なの履いてたで」
『そうなんだけど...』
「なら決まり」

亮が私の横に来て「靴くらい派手でもええやろ」と言うとそのパンプスを持ってレジに向かっていった。

『えっちょっと!』
「ええから黙って座っとけ」

レジから戻ってきた亮の手にはさっきのパンプスが値札を外されていて私の前にポンと置いた。



『買ってきてくれたの?ごめん、いくらだった?』
「いらん」
『えっ、でも』
「さっさと履け。行くで」

お店を出た亮を見て急いでパンプスを履いて後を追いかけた。「ありがとう」というと「おう」と小さな返事が返ってきて、照れた亮の顔に小さく笑った。