夜星
▼ ▲ ▼
「名前」
『忠義、どうしたの?』
亮が転属してきてから1ヶ月程だった頃、やっと動揺していた気持ちが落ち着いてきた。絵コンテのスケッチをしていると忠義が慌てた様子でオフィスに入ってきた。
「flavorの衣装なんやけど、この間のドレスやなくてもっと派手なのがええってクライアントが」
『えっ、今から?』
「直せる?イメージに合うやつ」
『...うん、わかった。でもそれなら少し内容いじらないと』
「クライアントと打ち合わせしてる時間ないねん」
『そしたら今日中に仕上げて朝一でメール便で送っとく』
「よろしく」
小さい我が会社では、1つの部署での仕事が多い。クライアントからの変更は珍しいことではないけれど、他の仕事が立て込む今は困った変更だった。営業担当は忠義で、なかなか大きな会社との契約がとれたと喜んでいたことを思い出して、すぐに了承した。
「いつ見ても絵になるよなーあの2人。なぁ?」
「さぁ」
「あ、亮ちゃん妬いてんねやろ」
「何で俺が妬くねん」
「付き合ってたんやろ?名前ちゃんと」
「何で知ってんねん」
「んー?なんとなく。眉間に皺よってたで、ギューって」
「うるさい」
そんな会話が行われていたことなんて全く知らず、「残業になったら手伝うから言うてな」と笑顔を残した忠義の背中を見送った。
『錦戸さん!』
「ほら、お呼びやで」
この仕事は亮と一緒にやってた仕事で、2人でまた衣装を考える。終わったのは日付が変わる時間で、やっと完成したイメージスケッチを封筒に入れた。クライアント側に送る封筒には絵コンテも一緒に。朝一でメール便を出せば、とりあえず衣装の作成も撮影には間に合うだろう。
「一条さんに朝一でメール便出して貰ったらええやろ」
『うん』
亮が一条さんのデスクの上にクライアントと衣装会社宛ての2通の封筒を置いて、ポストイットを貼り付ける。事務の一条さんはこういう事も仕事だ。自分でやれよ、と思うかもしれないけど、明日は朝一から私も亮も別案件で忙しい。椅子の背もたれに背中を預けて伸びをすると、亮がコーヒーを差し出してくれた。
『ありがとう』
「もう終電ないな」
『あぁ、本当だこんな時間』
「今日もソファーやな」
昼も夜もなく時間に追われるこの仕事は、家に帰れない事も珍しくない。今度仮眠室を作ってくれと社長に頼もうと思う。みんなが帰ってからふたりで考え出した衣装は、空腹も忘れて作業をしていたから気が抜けたのか、空っぽの胃が悲鳴をあげそうだった。
『コンビニ行くけど何かいる?』
「こんな時間に危ないやろ。一緒行くわ」
エレベーターで下に降りてみると、昼間は賑やかなオフィス街も人気も無くしんとしている。上を見上げれば、ビルの隙間から見える空にキラキラ見える星は、なくなんだか不吉なほどに曇っていた。
コンビニに着くと、お茶とお弁当やおにぎりが並ぶコーナーでカロリーと時間を考えながら選ぶ。隣の麺コーナーには亮がいて、冷やし中華を手にとっていて、あぁ、付き合ってた頃も焼きそばか冷やし中華ばっかり食べてたな、なんて思い出して小さく笑った。
「なんやねん」
『食の好み本当かわってないなって』
「そういうお前もかわってないやんけ、おにぎりは明太子」
『鉄板だよ?』
お会計を済ませて会社に戻った。空腹を満たし、ミーティングルームで向かい合わせになっているソファーに横になった。やっと横になれたという安堵感で、すぐに瞼が重くなって目を閉じた。