5話


寒さに目が覚めた。くしゃみを一つして寒さのあまり身震いをする。ぼんやりと意識が覚醒してきてぼぅっとしながら私はどうしてここにいるのか…と考えた。そしてすぐに気づいた。
アレッ!?!?私自殺したんじゃなかったんです!?!?!?一度思い出せば芋ずる式に記憶は掘り返され、いきなりコナンの世界にトリップしたこと、戸籍や住所がないことやもしかしたら死ねば元の世界に戻れるかもという淡い思いを抱いて自殺を図ったことを思い出す。死んだはず。そう、私は間違いなく海に飛び込んで死んだはず。なのに………

どうして生きてる!?!?!?

慌てて飛び起きれば、どうやら私は壁に寄りかからるように寝かせられていたようだった。
無理な姿勢で寝ていたからか、腰が痛い。あまりの訳の分からなさにパニックを起こしながら周りを見る。が、あたりには薄暗い闇が広がっていて何も見えない。
そう言えば、飛び込む前。安室さんを見た気がする。あれが私の幻想でなければあれは安室さんのはずだ。なぜ彼があそこにいたのか、そして私に駆け寄ってきていたのかはわからない。まさか偶然居合わせたとか?いや偶然であんな辺鄙な海、しかも夜に出会うか。おまけに私と安室さんはほぼほぼ同じ時間に喫茶店をあとにしている。彼が急いで追いかけてこない限り偶然出会ったというのは無理がある。
ではなぜ……。もちろんだが私と安室さんは面識がない。いやあるにはあるがそれはついさっきの話、私が初めて行った喫茶店での話だし知り合いという程の仲になったわけではない。というより私はこの世界に先程来たばかりだ。安室さんと面識があるはずがないんだよな〜〜〜〜〜〜!!!
寒さを感じてまたひとつクシャミをした。そこで、私はなぜ寒さに震えているかに気づき、そして唖然とした。待って………私、着てない!!!!いや着てるには着てる!!!けど自分の!!!服ではありません先生!!!!どういうことですか!!!!うっすらと差し込む月夜の光で確認するがどう見ても自分の服ではない。百パーセント違う。私こんなシンプルなTシャツ着てなかった。しかもサイズがめちゃくちゃでかい。流石に三回目の衣替えを容認するわけにはいかず混乱したままでいると、近くで気配が動いた。誰か、いる。

「起きた、のか………?」

その声は私の大好きな人の声で、そしてここにいるはずのない人のものだった。
思わず驚きのあまり硬直していれば、私を見つめているらしい彼がこちらに向かって歩いてきた。少しずつ目が慣れてきて周りの状況が分かってくる。ここは………岩穴か……?凸凹とした壁に覆われていて、奥の方は月の光が届かず鬱屈としている。
コツコツとした静かな足音が洞窟に響く。そして予想通り、姿を現したのは私の大好きな彼、安室透その人だった。

彼の声は酷く動揺していたようにきこえ、力なく、虚ろだった。あ、あむぴのそんな声聞いたことないですけど………。しかしこれは一体どういうことなんだ?そもそもどうして安室さんがここにいるんです????考えても考えてもわからないことばかり。疑問は尽きないし尽きないどころか疑問しかわかない。なんてこった。どうして安室さんがそんな声を出すのか、そしてどうしてそんな顔で見るのか。私は全くわからない。そもそもどうして彼がここにいるんだ。混乱しすぎて何も言えずにいる私を見ると、彼は怒鳴るように声を荒らげた。その顔はやはり焦燥に染まっている。

「どうして……どうしてあんな馬鹿なことをした!!!」

「っ、」

いきなり彼に怒鳴られ、思わず体が固まる。ひ、ひぇ……怖…怖すぎる。意味がわからないし怒鳴られるしで怖すぎる。だけどどうして私は彼に怒鳴られているんだ……アッあれか…自殺図ったからか…そうかなるほどな…。正義感の強い安室さんは多分自殺とか許さないだろう。なるほど、それで怒っているのか……。
しかしそうすると、若しかしたら本当に私と彼は偶然に出会ったのかもしれない。彼は表向き探偵業をやっているがその実公安だし、どこにいたっておかしくない人だ。確率的にはめちゃくちゃ低いし宝くじに当たるかどうかってくらい低いだろうけど、確率はあるにはある。もしかしたら本当に偶然出会わせてしまったのかもしれない、多分。そして今にも飛び込みそうな私を見て慌てて声をかけた……そんなところだろうか。彼はどこからどう見ても正義の人だ。そんな彼が、入水自殺などみすみす見逃せるわけ無かったのだろう。
ひ、ひぇ…申し訳がなさすぎる……彼に見つかってしまい、要らぬ心労をかけたとか本当に土下座ものだ。彼に見つかってしまったとか、本当になんて運がない。こんな偶然…あってたまるか!!!絶対誰にも迷惑をかけない死に方をするつもりだったのになんてこった……最推しに迷惑かけてしまったんじゃ死んでも償いきれねぇ……ほんっっっとうに申し訳ねえ………。

「ご、ごめんなさい…」

とっさに謝れば、彼はずかずかと歩いてきて私と目線を合わせた。合わせ……あわ、

「っ……!?!?!?」

待って、なんでこの人!!!!上裸!!!!さっきは薄暗かったせいで気づかなかったけど、上!!!!この人!!!きてない!!!下は細身のデニムパンツという格好だが如何せん体が良すぎて言葉を失う。こんな状況だけど待って……現実問題とか状況とかが全部すっぽ抜けてその体に視線がロックオンされる。はちゃめちゃにえろい……待って……どういうこと……なんでこの人脱いでるの……。…………ンッ!?もしかして今私が着てるのって:安室さんのTシャツ。
ンッン〜〜〜〜〜!!待って〜〜〜〜待ってくださいなんてこった〜〜〜!!!!!過呼吸を起こしそうになった。私が着てるのもそうだけどまず第一に視力の暴力がひどい。ほんと待って、やばい。
私、私あむぴの服着てるよ〜〜〜〜〜しかも目の前には裸のあむぴ(上半身のみ)。これは言葉を失っても仕方ない。
どうしよう!!!推しの体が!!!いい!!!
もはや混乱を通り越して泣きそうになった私だがなんとか踏ん張った。ここで泣くわけにはいかないら。しかも安室さんの体が良すぎるとかいう理由で。私の涙腺頑張れ頑張ってくれ……と念じていた私だが今度は鼻の奥が熱を持ちはじめて慌てて口を噛み締めた。唇が切れたかもしれない。地味に痛い。しかし涙腺に気を取られて鼻血出すとか勘弁してくれ。泣くのも嫌だが鼻血吹くのはもっと嫌です。推しの前で興奮して鼻血出す女とか……勘弁してください………。
しかし泣かずに鼻血も出さなかった私えらい。ほんと、えらい。そして安室さんはえろい、マジでエロい。褐色色の肌に筋張った筋肉と形のいい鎖骨が浮き出ていて目のやり場がない。待ってしかもちく、ちくb……いけないこれ以上はいけないぞ正気を保て私……!
そんな邪な感想ばかり抱いていた私だが、その間彼は私に何か話しかけていたらしい。ごめんなさい何も聞いてませんでした……。

「聞いてるのか!?」

聞いてませんでした!!!
ドンッと勢いよく私の横の壁に手をつかれ、いきなり距離がさらに近くなった。ウッワ!!!!無理!!!死ぬ!!!救心!!!!!
私はなるべく彼の素肌を見ないようにしつつ、おずおずと口を開いた。

「あの……どうして、ここに?」

恐る恐る聞けば、つり上がったまゆがさらに寄せられて、そして盛大にため息を吐かれた。なんですか…………。

「そんなの、お前を追ってきたからに……決まってるだろ」

その顔は少しバツが悪そうである。

「そうなんで……………は!?追ってきた!?」

「…悪い。だけど……もう一度、もう一度だけ、チャンスが欲しかったんだ」

「待っ………て待て待て待て」

どういうことだってばよ。安室さんは目を伏せながらどこか自嘲げに笑ったが私は絶賛混乱中です。もう一度って何ですか私とあなたは初対面ですよ!!!

「………勝手に振っておいてよく言うと思う、自分でも」

「…ん?」

「だけど、僕は今も君のことを愛して、」

「待って!待ってください、待って!!」

慌てて彼の胸を押しのけけようとして素肌に手が触れて慌てて両手をあげた。ヒィッ!!!!!待って私は何もしてません!!!何もしてません!!!のポーズだ。無実を証明するように両手をあげて万歳しながら私は混乱した頭で考えた!考えたがやはりわからない!!!なんてこった!!!この頭がぽんこつなばかりに!!
待て、落ち着け、よく考えるんだ。安室さんは何を言った?ぽんこつ?違うそれは今私が思ったことだ。えっと……そうだ、ふった………振った!?誰を!?私を!?!?会話の脈略的にそうとしか取れないな!!!エッでも安室さんが!?私を!?なるほど確かに降られて然るべきですが待て、私と彼は初対面じゃないですか!?!?
い、意味がわからない……。

「安室さんが、えっ………えっ?」

「安室……?きみは俺のこと、零くんと呼んでたよな…」

「零く……!?えっ…待って、どういうこと………!」

零くんだなんてそんな恋人ポジっぽい呼び方!?!?!?!?ちょっと待って誰か翻訳を連れてきて意味がわからない(2度目)
混乱が混乱を読んでパニックを起こした頭で彼を見れば、彼も彼で私の反応を信じられないという目で見ていた。お互いびっくりである。しかしその驚きの理由は全くの逆だからやはり意味がわからない。思わず彼が上半身裸なのも忘れて慌ててその旨を押し返そうとしたがその素肌に触れて悲鳴をあげた。ひっぎゃぁ安室さんの!!肌!!!やばいめっちゃつやつやだし柔らかいしなんか吸い付くような質感だしって私は変態か落ち着けそして学習しろ!!!慌てて片方の手で自分の頭を抑える。色々起こりすぎて頭が痛い。そしてやはり何も思い出せない。当たり前だ。だって私と彼は今日あったばかりなのだから。

「わ、私は今日、初めて安室さんと会いました…!」

声がひっくり返りそうになりながら震える声で話す。そうすれば彼が息を飲んだのがわかった。顔が見られない。色々と頭が追いつかなくて、足元の地面を見つめているのが精一杯だった。息をするのも苦しい。訳が分からなすぎて頭が爆発しそうだ。割とマジで。

「きみと俺は、高校の時に会った…」

「っ、な、どういうことですか!?私が高校生の時って……そもそも安室さんを知りませんでしたよ!?」

そうである。私が彼を知ったのは、というか名探偵コナンという作品にハマったのが三年前なのだから。高校はとっくに卒業していた。

「きっと、君は忘れてるんだ……」

「忘れてる?」

喉が乾いてカラカラする。細い声で聞き返せば、しかしそれには彼は答えずそのまま言葉を続けた。

「………俺と君は大学生になって付き合い始めた。至って普通の、学生の恋愛だ」

「………?!」

ど、どういうことなの……。とっさに顔を上げて彼を見たが、しかしその時後悔した。見なければよかった。彼は、ひどく苦しそうな、悲しそうな顔をして私を見ていた。見ている私の方が胸が苦しくなるような表情だった。

「………自分の名前は?言える、のか?」

安室さんが恐る恐る、と言った感じで聞いてくる。その声に少しだけ落ち着きを取り戻して、こわごわと口を開いた。途切れ途切れに名前をいえば、彼は目を閉じてその言葉を反芻するように息を軽く吸った。

「…名前は、あってる。よかった、全部忘れたわけじゃ…ないんだな」

心底ほっとしたような声。わけが、わからない。

「私忘れてなんか」

「いいや。覚えていない。それなら俺とのことも忘れるはずがないから。……なあ、お前、中学校と高校と大学の名前、言えるか?」

「…!」

私の声に割り込むように聞いてきた彼にとまどいながら口を開いた。言ったって多分存在しないぞ…?だってこの世界にはない学校だし……そう思いつつも黙ったままでいるわけにはいかないから記憶をたどって名前を言う。そうすれば彼はすこし難しい顔をしながら携帯電話でなにか調べ始めた。多分、私の中学や高校を調べているのだろう。

「………ない、な」

「……」

知ってた…知ってました……。
彼は勘違いしているのだろうか?私と似ている誰かを元カノだと思って……?でもそれには矛盾が発生する。なぜなら、彼は私の名前を知っていた。他人と勘違いしているとは思えない。もしかして、同姓同名の別人…?考えながら黙り込む。安室さんは終始静かに私の話を聞いていた。

「……お前と俺は、同じ高校に行ったんだ。中学と大学は違うとはいえ、高校の名前は同じはずなんだよ」

「…………人違いじゃ、ないんですか?」

諭すようにいう彼に、わたしは震える声で返した。状況が把握出来ない。だって私は、安室さんと高校生活を送った覚えも、付き合った記憶ももちろんない。あったら妄想癖を疑わなきゃいけないところだ。
つい昨日まで会えるなんて思ってなかった。
逃げるように顔を伏せた私に、彼は肩をぐっと掴むと覗き込むように私の目を見てきた。力強い瞳が私をまっすぐと射抜く。思わずその強さにドキりとした。

「人違いなわけ、ない」

「………同姓同名の他人かも」

「こんなにそっくりな他人がいるか」

「だって…!私、何も知らない。覚えてない。わからないんです……!いきなりいわれたって、」

ただでさえ今さっきまで死のうとしていたんだ。この後のことなんか考えてるわけない。これからどうやって生活すればいい。家もないし家族もいない。彼の話す“私”が誰かもわからないなんて気持ち悪い。気味が悪い。自分がわからない。泣き出す寸前のような顔になっている自覚はある。でももう限界だった。たったひとりで意味のわからない世界に放り出されて、いきなり自分とは違う自分の話をされて。もう訳が分からなかった。泣きたくなるのも当たり前だと思う。思わず唇を噛んで俯こうとすれば、不意に彼に抱きしめられた。ンッ!?!?待って力、強っ………!!きゅんよりも驚きよりも真っ先に苦しいと感じたのは私が乙女ではないからか、それとも安室さんがゴリラからなのか。多分後者に違いない。
しかも抱きしめられたせいでその、素肌が密着していてですね〜〜〜〜〜〜〜!?!?ひ、ひえっ……えろい、月の光に晒されたあむぴの背中がめちゃくちゃにエロい。やばい。ヨダレでそう、待って本当に官能的。いっそのこと泣きたくなってきた。骨が浮き出た肩甲骨に艶すら見える褐色の肌は本当にエッチだと思う。そもそも褐色って言うのがエッチだからね…仕方ないね……。
目に毒すぎて直視できる気がしない。私は目を瞑った。

「悪い、急かした…」

「安室、さ……」

「悪い。俺を呼ぶ時は…零、と、そう呼んでくれ。お前にそう呼ばれるよは……正直むず痒い」

「………」

安室呼び拒否された………でも零さんって呼ぶのは恐れ多すぎる。何様のつもり??って私の中のモブ女が顔を出す。しかし黙っていたら「なあ、」と急かされたので恐る恐る口を開いた。そして彼の名前を呼ぶ。や、ヤバい、世の女性たちに殺される……!!!命の危機に打ち震えていれば、安室さんにいっそう強く抱きしめられて思ったより早く命の危機に直面した。ウッハ!!!キツッ…しっぬ苦し!!!

安室さん ああ安室さん ゴリラかな……

まさかこれが辞世の句にならないよな……?

「……」

早く離してくれないかな〜〜!!!!さっきまで死のう死のう思っていた私だがまさかあむぴに抱きしめられて死ぬなんて……それはダメだ絶対ダメです。推しを犯罪者にするわけにはいかない。

「来たか」

そんなことを考え意識が飛ばないよう必死に気を張っていた私だが、彼の言葉によってハッと現実に引き戻された。彼の見る方向を向けば、光がポツリと見えた。どうやら船のようだ。……そうか。落ちた私を回収して近くの岩穴に入ったはいいが、周りは崖の絶壁しかなくて帰るに帰れなかったのか。少し泳げば近くの砂浜が見えてくるはずだが、この暗闇の中、しかも普段着で泳ぐのは危険すぎる。というか普段着とか百パーセント溺れるしなんなら私まずそもそも泳げない。彼が呼んでくれたのであろう救急船に助かった……と思いつつぼんやりと見つめていれば、その時、トスッという軽い音が聞こえてきた。あれ??そう思った次の瞬間、意識がぐらりと揺れる。アッ手刀落とされたんやなって気づいたのはすぐだった。手際良すぎかよ流石すぎる………そう思いつつ体を傾かせ、意識が薄くなっていく中、

「悪い。少しだけ、このままで……」

という安室さんの申し訳なさそうな声が耳に落ちてきた。ひえっ…耳元に安室さんのイケボとかトキメキで死ぬ………。しかも安室さんなんか…いい匂い…する………よう………な。私はそこで意識を手放した。