1話

名探偵コナンの世界にトリップした、と気づいたのは割とすぐだった。

音楽を聴きながら慣れた足取りで家に向かっていれば突然見たことのない風景があたりに広がった。おかしいな、と感じてナビアプリを開けば現在地には見たこともない名前が記載されている。

いや、見たこと、あるな……?もっと言えば毎夜毎夜某小説サイトで目にしていた言葉だ。毎日某創作系サイトにお世話になっていた身だ。二次創作の知識については自信がある。そしてこの状況には大いに既知感を感じた。待って、まさか、まさかね……?恐る恐るナビアプリを終了させてネット検索サイトを広げる。頼む嘘だと言ってくれジョニー……!

実は今日仕事でやってはならない、割とやばめなやらかしをしてしまってしょんぼりとしながら会社を後にしたのだが、それも今ではふっとんだ。
さっきまで仕事辞めて〜〜〜〜〜〜〜〜誰か養って〜〜〜〜〜〜!とか思っていたのだがそんなこと言ってられなくなった。
逸る気持ちを抑えながら検索画面にとある文字を打ち込む。今私がいちばんハマっている『旬ジャンル』と呼ばれるそれ。子供から大人、そして大人だけではなくシニアにまで人気のある超長寿漫画は毎年映画を公開しているのだが今年公開した映画。それがやばかった。いや去年のも、もちろん今までのも全部やばかったしかっこよかったしきゅんとしたし最高だったんだけど今年のはいろんな意味でやばかった。何なら社会現象も起こした。

今年の春に公開された映画。
それはメガヒットをキメこんだらしくそのジャンルに溺れる女性が大発生した。そのキャラによって経済が回る、とまで言われテレビでも何度も取り扱われていた。私は元からそのジャンルに堕とされていたものではあったが、某SNSサイトで仲の良いフォロワーさんが次から次へと推しの女へと変わっていく様を見てニヤニヤしていた。
せやろ、いいやろ私の推しは……!ようこそ我が聖地へ!我が沼にいらっしゃいませ〜〜〜!と嬉嬉としてコメントを飛ばしていた。映画公開前に私とは違うキャラ推しの友人と話した時、絶対私の推しには惚れないと固い決意を決めていた彼女も映画を見た結果、あれはやばい、とうっかり本命の愛をぐらつかせていた。チッあと少しだったのに……と思わずにはいられなかったがそれ以上にそのコの推しへの愛をまざまざと見せつけられたので素直に幸せになって欲しいと思う。ちなみに彼女も私も俗にいう夢女子というやつです。
そんな世の女性を虜にしたキャラの名を“安室透”といい、その国民的アニメの名前は“名探偵コナン”。私が検索したのは名探偵コナンという文字だ。
ドキドキと嫌な音を立てる心臓を抑えながら検索画面を開けば、ガッデム。神は死んだ。
名探偵ホームズなら出てきたがコナンの文字はどこにもない。しかも検索欄に“未指定 コナン”と分類されていてコナンの部分が棒線で引かれている。つまりこの世に名探偵コナンというワードは存在しないのだ。それでもわらに縋る思いでネットをスクロールさせていけば一番下には、

“名探偵コナン に一致する情報は見つかりませんでした。

検索のヒント:

〜 キーワードに誤字・脱字がないか確認します。
〜 別のキーワードを試してみます。
〜 もっと一般的なキーワードに変えてみます。”

と無情に書かれていただけだった。絶望した。
そして代わりに毛利小五郎、と打ち込めば出るわ出るわトップニュースにまとめられているものからネット掲示板のものまで。
それらの殆どが彼を褒め称えるもので彼がいればどんな未解決事件も解決する、とまで書かれていた。随分大きく出たな。だがあの小さな名探偵がバックアップに付いている以上それもそうだな、と思わず頷いてしまう。
この名探偵コナンの世界において彼が解けない謎なんてないんだろうなぁ……。眠りの小五郎の実態、つまり裏で手を引いてる彼のことを思い出しながらページをスクロールした。そして気づいた。待って。私の家なくね???

「やば…………」

慌てて地図アプリを開いて住所を打ち込むも、なぜか鳥取県の山奥が表示された。
なんてこった。何でだよ。私は間違いなく東京に住んでいるはずなのになぜ鳥取県が表示されるんだ。
意味がわからず思わず表示されたところの名前を見てみればなるほど、地名が微妙に似ている。類似点があるということでここがピックアップされたのかなるほどなるほど…………いやつまり、そういうことは私の家がないってことでファイナルアンサー?
いやまじで???結構ふざけてみるけどこれはかなり大ピンチなのでは???いきなりホームレスになれと。いや嘘かよマジかよ信じたくない。
いきなり家なき子になったとか安○祐実もびっくりだよ………家なき子わからないお友達は御両親に聞いてみてね………。

しっかし、マジか。
驚きすぎて逆に冷静になってきた気がする。とりあえずここの場所はどこなんだろうと地図アプリで確認すればここは米花町一丁目らしい。コナンの地理なんか杯戸町と米花町しかわからない私だ。とりあえず近くの壁によりかかって地図アプリで周辺を確認する。今
更だけどスマホが使えてよかった………これで圏外とかだったら泣きながら警察に行くしかなかった。マジで。流石にこの年で駆け込み寺ならぬ駆け込み警察はしたくなかったので非常に助かった。

あとは硬貨の問題………だが多分日本だしきっと使えるだろう。というか使えてくれ頼む。手元にある諭吉さんの価値がいきなり紙切れ同然になるとか泣くしかない。そっと、近くに立っている自販機に恐る恐る五百円玉を投入すればウオッッッッッシャ!!!!!使えた!!!!!!神は!!!!生きてた!!!!!!ごめんよさっきは死んだなんて言ったけど生きてたんだね!!!!ありがとう!!!!でもいきなり名探偵コナンの世界に飛ばした時点でそっちが悪い!!!!

私は歓喜のあまり自販機の前でガッツポーズを決め込んでしまった。恥ずかしい。でもその時は恥ずかしさよりうんと嬉しさが勝ったので仕方ない。周りに誰もいなかったことだけが救いだ。これを誰かに見られてたら死んでた。ウワあの女怖………みたいな目を向けられずに済んだことにホッとしつつ、私は決めた。よし。とりあえずトリップしたことだしまずは推しに会いに行こうと思う。

あ、待ってその前に。
まずは私の過去の話をしてもいいだろうか。
秒ですますからちょっとだけ聞いてほしい。あのですね、黒歴史を暴露するつもりで言うのだが実は私、自殺未遂したことがあります、割とガチで。
あっ待っていかないでちょっと待って違うんです話を聞いて!!別に自殺未遂繰り返してるメンヘラじゃなくて普通に思いつめちゃってよし、逃げよう!と思ってやっちゃっただけなんですほんとうに。あの時はやばかった。なんなら警察まで呼ばれるわSNS系サイト全部バレて何故か印刷されて私の前に出されるわで色々と泣くかと思った。
今でもトラウマである。その時は何がなんでもしんでやるとまるで何かにとりつかれたように死ぬことだけ考えていたのだが、トリップして思った。住所不定家族とも連絡がつかない、(そもそもトークアプリ開いたらリセットされてた)友人もいない。銀行口座も使える気がしない。そもそもみず○銀行やU○J銀行が存在してない時点でお金引き出せられない。オワタ。さっき神様にありがとうと言ったな。あれは嘘だ。やっぱり神は死んでた。

私、推しにあったら死のう…………!
この世界で死ぬことによって現実に戻るかもしれないじゃん??何言ってるか分からないって?大丈夫。私も何言ってるかわからない。アレッこれ大丈夫とは言わないな???とりあえずポアロを検索しつつ死に方を選ぶことにする。というか地図アプリでポアロって検索かける日が来るとは思わなかった。やばい顔がにやける。
と、話を戻して。死に方、死に方なぁ……。正直首を吊るのがいちばん楽、というか意識がすぐに無くなるので楽なのだが、未遂した時に実はそれをやったので苦手意識、というか恐怖意識がある。前は勢いで吊ることが出来たが今はもう怯えちゃって無理だろうなと思う。じゃあ他にどうするか………これでも以前いろいろ考えたのだ。カフェイン中毒とか麻酔を打ってから包丁で刺す、とか。ほら刺すのって絶対痛いじゃん。だから麻酔ブスって打ってからがいいなあ…って思ってたんだけどこれ二人いないと出来ない奴だよね??てことで却下。カフェイン中毒もカフェインを手軽に入手できそうにないので無理。青酸カリとかも入手が難しいので却下だ。……となるとやっぱり首吊り………いやでも流石に二回目はちょっと……。そう考えた私は決めた。そうだ!!!海!!!海に飛び込めばいい!!!せっかく名探偵コナンという世界にいるのだからこう、ロマンのある死に方をしたい。死に方にロマンもクソもないって?まあまあいいじゃないか、私だって1回は漫画みたいな死に方してみたい。勢いというか覚悟が決まれば簡単だ。

私は地図アプリの無機質な音声案内を聞きながらポアロへと向かった。そして気づいた。……あれ、私、こんな服着てた?歩き出した足を止めて自分の体を見下ろした。袖がフレアになってる白シャツにマキシ丈のスカート。
最近流行りの格好だ。見下ろして、再度首をかしげた。おかしい。今日私はパンツスタイルの、割とカチッとした格好をしていたはず。こんなふわふわした服は着てこなかったと思うのに………。考えたけどやめた。
どうせ死ぬんだしもうなんでもいいや。思考の放棄である。めんどくさいので考えるはやめだやめ。それよりも入水する海を探さなくては。私は近くの海を検索し、交通のアクセスも探すことにした。