Magic Hour
新人調査員ヘンゼル
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木の陰で息を潜める。

「……」

見つめる先、いくつか隆起した地面からは木の根が見え、ところどころに穴が開いていた。こうして眺め続けてどのくらいが経ったろうか、不意に穴から小さな三角帽が覗き、辺りを見渡すように動いて外に出てくる。

(いたー!)

もっさりとした髭からは手足が生えて、鼻をくっつけ、三角の帽子を被せたそれ。一人と呼ぶべきか、二人、三人と穴から出てきてどこかへ向かう。音をたてないように木から離れて追いかけようとするが、急いでいる様子はないのにすばしっこい。

(グレーテル)

相棒の赤いムージを飛ばして追いかけてもらい、目印にしながらついていく。少し木々が開けてくると箒に乗って後ろ姿を追った。それにしても小さく速く、グレーテルがいなければとうに見失っていただろう。
やがて小さな泉に出て、小人たちは何やら石を選別するように触って回った。肩に戻ってきたグレーテルに礼を言い、もう少し近づこうとした時、

「うわっ!?」

うっかり飛び出した根に足を引っ掛けて転んでしまった。何をしているのだろうか。
途端に飛び上がって散り散りに駆けていく小人たちに罪悪感。

「ごっごめんね! 脅かすつもりじゃ、あああ……」

行ってしまった。いることがわかったのはいいものの、警戒させてしまったら意味がない。
頭を寄せてくるグレーテルに慰められ、ひとまず泉に寄ってみた。

(もう調査してあるかな)

とりあえず、と泉を覗く。

「どなたかいらっしゃいますか〜?」

声を掛けると、静けさの後「はい」と返事があった。泉の中から美しい女性の顔が現れる。

「何かご用でしょうか……?」
「あの、初めまして。森の外の七区にある、環境支局のヘンゼルといいます」
「調査員の方……初めまして……わたしはシンシアの泉に住む者です……」
「シンシアさんですか」
「お好きなように……」

首から上だけ出して頷く彼女は、どうやら環境局とは顔見知りのようである。ほっとして尋ねた。

「ここの石を、少しだけ持って帰ってもいいでしょうか? 性質が変わってたりするかもしれないので」
「お好きなように……」
「よかった、ありがとうございます」

石を拾うと、バッグの中の袋に入れて立ち上がる。時計を見ればそろそろ合流する時間だった。

「シンシアさん、ありがとうございました! よい一日を」
「はい、お気を付けて……」

転ばないよう、迷わないようグレーテルの力も借りながら元の道を戻ると、森の出口に近づいたところで黒い後ろ姿が見えた。

「カシュさんっ、お待たせしました! お疲れ様です」
「行くぞ」
「早っ……はい!」

慌てて箒に跨がり、さっさと飛び立つカシュに続いて地面を蹴る。
同じ鳥妖精であるカシュの相棒と戯れるグレーテルを微笑ましく眺めていると、カシュに尋ねられた。

「いたか? 森ポックル」
「いました! け、けどその〜……追いかけていたら気付かれちゃって、びっくりさせちゃって……」
「ハァ? 何してんだ」
「すすすみません気を付けます……! シンシアの泉の妖精さんに許可をもらって、森ポックルさんが触ってた石はいくつか採取してきました」
「まあいいだろ」

怖いが頼りになる背中を眺め、もう学生ではないのだと改めて思いを巡らせた。
気合いを入れ直すと、ふと前を飛んでいたカシュが肩越しに振り向く。

「オイ、こっちだ」
「えっ? はい!」

戻る先は七区にあるが、何故か隣の六区に向かうカシュを不思議に思いながら追いかけた。広場に降り立ち、歩幅の違いに慌ててついていく。

「カシュさん、どこに……」
「パン屋」
(あっパシられたんだ……)

不機嫌そうな声に察して大人しくしておいた。

「いらっしゃいませ〜」

扉を開ければ鈴の音が響き、店内の香ばしい匂いに自然と頬を緩める。
壁に貼られたポスターを何ともなしに眺めていると、商品棚の前にいるカシュに呼ばれて隣に立った。

「なんかいるか」
「いいんですかっ」
「おう」

なんという飴と鞭、と商品を眺めながら微笑む。

「じゃあコロッケパンとメロンパンを……!」
「あと、追加で全部一個ずつ」
「えっ!?」

驚いたのはヘンゼルだけで、店員は慣れた様子で全て袋に入れていった。全部と言ったらなかなかの数である。しかしながら、お使いの主がこの量を平然と平らげることはもう知っていた。
結局、頼んだパンたちは二つの袋にみっちり納まった。片方を受け取って再び広場から飛び立つ。

故郷を離れ、このヘードネーの地にやって来て一ヶ月。遠目にそびえ立つ立派な魔法局に所属してからも同じ時間が経つわけだが、未だ実感が湧かずにいた。故郷の村には風車くらいしか大きな建造物はなく、市街地寄りにあった魔法局も三分の一を満たすかどうか怪しいほど。
同じ国だというのに場所が変われば変わるものである。しかし今現在、既に後ろに広がる森とは全く違う景色を目にしているのだから、それも当然なのかもしれない。

「んなもん造ってどうすんだか」
「なんだか頑張ってますよね、魔法局」
「魔法使いは見栄っ張りが多いからな」

自分のことについてはどう思っているのやら、呆れたように言うカシュに苦笑する。
デュシス共和国に十存在する魔法局の中でも、このヘードネーの建物は新しい。様々な役割が存在する魔法局のうち一つ、環境局の調査員として採用されたヘンゼルは、れっきとした魔法局の一員である。本来であればこのまま魔法局がある四区のゲートハウスへ向かうところだが、配属された環境局第七支局はそこになかった。
緑を多く残す七区上空に入り、花で覆われた屋根を目印にして、支局のーーといっても、少し大きな民家のような事務所前に着地する。
箒から降りると、近くで遊んでいた可愛らしい兎獣人の子どもたちに声を掛けられた。

「カシュさんこんにちは!」
「おう」
「ヘンゼルさん、こんにちは!」
「こ、こんにちは!」

笑顔で駆け回る小さな獣人たちに、ヘンゼルも目一杯の笑顔で応える。名前を覚えてもらったことに感動しつつ、箒とパンを抱えながら扉を開けた。

「戻りましたっ」
「おかえりなさい、お疲れ様でした……なんですその袋は」

書き物をしていた支局長のミハイルが首を傾げるのに「パンです」と元気よく答えれば納得したように頷かれる。

「ああ、バルツァくんのお使いですか」
「まだ戻ってねえのか」
「そろそろ戻ってくるはずですよ」
「ただいまー」
「ほらちょうど」

扉を閉め、小さなブタ妖精を頭に乗せたままのソロンが二人を見て顔を明るくした。

「ありがと! 俺のお昼ー」

基、二人の手元を見て。

「テメェはそろそろ胃袋半分にしろ」
「二区のホロホロ串買ってきてあげたから許してよ」
「ホロホロ串?」
「ヘンゼルくん初めて? 食べな食べなー、美味しいよ」

手招きしたソロンはちょうどお昼だと椅子に座る。長いテーブルが二つ向かい合ってくっ付けられただけの各座席は、それぞれの作業と休憩双方のスペースを兼ねていた。
カシュとソロンに挟まれた自分の席につくと、こんがり焼かれた肉がいくつも刺さった串を差し出される。食欲をそそる香りに「いただきます」と口を開けた。外はカリカリ、中はジューシー。

「ん、美味しい!」
「ねー。あっカシュ、パン代。42コニスでしょ」
「コイツの荷物持ちパンで48コニス」
「え゛っ」
「オッケーオッケー」

てっきりカシュの奢りと思いきや、ソロンの懐換算だったらしい。さくっと支払いを済ませるソロンに頭を下げる。

「ごちそうさまですっ」
「いいよー。このパン屋さん安くて美味しいからね、またお使い頼むかも」
「任せてください」
「ミハイルは? お昼食べないの?」
「ええ、先ほどいただいたので。ありがとうございます」

書き物を進めるミハイルの向かいで、いつの間にかホロホロ串を食べ終えていたカシュが立ち上がる。

「隣行ってくる」
「もふもいひまふ!」
「食ってから話せ」

僕も行きます、と言い直してバッグを手に外へ出た。子どもたちはもうおらず、隣にあるドーム型の建物・通称研究室の扉を開けたカシュに続いて中に入る。
ふわふわとたくさん浮いている小さな綿妖精に出迎えられ、身体にくっつかれるのにも慣れてきた。ヘンゼルの三倍くっつかれても文句一つ言わないカシュに笑いを堪えていると軽く頭を叩かれる。同族には無情な男。

「オルト、いねえのか」
「あっ」

短い声が聞こえ何やら物音がした後、呼ばれたオルトがロフトに繋がる螺旋階段から降りてきた。ヘンゼルたちにくっついていた綿妖精たちがオルトの傍に戻っていく。いつも困ったような顔でおどおどしているが、仕事に対する情熱は確かな研究局からの派遣員である。

「お、おかえり」
「ただいまです!」

つい最近まで誰かの仕事についていくことがほとんどだったが、今はヘンゼル自身に任務を与えてもらっている。支局長であるミハイルが各自に割り振る仕事には、オルトからの依頼も含まれていた。
カシュが小さなケースを差し出す。

「《紫トカゲの尻尾》と《イリオウサギの血》」
「ありがとう……! 助かるよ……ええと、ヘンゼルくんは」
「依頼にあった《曲がりアカマツの樹液》と、《森ポックルの日中活動》が確認できたので、興味を持ってたシンシアの泉まわりの石を一応拾ってきました」

「えっ」と驚いてオルトが身を乗り出す。

「昼間でもちゃんと出てきたんだ……は、話せたりした?」
「あ、いえ……追い付いたところで、僕にびっくりして逃げちゃって」
「そうだよね……石かあ、食器作りかな……」
「なんだかいろいろ選んでるみたいでした」
「ありがとう、預かるね。ハア、髭一本でいいからもらえないかなあ……またお願いするよ」
「はいっ」



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