Magic Hour
新人調査員ヘンゼル
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事務所のほうに戻ると、カシュは休憩ついでの仮眠と二階に消えた。
環境局調査員の勤務形態はなんとも自由なものだった。特にこの第七支局に関していえば、与えられた仕事内容をこなせれば、休もうと書き物をしようと森へ出ようと街へ出ようと勝手なのである。
諸々支局長の裁量にかかってくるところだが、ミハイルの采配ぶりは見事なもので、一ヶ月ついて回った誰もが休む時は休み、動く時は動いていた。
とはいえまだ不慣れなヘンゼルはなかなか配分が掴めず、任務によって一緒に動ける先輩がいる時は行動を合わせていた。なんだかんだと皆面倒見がよくてありがたい。
ミハイルは書き物を続けており、ソロンは出ていったのか二階にいるのか姿が見えない。お駄賃にもらったパンをグレーテルにも分けてやりながら食べきると、眠気もなかったので苦手な報告書を書き進めた。
カシュが仮眠から戻って仕事に出ていき、夕方になると再び玄関の扉が開く。

「お疲れ様です。ただいま戻りました」
「おかえりなさい!」

清廉潔白な雰囲気漂う青年は総務局に所属する魔法使いだが、研究局所属のオルトと同じく、この環境支局に派遣されている。

「お疲れ様でした、ガラニスくん。長旅でしたね」
「ありがとうございます。本局は久しぶりだったものですから、いろいろと……お二人とも、お茶はいかがですか?」
「僕が淹れますルカさんすみません……!!」

帰ってくるなり奉仕精神を発揮する先輩に立ち上がるが、優しく肩を押さえられて座り直した。

「ヘンゼルさんの温かいお気持ちだけいただきますね。ゆっくりなさっていてください」
「はひ……ありがとうございます……」

耳元で囁かれると抗えないので不思議である。
ルカに淹れてもらった美味しいお茶を飲んで身体を伸ばすと、日没後にしかできない《星グモ五匹の捕獲》に取り掛かることにした。オルトが研究室でしばらく飼って観察したいらしい。見たことはないのだが、星のように微かに光っていること、いそうな場所は聞いている。この数日探したがなかなか見つからず、今日を最後にしたいところではあった。
箒に通したランプに明かりを点けて飛び立ち、星空を眺めながら森に向かう。

「綺麗だね、グレーテル」

森に近づくほど美しくなるような気もした。大地に根付いた木や草花には、魔法の源になるマナが溢れていると先生や書物から教わってきたが、実際はどうなのだろうと時折考える。
ヘンゼルの故郷はのんびりとしたままだったが、歴史の中で各地が発展を遂げ、いくつもの森を拓いてきたことは確かだった。それでも街で生きる魔法使いや小人たち人族、獣人族も、程度の個人差はあれど、魔法と呼ばれる力を持ち続けて暮らしている。
この世界とは、自分とは、なんのための存在なのだろうか。

夜の森は、昼とまた違った妖しい雰囲気が漂っていた。まだまだ新人のヘンゼルが夜一人で任せてもらえる仕事は限られてくる。森の入り口周辺で済む内容ではあるが、タイミングが合わなければいつまでも見つけられない。今日も見つからずとなれば日を改めて一晩中張り込むつもりだが、極力避けたいものである。

(ちょっと冷えるなあ)

グレーテルもフードの中に入っている。気候は故郷と大差ないが、早くも冬の訪れを感じてしまう。

「早くあったかくなるといいね」

フードの中がもぞもぞとして微笑する。
森に入ってランプを片手にしばらく歩いていると、不意に何かが前を横切った。思わず足を止めて、小さく聞こえる笑い声に気のせいではなかったことを確かめる。
静かだった辺りが急にざわめきだし、徐々に木の葉の擦れる音が大きくなっていく。

「こ……こんばんは、七区環境支局の者です。どなたでしょうか」

環境調査員の心得そのいち、危害を加えてこない森の住民に対してむやみに刺激、攻撃してはならない。フードから出てきて肩に乗るグレーテルを制する。
しかし怖いものは怖い。杖を取りたいのを我慢して周囲を見渡した。尋ねてもはっきりとした返事はなく、笑い声と葉擦れが不気味に響くばかりである。
引き返したほうがいいだろうか、と箒を握りしめたその時、膝裏に何かがぶつかってきた。

「わ゛っ!?」

背後からの衝撃と驚きで膝を折ると、今度は間近で笑い声。

「アハハは! 石ぶつけただけでビビってる、ダセー」
「なっなっ……あれ……?」

確かに声は聞こえるのだが、姿が見えない。

「ココだよ、ココ」
「ひゃっ」

突然目の前に姿を現したそれにまた驚いて笑われる。不気味な声の正体は、手のひらサイズの羽を生やした森妖精だった。

「アハは、ビビりすぎ、お前ホントに環境支局のヤツなの?」
「バッジ持ってます……!」
「うわホントだ、アハハは」

姿が見えてしまえばなんのことはない、見た目は可愛らしい小さな人型妖精である。グレーテルも主人をこけにされ地団駄こそ踏んでいるものの、先ほどまでに比べて警戒した様子はない。
馬鹿にされていることだけはわかるが、事実醜態を晒した以上撤回を求めることもできなかった。悲しい。

「最近ちょこちょこ見かけたから、そうだとは思ってたんだよなー」
「えっと……」
「支局のヤツで遊ぶのが好きなの、おれ。でも他のヤツは慣れてきちまったっていうか、脅かしがいがないっていうか」
「そうだったんですか!」
「まァ、お前みたいなビビり方するヤツもいなかったけどな! アハは」
「た……楽しんでもらえたならよかったです……」

妖精の言うことは鵜呑みにするなとも教わったが、ひとまず今すぐどうにかしてやろうというつもりはないらしい。ほっとして笑い返すと、妖精が笑顔のままじっと見つめてきた。

「?」
「お前、名前は?」
「ヘンゼルです、こっちは相棒のグレーテル」
「馬鹿正直なヤツだな〜……」
「えっ」
「あ、別に悪用したりしねえけど」

ニヤ、と笑う顔に悪用することもできるのだろうかと笑顔で固まる。
しかしどうやら本音らしく、妖精は地面に降りると笑って続けた。

「おれ、パルってんだ。よろしくな」
「パルさん。よろしくお願いします!」
「いーよパルで。んで? このところ何しに来てんだ?」
「えっと……数日ほど引っ越しをお願いしたい方々がいまして」
「いい、いい。聞き慣れてるから」

信じて話をすると、パルは「なんだ」と呆れたように森の入り口のほうを指す。

「もっとあっちだ。来る時見つかんなかったのかよ」
「いなかったような……光ってるって聞いたから、光を探してたんだけど」
「そんなギラギラしてねーし、そのランプも邪魔かもな。もっとよく見ねーと」
「すみません」
「仕方ねーなァ。案内してやるよ、ついて来い新人!」
「はいっ!」

颯爽と飛んでいく先輩妖精に駆け足でついていく。パルが特別なのかはわからないが、ヘンゼルにいろいろと教えてくれる姿はなんだか本当に楽しそうで、支局の調査員たちは信頼されているのだと実感した。
案内されたのはヘンゼルが通らなかった入り組んだ道のほうで、教わったまま明かりを消し、木陰でそっとしゃがんで待つ。足元に蓋を開けた小瓶を用意すると、グレーテルと反対の肩に乗ったパルが言った。

「アイツら言葉話せないからさ、捕まえたらおれがなんとなく伝えてやるよ。ちょっとは気楽だろ?」
「すごい助かるよ……! なんとなくでも意志疎通できるんだね」
「ホント、なんとなくな。ま、同じ家に住んでるようなモンだし。ヘンゼルだって、グレーテルの言ってるコトはわかるんだろ」
「うん、なんとなくね」
「それとおんなじ。……あ、ホラ来たぞ! よく見ろよ」

言われて辺りを見つめていると、ほんのり光った粒が点々と、木々を這いながら近づいてくる。目が慣れてくると確かに星が集まって移動しているようにも見えるが、さっさと歩いていては気が付かないかもしれない。
ギリギリまで待って杖を取り出し、星グモの群れに向けて小さく振る。

『こっちに来てください』

ふわ、と浮いた五匹の星グモが小瓶に吸い込まれていく。ごめんね、と蓋を閉めて、ヘンゼルに気づかず目の前を抜けていく星グモたちを見送った。小瓶を目の前に持って語りかける。

「びっくりさせてごめんなさい、ちょっとお願いがありまして……パルに通訳してもらいます」
「コイツら、森を守るためにいろいろ調査してんだよ。似たような場所作ってひと月ほど一緒に住みたいっていうからさ、ちょっと狭いかもしんねーけど協力してやってくれ。酷いコトはしねーから」

パルが瓶越しに伝えると、落ち着かないように動き回っていた星グモがだんだんと大人しくなった。

「つ、伝わった!」
「たぶんな」
「すごい……! パルってすごいね……! ヘードネーの森の妖精はみんなパルみたいなの?」
「いや、コイツらだって妖精っちゃ妖精だけど話せないわけだし……おれも全部知ってるわけじゃねーけどさ。人型のヤツはこんな感じじゃね?」
「すごーい」
「アハは、お前単純すぎ」

そうは言いつつ嬉しそうである。小瓶をそっとバッグに仕舞って立ち上がると、パルも肩から飛び立った。

「もう帰んのか?」
「うん、おかげさまで。いろいろありがとう!」
「おう! また気が向いたら、脅かしてやるよ」
「お手柔らかに……」
「アハハは、じゃあな!」

笑い声が森の奥へと消えていく。手を振って、入り口まで戻るとヘンゼルも箒で飛び立った。

「ヘードネーの森にも親切な妖精がいるんだね」

故郷にも小さな森があり、たまに入ると妖精も見かけた。あまり話しかけてきたり、近づいてきたりする妖精はいなかったが、上手く共存していたことを思い出す。

「アステリちゃん! あんまり先っちょ行くと落ちちゃうでしょ」

ふとそんな声が聞こえ、見渡すと後方をソロンが飛んでいた。白ブタのアステリを箒の先端から引き戻して抱っこしている。

「ソロンさん、お疲れ様です!」
「お疲れ様ー。ヘンゼルくんの後ろ姿が見えたから追っかけてきたよ」
「どこに行ってたんですか?」
「ちょっと奥のほう。月光タイマイに鱗粉もらいたくて」
「ゲッコウタイマイ」
「月が出てる時しか見えない蝶々なんだ。前に見つけたんだけど、その子はもう弱ってたからもらえなかったんだよね」
「確か、取りすぎると飛べなくなっちゃうんですよね」
「さすが、当たりー」

基礎知識を笑顔で褒めてから、何やらバッグを漁り始めた。片手でアステリ、片手でバッグと両手放しに平然と飛行する姿こそさすがである。ヘンゼルは低空で挑戦してひっくり返った覚えがある。
ソロンはそのまま大きめのサンドイッチを取り出すと、一つヘンゼルに差し出した。

「ご褒美。食べるー?」
「わあ、ありがとうございます! ソロンさんの貴重な食糧を……」
「一緒に食べたほうが美味しいじゃん、ご遠慮なく」
「いただきますっ」
「ん、ヘンゼルふんはは、どおだったの?」

頬を膨らませて尋ねるソロンに、かじったサンドイッチを飲み込んでから答える。

「星グモ探しに行ったんですけど、見つからなくて困ってたら、森妖精が助けてくれて」
「ん、助けてくれた? もしかしてパルかな」
「あっそうです! いろいろ親切にしてくれて、星グモさんに話もしてくれて……やっぱり皆さんもお知り合いなんですね」
「まあ見ない顔には大体ちょっかいかけてくるからね……うっかりしてた。悪性はないから誰もヘンゼルくんに教えなかったんだと思うけど」

その口ぶりに何かあるのかと瞬きすると、「あ、違うよ」とソロンが空いた片手を振る。もう食べ終えたのか。

「びっくりするだろうから、教えてあげといたらよかったなって思っただけ。悪い奴じゃないのはほんと」
「よかったです……」
「でもパル、初めましてで名前教えたんだね。珍しい」
「えっ、そうなんですか」
「うん、俺も初めて会った時は話してたら逃げてっちゃったし。でも確かに、ヘンゼルくんってなんか警戒できないかも」

納得したようなソロンの笑顔にぐさりと胸を刺される。

「それは……ビビりだからでしょうか……」
「ププ、なんか言われたの? そうじゃなくてー、見るからに悪意がないよねってこと。すごくいいことだよ」
「あ、ありがとうございます!」
「うん。でもさ、中にはそれを逆手にとって意地悪してくる奴もいるかもしれないから、信じる心は忘れずに、ちゃんと警戒はするんだよ」
「はいっ気を付けます!」
「いい子だねえ。ヘンゼルくんが来てくれてよかったね、アステリちゃん」

アステリはヘンゼルに向かって何度か頷くと、そのままソロンの腕の中で眠ってしまった。そう言ってもらえると、少しは役に立てているような気がしてくる。
ほっこりしたまま七区に戻り、ソロンと共に研究室に行って採取物を提出した。研究室で寝泊まりしているオルトは、この後夜通し作業するつもりらしい。事務所にいたミハイルももう少し残るとのことで、他のメンバーは皆帰宅したようである。
 
「俺かーえろ、じゃあねミハイル。ヘンゼルくんも帰る?」
「はい。ミハイルさん、お先に失礼します!」
「ええ、お疲れ様でした。ゆっくり休んでください」

外に出るとソロンが尋ねた。

「北のほうだっけ。俺こっちだから、気を付けて。またねー」
「お気を付けて!」

六区寄りで借りた小さな家には、事務所からゆっくり飛んで帰っても二十分ほどで着く。散歩気分で帰路を飛んで家の前に降りると、小さなポストの明かりが勝手に点いて迎えてくれた。
ポストを開けると、何やら封筒が入っており、手に取って差出人を確かめる。

“マルガレーテ・ダンネベルク”

「手紙……院長先生からだっ」

家に入り、部屋のランプを魔法で点けてから、箒を扉の傍に置いてベッドに腰掛ける。
封筒を開けると、丁寧に書かれた便箋が一枚入っていた。


ーー親愛なるヘンゼル そしてグレーテルへ

元気にしていますか?
魔法局のお仕事や 新しい家
ヘードネーの土地には慣れたでしょうか
院のみんなは 変わらず元気に過ごしています

長いお休みには ぜひ顔を見せてくださいね
ハンナや子どもたちと一緒に待っています
くれぐれも身体に気を付けて

マルガレーテよりーー


「よかった、みんな元気だって。返事、後で一緒に書こう」

グレーテルを手作りの止まり木に乗せ、夕飯を食べるか迷ってやめた。ソロン特製サンドイッチのおかげで腹は満たされている。
仕事はなんとかやっているし、ヘードネーはまだ行っていないところも多いが過ごしやすい。
新しい家、と改めて見渡すと、広い部屋ではないのにがらんとしている。小さなキッチンとベッド、書き物机があるだけの、静かな部屋。

「……一人でいると静かだなあ……」

なんとなく呟くと、グレーテルが飛んできて膝に乗った。嗜めるようなそれに思わず笑い、指先で頬を撫でる。

「あははそうだね、一人じゃなかった! ありがとうグレーテル……もう大人なんだから、ちゃんとしなくちゃね」

帰る場所があるというだけで、どれほど幸せなのだろうか。
たくさんのことを学んで、立派な魔法使いになった顔を見せたら、きっと喜んでくれるだろう。

「明日はちょっと早起きして行こうかな。また目覚ましお願いしてもいい?」

止まり木に戻っていくグレーテルの表情は、任せてくれとばかりに張り切って見える。頼りになる相棒が誇らしい。
ヘンゼルはランプの明かりを消すと、まだ少し冷たい布団に身体を潜らせた。

「今日もありがとう。おやすみ、グレーテル」




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