カレット
さん
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四階に到着しても、幸い朝比奈がギブアップすることはなかった。口を押さえてはいたが。
朝比奈が鍵を開け、櫻井がドアを開ける。

「お邪魔します」
「すみません櫻井さん、ありがとうございます……」
「いいから」

リビングと隣り合った寝室に入り、ベッドに寝かせてやる。朝比奈はほっと息を吐き出して「ありがとうございます」と呟いた。

「水持ってくる。キッチン借りるぞ」
「すみません」

朝比奈に許可を得て、櫻井は冷蔵庫を開けミネラルウォーターを取り出すとグラスに注いだ。ベッドに戻り朝比奈にグラスを手渡す。

「ありがとうございます」
「ああ」

朝比奈が水を飲む間、室内を軽く見渡した。男の一人暮らしにしてはかなり綺麗にしてあるほうだろう。
それにしても、新入社員でこの住まいとはと自分の同じ頃を思い出す。最初に住んだボロアパートが懐かしい。今にしてようやくこのマンションと同じ程度の部屋である。

「いいところだな」
「ああ……でも、俺はそんなにお金出してないんです」
「親御さん?」
「です。いいって言ったんですけど、ただでさえ慣れない仕事するんだから、家くらい落ち着けるところにって……一人っ子だからか、どうにも甘くて」

箱入り息子というわけか、と床に腰をおろしながら納得する櫻井。確かに朝比奈にはそんな雰囲気がある。
悪いことだとは思わなかった。頼れるならば、頼ったほうがいい。

「情けないですよね、社会人で親に頼るなんて」
「そんなことない、たくさんいるよ。それに親がそうしたいって言うなら、素直に甘えたほうが親孝行なんじゃないか」
「そうですか? 櫻井さんも?」

訊ねてきた朝比奈に、一瞬言葉を詰まらせた。
――俺は、

「……俺は……親不孝だな」

両親に、恋人の紹介すらできない。
華々しい結婚式も見せてやれない。

家を出たきり、連絡すら取れない。

「? 意外とワルだったんですか?」

グラスを口にあてながらきょと、とする朝比奈に毒気を抜かれた。
思わず笑って「違うよ」と答える。

「なんだよ、ワルって」
「え? ほら、学校の窓ガラスを割ったり、改造バイクで夜の街を走ってみたり」
「してるように見えないだろ」
「だから、意外とって言ったじゃないですか。でも、俺はちょっとそういうの憧れてました」
「学校の窓ガラス割って夜はバイク飛ばすのか? 朝比奈が?」
「似合わないですか?」
「似合わない」

そうかなあ、とやはり素行不良が似合わない顔で笑う朝比奈は、先ほどよりもだいぶ顔色が良くなった。気を張っていたのもあるのだろう。時計を見ると十一時を回っていた。長居するのも悪いかと腰を上げる。

「朝比奈、一人でも大丈夫そうか?」
「あ、はい。ありがとうございます、本当にご迷惑おかけしてすみません」
「これくらい迷惑に入らないよ。明日は休みだし、ゆっくりするといい」
「はい」

櫻井が部屋を出ると朝比奈も起き上がった。フラ、とする朝比奈の足取りを見て慌てる。

「大丈夫か」
「はい、鍵閉めないと」
「ああそっか」

朝比奈を見守りながら玄関で靴を履く。

「じゃあ、」

お大事に、と振り向いたところで、朝比奈が倒れ込んできた。危うく倒れそうになった櫻井だがなんとか堪える。

「ちょっ……朝比奈、大丈」
「すみません……急にクラッときて、」

そう言って顔を上げた朝比奈と目が合う。
思ったよりも近いその距離に、一瞬ドキッとした。が、それはすぐに心配に変わり朝比奈を起こす。

「戻ったほうがいいぞ」
「はい、でも一人で大丈夫です。本当すみません」
「そうか? 気を付けろよ、ベッドまで無事に戻ったら連絡入れてくれ」
「ふふ、櫻井さん心配性なんですね……」
「心配して当たり前のことを心配するのは心配性とは言わない。いいな、ちゃんと報告するんだぞ」
「わかりました」

朝比奈の笑顔に見送られ、櫻井はようやく部屋を出た。少しして鍵をかける音がし、エレベーターに向かう。
マンションの外に出てタクシーを待つ頃には、朝比奈からメッセージが入っていた。

『お疲れ様です。ちゃんとベッドまで戻れました!
今日は本当にありがとうございました。
タクシー代後日お支払いします、ご迷惑お掛けして申し訳ありません。
いただいたプレゼントも大切に使わせていただきます!
これからもご指導よろしくお願いいたします。
おやすみなさい』

(まじめ)

小さく笑って、タクシーが来たので乗り込むと、先ほどと同じ運転手でお互い笑ってしまった。
窓から見える星は綺麗で、返信を打ち込む。

『ゆっくり休めよ。タクシー代いらないから星見て寝ろ。
こっちこそありがとう、おやすみ』

(……ありがとう、か)

自分で打った文字を眺め、送信した。
朝比奈は恐らく、プレゼントを使うということに対しての礼だと思うだろうが。

(まあいいか)

朝比奈の柔らかい空気に癒されていることは、本人には秘密にしておこう、と携帯を仕舞った。
心地好い揺れの中で眠たい頭に浮かんできたのは朝比奈の笑顔と、

――『ごめん』

未だ静かに胸を蝕んでいく、いつかの消えない声だった。


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