カレット
なな
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古賀は近くに住んでいるらしく歩いて来ていたので、櫻井の車に乗せた。時刻は五時、先ほど直帰すると営業所に連絡は入れた。
助手席に乗った古賀が、エンジンを掛けようとする櫻井に「なあ」と声を掛ける。櫻井は手を止めて古賀を見た。古賀が言う。

「櫻井って……今恋人いるのか?」
「……え」

投げ掛けられた問いに、櫻井は思わず動きを止めた。

「……いないよ」
「まだ男が好きなのか」

古賀の言葉にかあっと顔が熱くなる。
一体何の意図があってそんなことを聞かれているのかわからなかった。
まだも何もない。
今までずっと、これからもずっと、櫻井に異性を愛することはできない。
古賀の物言いに沸き上がる感情は怒りに近く、櫻井は僅かに声を荒げた。

「言っただろ……、俺は、そうなんだよ。何が言いたいんだ」
「まだ」

古賀の目が僅かに細められる。

「まだ、俺を好きか?」

――何だって?
櫻井は目を見張った。茶化すでもなく、真剣な表情で櫻井を見つめる古賀。
まだ古賀を好きか。

「何、言って」
「居酒屋で会った時」

櫻井が同期社員たちと飲み会をしていた日のことだろう。
古賀の表情は真剣なままで、櫻井は黙ってしまう。古賀が続けた。

「驚いた。最近、お前どうしてんだろうって考えてたから……こんな風に会えると思わなかった」
「なに……」
「なあ櫻井」

まだ、俺を好きなのか。

問ってくる古賀に、櫻井は答えられなかった。
――何でそんなこと聞くんだ、
この数年、古賀を忘れられなかった。それは古賀が、櫻井にとって初めて恋を自覚した人であり、初めて自分から想いを伝えた人だったから。一時でも、櫻井に幸せな時間を与えてくれた人だったから。
古賀との他に恋を知らない。まだ好きか、その問いに否と答えれば嘘になると思った。

(だけど)

――まだ古賀を好き?
頷くのは躊躇われた。何より、何故、古賀はこんなことを。

「櫻井」
「俺は、ッ」

櫻井の顔に伸びた手が頬に触れ、古賀のほうを向かせる。

「……古賀?」
「……お前が変わってなくて良かった」

古賀の声が近い。
思い出す、あの時のこと。違うのは、櫻井を見つめる古賀の目。
何となく嫌な予感がした。
また傷付くのは、

「櫻井」

――いやだ、

「もう一回、俺と付き合う気、ないか?」

ああ、とどこかで思う。また心が腐っていく。ゆっくりと、不安と、恐れと、押し寄せてくる負の感情に沈んでいく。
駄目になっていく。

どうしてこうも、上手くいかないのだろうか。


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