カレット
なな
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店員の後ろについて歩きながら、櫻井は重く脈を打つ心臓に喉が詰まる思いでいた。
店員の足が止まる。

「ごゆっくりどうぞ」

奥の席で腰掛けて櫻井を見つめる古賀と目が合った。
二人きりになった後もしばらく動くことができず立ち尽くしてしまう。
古賀が笑った。

「突っ立ってないで座れよ、櫻井」
「……あ、ああ」

思っていたよりも屈託のない古賀の笑顔に、櫻井は椅子を引いて座った。ついさっきまで考えていたことが何も出てこない。
――何を話そうとしたんだっけ?
――どんな顔をしたらいいんだ?
口を開こうとしても言葉が浮かばない。
古賀もしばらく黙っていたが、やがてふと微笑んでメニューを開いた。

「久しぶりだな、本当。あ、別に仕事だからって堅苦しくならなくていいぜ。何か飲み物でも頼むか」
「……コーヒーで」
「じゃあ、俺も」

古賀が店員を呼んで注文し、鞄から資料を取り出す。それらがテーブルに並べられるのを櫻井はただ見つめていた。
――変わらないな。
社会人らしい雰囲気はあれど、大学生の頃と変わらない笑顔や声色。

「……それじゃあ……早速だけど、プランについて、話そうか」

櫻井が言うと、古賀は一度瞬きをして、「ああ」と笑った。
古賀の中ではもう、あの時のことはなかったことになっているのだろうか。
そうかもしれないと思った。それでもよかった。むしろ、そのほうがいいのだろう。
櫻井も今は、今だけはあの時を忘れたらいい。
話しているうちに段々とペースを取り戻した櫻井は、いつも通り自社の魅力を推し、隙のないプランを提案し、古賀を唸らせた。

「全部やってもらえるのか、すげえな」
「完成してからも定期的にコンタクトは取るから、何かあったらすぐに人を回すし、サポートもする。細かいところは職人さんたちと話し合って進めるのが一番確かだ」
「そうか」

順調に進む営業に、櫻井は息をついた。仕事として、営業相手として付き合っていくには、大丈夫だろうと思った。
櫻井さえ気にせずにいれば、あの頃、そう、大学で初めて会った頃のように。

「櫻井」

ビク、と膝にあった指先が反応する。古賀の声で呼ばれることに慣れない。
古賀は真っ直ぐに櫻井を見つめていた。

「場所、変えないか?」

――本当に、忘れてる?

微笑む古賀に、櫻井はどことなく胸騒ぎを覚えた。


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