カレット
はち
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櫻井の部屋に着き、鍵を開けて朝比奈を招き入れる。玄関の灯りがつくと、朝比奈が「お邪魔します」と上がった。

「では、櫻井さんは着替えてお布団にどうぞ」
「え、いや」
「大分熱あるんですから。すぐにご飯作って持っていきます、キッチンはこっちですか?」
「朝比奈、」
「任せてください、ちゃんとお腹に優しいご飯にします」

――物凄く張り切っている……。
笑顔で気合いのポーズを見せる朝比奈に水を差すのも何だか悪いようで、言われた通り寝間着に着替えると大人しくベッドに入って寝転んだ。一日の疲れがどっと全身を襲い、改めて体調を崩していることを自覚する。このところよく眠れることもなかった。この体調不良には様々な要因が絡んでいるのだろう。
恐らくは、一つのことが大きな割合を占めているのだが。

――『もう一回』

(無理だ)

今さら戻れるはずがない。
そう思っている。古賀のことは好きだった。それは確かに、まだ引きずるほどに。どこに行くにも何を話すにも、古賀とすることが一番楽しかったのは櫻井も同じだ。
きっと親友になら戻れる。
しかし、もう恋人には。

(……だけど)

古賀が戻りたいと言う。もう一度あの頃のように、櫻井と恋人になりたいと言う。
――これが最後のチャンスだったら?
この先、誰かに愛される保証などどこにもない。櫻井が自分から想いを打ち明けることのできる相手が他に現れる保証などない。
もしもこれが最後のチャンスで、本当に上手くやり直せるのだとしたら、

「櫻井さん」

突然目の前に現れた顔に心臓が跳ねる。

「あ……、朝比奈、どうした」
「すみません、材料見たらおじやにしようかなって思ったんですけど、食べられますか?」
「うん、ありがとう」
「よかったです」

安堵の笑みを浮かべた朝比奈が「少し待っててくださいね」とキッチンに戻っていく。無意識に詰めていた息を吐き出し、櫻井は痛む頭を押さえた。
考え込む自分に腹が立つ。さっさと決断したらいい、それなのに。



「お待たせしました」
「美味そうだな」
「お口に合うといいんですけど」

ベッドの上で行儀は悪いが、わざわざ持ってきてくれたのでそのまま食べることにした。スプーンで掬ったおじやを軽く冷まして口に運ぶ。柔らかい味が広がった。

「ん、美味い」
「ほんとですか、よかった」

嬉しそうに笑う朝比奈に櫻井も口元を弛めた。味に性格が出るのかと思うほど優しいそれに感心しながら食べ進める。しかし、隣で笑顔のまま櫻井の様子を眺める朝比奈に気が付き手を止めた。

「……朝比奈」
「はい」
「いや……その、飯まで作ってもらっておいて言うのもあれなんだけど、あんまり居るとたぶん移るぞ」
「あっ、そうですよね」

移ったら櫻井さんに気を遣わせちゃいますよね、と慌てる朝比奈にそういうことでもなくと頭を掻く。

「単純に悪いから、これだけしてもらって終いに風邪移すなんて……朝比奈のおかげでもう寝るだけだ、あとは一人でも大丈夫だよ」
「そうですか?」
「うん」

答えると、朝比奈は小さく唸って「わかりました」と言った。

「じゃあ、失礼しますけど……何かあったら連絡してくださいね、すぐに来ますから」
「うん、ありがとう」

ベッドから抜け出し、朝比奈を玄関まで見送った。歓迎会で潰れた朝比奈を部屋まで送ったあの夜とは真逆だなと内心苦笑しながら玄関に立つ。靴を履いた朝比奈が振り向いた。

「本当に無理しないでくださいね。明日の朝また電話します」
「至れり尽くせりだな」
「だって」

ふわ、と笑った朝比奈が櫻井の額に触れる。

「櫻井さんのこと大好きですから」

やっぱりまだ熱いですね、と手を離す朝比奈に、思わず言葉を詰まらせた。
玄関の扉を開けて朝比奈が言う。

「今日はゆっくり休んでください。俺じゃまだ頼りないと思いますけど、櫻井さんには三国さんも池谷さんも福本さんも、六花の皆さんついてますから」
「……ありがとう」

櫻井が呟くと、朝比奈は少しだけ照れたように笑い「おやすみなさい」と扉を閉めた。朝比奈の足音が遠ざかり、急に静かになる。
ゆっくりと、朝比奈に触れられた額に触れた。

(なんだこれ)

込み上げてくる気恥ずかしさに顔が熱くなる。熱のせいもあるがそれだけではなかった。
朝比奈の笑顔がまだちらつく。

(……優しい奴だな)

きっと、誰にでも。
自惚れるなと己を叱咤し、櫻井はグシャグシャと髪を掻いた。

「……シャワーだけ済ませよう……」

まだ火照る顔にため息をつき、櫻井は汗ばんだ寝間着を脱ぎ捨てたのだった。


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