カレット
いち
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「おはようございます」
「ああ櫻井、おはよう」

朝、櫻井がいつも通り営業所に行くと入り口で上司と鉢合わせになった。六花(ろくはな)営業所課長の筧(かけい)である。櫻井よりも十個上で、何かと仕事の相談に乗ってもらうことも多い。
筧はふと思い出した顔をして、ニヤと笑った。

「いや、主任とお呼びしたほうがいいのかな。よ、櫻井主任」
「やめてくださいよ」
「なんだ喜べよ、せっかくの昇進だぞ」
「嬉しいですよ、けど呼び方は今まで通りでいいです。落ち着かないので」
「ま、わからんでもないが」

俺もそうだった、と筧は笑ってドアを開ける。櫻井も後に続いて中に入った。

「おはようございます」

筧と櫻井が声を揃えてオフィスに入ると、既に居合わせた従業員たちから「おはようございます」と返ってきた。すぐにその中に見慣れない顔がいることに気が付く。

(新入社員か)

櫻井が察すると、営業部長の相沢(あいざわ)が「筧、櫻井」と二人の名を呼んだ。

「今日から新入社員がウチに一人来てくれた。後でみんな揃ったらまた自己紹介させるが、よろしくな」
「朝比奈です、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」

新しい仲間が来るという話は事前に聞いている。筧と櫻井が声を揃えると、朝比奈という新入社員はフワッと穏やかな笑みを浮かべた。これはすぐに事務の女子に気に入られる、と櫻井が予想した通り、既に視界の端では密かに黄色い声が上がっていた。なんとなく自分が入社した頃と重なり、少し懐かしさを感じる。櫻井のほうが朝比奈よりも緊張していたかもしれない。
やがて朝礼の時間になると皆が揃い、相沢が従業員たちの前で言った。

「さて、今日はいくつか連絡がある。まずは知ってると思うが、主任の嶋田が異動になったな。それで、今年度から櫻井が主任になった。櫻井、前に」
「はい」

呼ばれた櫻井は前に出て、皆に一礼する。

「今年度から主任になりました、櫻井です。第三グループリーダーも務めます、精一杯頑張りますので、ご協力、サポートよろしくお願い致します」

再び一礼すると拍手が起こった。皆が笑顔であることに安堵し、櫻井も微笑む。櫻井より年上でも肩書きのない者もいるため、若干の不安はあったのだが、今まで一緒に働いてきた仲間である。櫻井を妬むよりも応援、協力しようという姿勢が見られた。例えば櫻井より年下の者が上になったとして、櫻井自身やはり応援するだろう。そんな雰囲気がここにはある、だから働きやすいと改めて感じた。
相沢が言う。

「うん、いいな。じゃあ次、朝比奈前に」
「はい」

櫻井と入れ替わりで、今度は新入社員の朝比奈が前に立つ。朝比奈は穏やかな笑みのまま口を開いた。

「六花営業所に配属が決まりました、朝比奈隼人です。ご指導よろしくお願いいたします」

拍手が起こり、相沢が満足気に頷く。

「うん、うん。皆サポートよろしくな。あと、朝比奈は三班につくからな、よろしくな」
(なんでウチなんだろうか)

てっきり、主任になったばかりの櫻井がリーダーを務める班よりも、筧がリーダーの第一か、係長・日下(くさか)がリーダーの第二に行くものだと思っていたのである。新しい役職に新人の育成、しばらくは気を揉まれそうだと櫻井は内心で苦笑する。

「それじゃあこのくらいで、いつも通り今日のスケジュール確認を――」


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