カレット
じゅう
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今回古賀との待ち合わせは、小さな事務所だった。しばらくの拠点にとビルの一角を借りたらしい。近くの駐車場で車を降り、櫻井は朝比奈と並んで指定場所へ歩き出した。
朝比奈が訊ねる。

「まだ打ち合わせ、二回目なんですよね」
「ああ。でもこの前結構進んで、大まかな話は済んでるんだ。あとは具体的なところを確認して、だな」
「そうなんですか? さすが櫻井さん」
「いや……知り合いっていうのも、あるから」

櫻井がそう言ってビルに入り、二人は階段で二階に上がった。事前に知らされていた古賀の事務所は突き当たりに位置する。
ーー『もう一回、』
古賀の声が何度も脳裏に甦る。どんな顔をして入ればいいのか。
仕事だと割り切れるのか。
息を詰めてノックをした。

「はい」

特に変わりのない古賀の声に、櫻井は少しだけ安堵した。

「タチカワの櫻井です」
「ああ、」

そんな声の後、すぐに向こうから扉を開けられた。
顔を出した古賀が、櫻井を見てから後ろにいる朝比奈に不思議そうに視線を移す。櫻井が事情を説明すると、古賀は頷いて二人を中に招き入れた。少々古くシンプルな内装ではあるが、必要なものは揃っているようだ。

「二人ともアイスコーヒーでいいか?」
「ありがとう」
「ありがとうございます」

クーラーが効いた室内の体感温度はちょうどよく、重く鳴る心臓の音も段々と落ち着いていく。ソファーに並んだ二人の斜め前に座った古賀が、前回の打ち合わせ資料などをテーブルに並べた。

「今日は、確認だったよな。あともう少し追加で希望があるんだけど平気か?」
「ああ。作業が始まってからだと難しいこともあるから、今のうちに言ってもらったほうが助かるよ」

話し合い、打ち合わせを進める二人を朝比奈は熱心に見つめていた。その様子を横目に見ながら本当に真面目な奴だな、と櫻井も感心する。
古賀も気になったようで、話の節目にふと笑って言った。

「きみ、そんなに気張ってたら疲れないか? 俺は気にしないからもっとダラッとしてていいって」
「いえ、勉強になります。ありがとうございます」
「熱心だなあ」
「ウチの期待の星だからな」
「そんな」

櫻井にも持ち上げられ朝比奈が照れたように笑う。皆が朝比奈に期待しているのは事実である。新人ながら既に契約を取り付けた実績もあり、裏表のない穏やかな性格も気に入られることが多い。一年もすれば営業所にとって欠かせない戦力となるに違いなかった。
古賀が笑顔のまま言う。

「俺も人を集めないとなあ……今手伝ってくれてる奴らと、もう少し。朝比奈くんみたいな人がいるといいんだけどな」
「ありがとうございます」
「引き抜こうなんて思うなよ」
「恐れ多いぜ。もっと会社がでかくなったらお誘いするよ、櫻井のこともな」

冗談めかして言う古賀に朝比奈が笑う。櫻井は一瞬ドキリとしたが、冗談と取って微笑を浮かべた。

「よろしく頼む」



打ち合わせは順調に進んだ。
古賀から新たにあがった要望や修正をまとめ、櫻井は息をつく。

「こんなところか……次回また練り直して持ってくるよ」
「おう。何か、来てもらってばっかじゃ悪いよな。たまには俺がそっちに行ったほうがよくないか?」
「いいんだ、お客様は涼しい部屋で存分に寛いでてくれ」
「今トゲを感じた」
「気のせいだ」

櫻井と古賀が互いに笑えば、朝比奈も「お二人は」と笑顔で話に加わった。

「本当に仲がよろしいんですね」

櫻井は内心びくりとして、表には出さず「まあ、」と繋ぐ。

「大学時代はよく、一緒にいたからな」
「おお。いろんなとこ行ったよな、博物館とか」
「……そうだな」
「図書館で」

やめてくれ、

「勉強したり……楽しかった」

心臓が過敏に反応する。
一気に早くなった鼓動に、涼しいにも関わらず嫌な汗が滲む。上げていた口角がひきつるのを感じ、櫻井は今すぐにもこの場から逃げ出したくなった。
もう思い出したくない。

「なあ櫻井」
「……そうだったな」

古賀の同意を求める言葉に、薄く笑って頷きを返す。
楽しかった。それは確かだった。そして櫻井は幸せだった。
ーー結局拒んだのはお前だろう。
そんな言葉が喉につかえて息苦しい。
吐き出せないのは櫻井が、それは仕方のないことだったと、恨み言と同時に自分に言い聞かせているからだ。


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