カレット
じゅういち
[1/3]


「朝比奈くん見て、この扇子可愛い!」
「本当ですね! あっ、こっちも可愛いですよ、持ち手のところが猫の足跡の形に抜かれてます」
「櫻井さーん、早く早く! 置いてっちゃいますよ〜!」

いっそ置いていってくれ、と内心で乾いた笑みを浮かべながら、呼ばれた櫻井は片手を挙げて「はいはい」と答えた。
何故この残暑の厳しい季節に慰安旅行かと、じわりと滲む汗を拭って息をつく。そうは思いながらも、街道の店頭に並ぶ土産物にはしゃぐ若者たちーーと言っても倉石は一つしか変わらないはずだがーーを保護者気分で眺めながら、櫻井もゆっくりと街並みを楽しんだ。和の空気が漂う落ち着いた街道は歩くだけでも癒される。
前を行く渡辺、倉石、朝比奈の三人に少し遅れて追い付くと、倉石がもう、と笑った。

「櫻井さん一人でお散歩しちゃってるじゃないですか〜」
「皆見てるほうが楽しいんだよ」
「そんなこと言わずに!」

ぐいぐいと引っ張られる櫻井を、朝比奈が「すみません」の滲む笑顔で見た。それに気がつき、櫻井も「気にするな」の笑顔を返す。
ついに訪れた慰安旅行一日目は、新幹線で駅に到着し、宿で荷物をおろすなり、約束していた女子二人と朝比奈に街中へ連れ出された。事前にチェックしていたらしい観光雑誌を片手に、ここはどうか、あそこはそれはと聞かれ、結局櫻井が意見を取りまとめたルートを辿っている。

「行きたいところがありすぎる上に場所があっちこっちで悩んでたんですけど、さすが櫻井さんですね! 超効率ルート」
「予想以上にしっちゃかめっちゃかで驚いたけどなんとかなったな」
「朝比奈くんもまとめるの上手だよねー」
「そうですか? 櫻井さんにいろいろ習ったので」

渡辺に褒められた朝比奈が嬉しそうに笑い、さりげなく買い物の荷物を持った。やっぱりモテるだろうな、と感心していると倉石に腕をつつかれる。

「ん?」
「荷物を持ってもらって羨ましいです」
「素直で大変よろしい。でも倉石さんまだ買い物してないだろ」
「そうなんですよ! だから腕組んでください」
「えっなんで」

結局手は繋いだ。何故。
倉石とは普段から話すことは多い。間違いなく嫌われてはおらず、むしろ明らかな好意を向けられてはいるのだが、大分仲の良い友人のような感覚ではあった。櫻井が一切邪なことを考えていないせいもあるだろうが、倉石のほうも近い感覚でいるのではないかと思っている。
倉石が繋いだ手を軽く振って笑った。

「櫻井さんて、お兄さんみたい」
「妹いるからかな」
「妹さんが羨ましい! でも櫻井さんの妹さんならほんと、いい子なんでしょうね〜」

心の底から言うように倉石が空を仰いだ。朝比奈然り、裏表のない人間は気持ちがいい。
櫻井は理香の笑顔を思い出してつられるように微笑し、そうだな、と呟いた。

「俺にはもったいないくらい」
「うわ、シスコンですか」
「そろそろ手離すか」
「あっすいませんもうちょっと! もうちょっとだけ彼女気分を!」



「カンパーイ!!」

どこにいようと、六花営業所の人間が集まればこうなるのである。
既に風呂を済ませた酒豪陣や、ちびちびと長くやる気の部長、櫻井たちをはじめ遊んできたままの面子など様々だが、始まれば皆思い思いに宴会を楽しんでいた。

(そこそこ腹に入れて、酒豪組に囲まれないうちに風呂行って寝よう……)

三国のグラスに酒を注ぎながら考える。
飲み明かし常連の男たちは介抱が必要になる程弱くはない。初めの頃は気にかけていたものの、それが無意味と知ってからは自己防衛に努めている櫻井である。危惧するべきはまた朝比奈が潰されないかということだが、新人歓迎会の頃に比べれば随分慣れてきているところはある。周りも反省していたことを思い出し、大丈夫だろう、と隣の日下にすすめられた刺身をつまんだ。

「美味いですね」
「湯葉もなかなかだ」

この人結構グルメだよな、と日下の横顔を眺める。新人の頃よくついて回ったが、ただのランチだというのに、なかなか値の張るところや隠れ家のようなところに連れていかれた覚えがあった。ちなみになんやかんやと世話を焼いてくれた三国とのランチの思い出は、ラーメン屋か牛丼屋の二択である。
なんとなく、少し離れた席で食事を楽しむ朝比奈に目をやった。

「朝比奈はどうだ」

同じところを見ていたらしい日下に尋ねられ、はっと顔を向ける。それから目線を朝比奈に戻した。

「頼もしいですよ。本当、いろいろ助かってます」
「最初がお前で、朝比奈もよかったんだろう」
「そう……なんですかね」

褒められたのか、と気がつくのに少し掛かった。日下の表情は変わらないが、声音は柔らかい。
そういえば最初はわかりづらい人だと思っていた。

「……最近お前は疲れていそうだからな。今日や明日くらいは、ゆっくりすればいい」

まだ営業所が新人教育に今ほど慣れていない環境で、櫻井が失敗した時、一度も怒らなかったのが日下だった。
いい勉強になったな。お前が早く報告したから最小限で抑えられた。お前は真面目だから、考えすぎてわからなくなったんだろう。
そう言って静かに肩を叩く日下に何度助けられたかわからない。

「……日下さんは、俺のお手本です」
「いきなりなんだ」
「いや、新人の頃を思い出して」

どうぞ、とボトルを差し出すと傾けられたグラスに、自然と笑みが溢れたのだった。


* 最初 | 次へ #
栞を挟む

1/3ページ

LIST/MAIN/HOME

© 2018 甘やかしたい