カレット
じゅういち
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快晴で迎えた二日目、櫻井は朝比奈と二人で土産物屋を回っていた。一日目を共にした渡辺と倉石の二人は限定のネイルを試しに行くというので、ちょうどいいと分かれたのである。

「古賀様はどんなものがお好きなんですか?」
「そうだな……というか、様付けしなくていいよ。少なくとも俺の前では」

古賀の好きなもの、と考えて、何をしているんだろうかという気持ちにもなる。まあお土産くらいと気を取り直し、街道に並ぶ店を覗いていく。

「わりと趣味が似てるんだ。食器とかでもいいかもしれない」
「食器ですか、いいですね」

にこにことしてついてくる朝比奈に、櫻井も思わず口元が緩む。
途中、休憩しようと通りかかった和洋の雰囲気があるカフェに寄った。レトロな空間は居心地が良く、メニューを注文して一息つく。

「悪いな、せっかくの旅行で俺の用に付き合わせて」
「とんでもないです。むしろ俺、余計なことしてるんじゃないかと不安になってきてたところで」
「いや、全然」
「よかったです。櫻井さんと古賀さんは、大学時代のご友人なんでしたよね」
「……ああ。そういえば朝比奈は大学の時、どんな感じだったんだ? あんまり聞いたことなかったな」

話を逸らし、朝比奈に微笑みかける。
朝比奈はきょとんとしてから小さく笑った。

「平々凡々です。経済学部だったんですけど……勉強はもちろんですけど、サークルも入ったり、少しアルバイトしたりしてました」
「サークルは何入ってたんだ?」
「ボランティアサークルです」
「それっぽいな」

ボランティア活動をしている朝比奈の姿が容易に想像できる。
アルバイトは何をしていたのか尋ねるとパン屋で働いていたという。つくづくらしいなと微笑ましくなった。

「いいな。模範的」
「あはは、よく言われます。贅沢させてもらいました」

こんな息子なら贅沢もさせたくなるだろうと、見たこともない朝比奈の両親に共感してしまう。
運ばれてきたランチを食べながら、今度は朝比奈に尋ねられた。

「櫻井さんは、勝手なイメージですけど華やかそうです。学生生活」
「そうか? 全然だよ」

事実を述べてアイスコーヒーを口にすると、朝比奈は「そうなんですか?」と首を傾げた。そうだよ、と笑って言う。

「まあ、少なくとも窓ガラス割ったり、改造バイク飛ばしたりはしてないけどな」
「あはは、懐かしいですそれ」

屈託なく笑う朝比奈に、確かに朝比奈がやって来てもう半年近くになるのだと、急に時間の流れる早さを感じた。
今年は春先から変わったことばかりだったような気がする。仕事での立場が変わり、顔ぶれが変わり、記憶の奥に閉じ込めていた過去を思い起こすことが増えた。
ここに朝比奈がいなかったらと考えると、何故か気が重くなる。

「……朝比奈が来てくれて良かった」
「え」

朝比奈の不意をつかれたような声に、ふと勝手に言葉が溢れていたことに気が付いた。
あれ、と思わず口元に触れると、きょとんとしていた朝比奈の顔が微かに赤くなる。

「あはは、すみません、……嬉しいです」
「いや……」
「俺もよかったです、本当に……六花で、櫻井さんの下につけて」
「いいよ、」
「おべっかとかじゃないですよ」

柔らかく、それでいて真剣な眼差しに、今度はこちらのほうが照れてしまう。アイスコーヒーの氷が涼しい音を立てるが、何故か朝比奈から目が離せなかった。
仕事の話をしているだけだ。朝比奈は櫻井のことを、上司として慕ってくれているだけだ。わかっているのに、じわりと首筋が熱くなる。
なんと答えればいいのかわからずに見つめていると、朝比奈が「すみません」と頬を掻いた。

「暑苦しいですよね。でも櫻井さんみたいな方が今まで周りにいなかったので、本当に尊敬してて」
「……ありがとう」

櫻井がようやくそう返すと、朝比奈も微笑んだ。
それからカフェを出て、少し街中を回り、土産を買って集合場所のタワーに向かった。
帰りの新幹線では、皆疲れて眠る中、櫻井は窓の外を眺めていた。途中、隣の席で眠る三国が寄りかかってきたので、そのまま肩を貸してやる。
頭の中では、朝比奈の言葉が繰り返されていた。

(……尊敬、)

尊敬されるような人間ではない。
櫻井が本当は我が儘で、見栄っ張りで、過去のせいにして歩き出せないような臆病者だと知ったら、朝比奈もさぞがっかりするだろう。
ーー格好悪いな。
ふと社用の携帯を見ると、古賀からメッセージが届いていた。
打ち合わせについて、と題された内容を開く。

『打ち合わせについて

お疲れ様です。
10日の打ち合わせですが、13日に変更出来ますか?
時間は午後ならいつでも大丈夫なので。
申し訳ないです。

会社の旅行はゆっくりできたか?
気を付けて帰ってこいよ』

(……本当に、俺のこと)

窓の外の景色が流れていくように、時間もあっという間に流れていく。
いつまでも天秤に揺られて先延ばしにするわけにはいかない。

応えなければならないのだ。


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