カレット
じゅうに
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『櫻井はどういうタイプが好きなんだ? あんまりそういう話出ないよな』

記憶の中の声は遠かった。
いつかの話だ。まだ古賀と出会ったばかり。
どう返したのか、そう、確か

『そうだな……笑顔がいい人かな』
『はは、当たり障りなさすぎだろ。お前の周りならたくさんいるんじゃないか、そんな女子』

笑って言う古賀に、櫻井も笑って、曖昧に濁して話を変えた。
だってそうではないのだ。
知り合いも友人も人並み以上にいる。ただそこに恋愛が絡むとすれば、どうにも『人並み』にはいかなかった。言われた通り、自覚できる程には女子に好意を向けられることが多く、その度余計な期待をさせないように、傷付けないようにーー疑われないようにそっと距離を置いた。そうして気が付けば人付き合いだけは上手くなって、ただずっと、恋愛にだけは踏み出せなかった。

ようやく歩き出せたと思った。
親友とも呼べる存在になっていた古賀に想いを告げて、受け入れられて、寄り添える相手ができた気がしていた。ようやく自分を認められた気がしていた。
何が正しかったのだろう。

ーー『ごめん』

友達思いの優しい古賀にあんな顔をさせたのが自分なのだと思う度、わからなくなっていた。




「ごめんな」

小さく音を立てて置かれた土産のカップには、ホットコーヒーが注がれている。櫻井が顔を上げると、古賀が申し訳なさそうな顔で向かいに座った。

「急に日程変えてもらって。大丈夫だったのか?」
「大丈夫だよ。今日は暇してた」
「また。暇なんてないだろ、デキる営業マンには」

櫻井が渡した資料を眺めながら古賀が言う。本当のことだ、と返して、練り直したプランについての細かい変更や新しい提案を伝えた。古賀は頷きながらも時折質問や意見を挟み、櫻井はそれに答え、具体的に話が進んでいく。

「今後は現場で進んでいくことも多いだろうから、職人さんたちと仲良くな。古賀なら心配ないと思うけど」
「いよいよか。楽しみだな」

古賀が手掛けるのは喫茶店だった。
机に広げられた構想を眺める程、思い出してしまう。
あの頃を。

「……イチから店を持つなんて、正直不安もあったんだ。けど櫻井にいろいろ助けてもらって、おかげで本当に楽しみになってる」
「なら良かったよ。……本当、手伝えて良かった」

すっかり冷めてしまったコーヒーに口をつける。
ゆっくりと流れる、心地好い沈黙。
今日の仕事の話はこれで終わった。
とっくに五時を過ぎた時計の針は見ないふりをして、静かにカップを置く。

「古賀」

思っていたよりも、普段と変わりない声が出た。古賀が顔を上げ、櫻井と目を合わせる。

「ん?」

応えなければならないのだ。

「……俺、」
「うん」

なかなか言葉が出ない櫻井に、柔らかく、それでいて促すような声音で古賀が頷く。
じん、と頭の中が鈍く痺れた。

ーー俺は、


「……お前のことが好きだった」


こればかりは、普段通りにはいかなかった。
やっと吐き出したような櫻井の声に、古賀は小さく頷き、続く言葉を待っている。

「……ずっとどこかで忘れられなかったし、けど……だからしんどかった。お前といて楽しかったことも、お前に言われたことも……だからもう一回って言われた時、正直どうしていいか全然わからなかった。……けど」

ーー応えなければ。

「やっぱり、もう一回は……付き合えない」

きっと古賀は、この先櫻井を拒絶することはないだろう。
この先古賀といて、あの楽しかった日々を忘れることはないだろう。
そして同じように、古賀に向けられた瞳も、言葉も、忘れることはないだろう。
ずっとどこか疑って、そんな風に隣にいるのはきっと難しい。
昔と同じように隣にいたいと思っても、櫻井がそれを出来ないのだから。
本当は初めからわかっていたことだった。
それを不安や困惑でうやむやにして、先延ばしにしていただけだった。

「自分から先に言って迷惑かけたくせに、勝手で」
「……全然勝手じゃねえよ」

呟いて、古賀が長い息をつく。

「勝手なのは俺だ。……お前のこと傷付けたのはわかってたのに、もしかしてなんて期待して、最低だってのはわかってんだけど……久しぶりに会って話したら、やっぱり楽しくて、なんか我慢出来なかった」

自嘲するように笑った古賀が、一拍置いて深く頭を下げた。

「俺は二回もお前のこと傷付けた。本当にごめん」
「……いや」

ありがとう、と呟いて、櫻井も頭を下げる。

時計の針の音が鮮明に響く。
胸のつかえが少し取れたようだった。驚くほど穏やかで、波もない心地。

また少し歩き出せるだろうか。

「担当は櫻井のままがいい。変えないでくれよ」
「当たり前だ」


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