カレット
じゅうに
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全てを話すことは、思ったよりも簡単ではなかった。

言葉は詰まり、恥ずかしさと、情けなさと、恐ろしさで頭が痺れた。
自分が異性を愛せないと気がついた時のこと。
自分で自分を認められなかったこと。
それでも大学で初めて好きな相手ができて、告白した時のこと。
その幸せが終わった時のこと。
家族にも打ち明けて家を出た時のこと。
その全てに、朝比奈は時折目を丸くしながら、ただ頷いていた。

怖かった。

「……それで……誰にも、もう言えなくて、ただ、」
「はい、」
「ただ……朝比奈には、知ってほしいと……そう思って、こんな」

ぼた、と手の甲に滴が落ちた。

「ごめん」

絞り出した声に返事はない。恐ろしさで顔が上げられなかった。
朝比奈が立ち上がり、その場を離れ、そしてすぐに戻ってきた。

「櫻井さん」

思ったより近くで聞こえた声に思わず顔を上げる。
目元にあてられたのがハンカチだとわかった時には朝比奈と目が合い、櫻井の隣に屈んだ朝比奈は、いつもと同じ顔で微笑んでいた。

「俺全然困ってないです」

優しくあてられるハンカチが涙を吸い込んでいく。

「困ってないし……確かに驚きましたけど、全然困ってないです」
「……そんな、」
「櫻井さんがこんなに一生懸命にならないと話せないこと、俺に話してもらえて、俺すごく嬉しいです」

ーー朝比奈は優しい。

「なんで」
「はい、」
「なんで……そんなに、」

また涙が溢れてくる。
もう情けなさも何もなかった。今受け止められて、受け入れられているということさえ理解するのに追い付かない。

「……人のことを好きになるって、俺は、その人の一番好きな人になりたいってことかなと思うんですけど」

朝比奈が確かめるように呟き、櫻井を見つめる。

「今、櫻井さんの一番になりたいって思ってたら……櫻井さんのこと困らせますか、俺」

ーー何、

どういうことだろう、と思った。

「……あ、なんだか、つけこんでるみたいでカッコ悪いですね……すみません」
「……いや……何、」
「困りますよね、というか軽い……」
「こ……」
「待ってください、急に恥ずかしくなってきました、ほんとに」

珍しく焦りだし、片手で櫻井の目元を押さえながら、片手で自分の顔を覆っている。
その顔が段々と赤くなっていくのをただ眺めていた。

ーー俺の、

「櫻井さん」
「ああ、」
「……いろいろ、順番があると思うので、一ヶ月」
「一ヶ月……?」

何か話が進んでいるようだがよくわからず、ただ朝比奈を見つめる。
そして向けられた、決心したような朝比奈の表情に思わずどきりとする。

「一ヶ月、俺のこと見ててください。頑張りますから」

櫻井さんに信じてもらえるように。
そう言って、朝比奈は櫻井にジャケットを渡した。


それからどこか呆然としたまま、朝比奈の部屋を出て、櫻井は自宅に帰った。
ジャケットをソファーの背に掛け、ベッドの上に倒れこむ。

(……何……)

ーー『人のことを好きになるって、俺は、その人の一番好きな人になりたいってことかなと思うんですけど』

朝比奈の声が頭の中で響く。さっき聞いた言葉のはずが、だから思い出しているのだが、何故か今初めて聞いたような気がした。いっぱいいっぱいになりすぎていたのだろう。
その人の一番好きな人になりたい。

(……そうなのか、)

そうだな、と思った。
きっとそうなのだろう。違う考え方もあるだろうが、櫻井は共感できた。好きな人の、一番好きな人になれたら、どれほど幸せなのだろう。

ーー好きな人の一番に、

『今、櫻井さんの一番になりたいって思ってたら』

顔が熱くなる。胸が苦しい。息が詰まりそうになる。
やっと意味を理解した。
意味は理解したのに受け止めきれない。そんなことがあるのか。

ーー本当に?

『櫻井さんのこと困らせますか、俺 』
(……そんなの、)

次にどんな顔で会えばいいのか、わからない程度には。



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